お金の悩みによる心理的負担をサポートする「ファイナンシャル・セラピー」を知っていますか? 本記事ではファイナンシャル・セラピストとして活躍する臨床心理士・公認心理師の岸原麻衣さんに、ファイナンシャル・セラピーとはどういったものなのか、なぜ生まれたのか、また具体的なお金の悩みへのアドバイスも伺いました。

お話を聞いたのはこの方

ファイナシャル・セラピスト/臨床心理士・公認心理士
金融機関勤務を経て、お茶の水女子大学大学院 博士前期課程を修了後、臨床心理士と公認心理師を取得。2017年からプロフェッショナル・サイコセラピー研究所〈IPP〉に在籍。ファイナシャル・セラピストとして女性のウェルビーイングを支えている。
- お話を聞いたのはこの方
- ファイナンシャル・セラピーとは?
- 具体的なお金の悩みに、ファイナンシャル・セラピストからのアドバイス
- お悩み①:お金に余裕があるわけではないのに、ついカードなどで買い物をしすぎてしまい、あとから後悔するパターンが多いです。(一時的には満足するけれど…)
- お悩み②:フリーランスのため、安定した収入がなく、いつもお金の不安を抱えています。心の安定が、お金に左右される状況がつらいです。
- お悩み③:リボ払いをしすぎて、借金がかさんでしまいました。まわりにも相談できる人がおらず、悩んでいます。どのように立て直していけばいいでしょうか?
- お悩み④:お給料が低く、生活費や奨学金の返済などでいっぱいいっぱい。好きなことを我慢するしかない生活に嫌気がさします。
ファイナンシャル・セラピーとは?

──「ファイナンシャル・セラピー」とはどういったものですか? また、どのようにして生まれた考え方なのでしょうか。
岸原さん:2008年のリーマンショック関連の金融危機をきっかけに、アメリカで生まれました。世界中が不況になり、家計が苦しくて抑鬱状態になったり、自ら命を絶ったりした人も多くいました。そんな選択をせざるを得ない人や、そこまではいかずとも苦しい状況にある人が抱える不安や焦燥感といった感情の部分を、ファイナンシャルプランナーだけでは取り扱えなかったんです。一方、感情面のサポートだけでは、当然ながら家計の問題解決は難しい。そこで心理の専門家とお金の専門家が協力し、立ち上げられたのが「ファイナンシャル・セラピー(金融療法)」という分野です。
ファイナンシャル・セラピーを行う人を、ファイナンシャル・セラピストと呼びます。日本ではまだ専門資格がないものの、金融にまつわる専門的な知識、そして心理学的な観点から、お金にまつわる悩みを抱える人々をサポートしています。
──お金の悩みからメンタルに不調をきたす、それらに寄り添える分野ということですね。では岸原さんがファイナンシャル・セラピストになられた経緯を教えてください。
岸原さん:もともと証券会社に勤務していて、金銭的にかなり余裕のある、いわゆる富裕層の方々が私のお客さまでした。その方々と接する中で、お金があってもそれぞれの困りごとがあるということを知ったんです。その後、紆余曲折を経て心理臨床家の道を選び、学びを深めていく中で、教えてもらったのがファイナンシャル・セラピー。日本ではまだほとんど認知されていない分野だけれど、やってみてはどうかと勧められました。金融機関で働いた経験と臨床心理学の知識、その両方を生かせることから、ファイナンシャル・セラピストになることは、私にとってはすごく自然な流れでした。
──どちらも専門的な知識が必要なものですから、まさに!という感じですね。ではファイナンシャル・セラピーでは実際にどのようなことをするのでしょうか?
岸原さん:来てくださる方が何に悩んでいるのか、このセラピーの中で何をしたいのか、主訴を聴くことから始めます。例えば「お金がないことで気分が落ち込んでしまう」という方には、「お金がない状態」を根本的に解決したいのか、「落ち込んだ気分」を改善したいのか。人それぞれ目的が違うので、まずはそこを明らかにします。
そして何が起きたのか、そのときどういった感情を持ったのか、なぜその出来事が起きたのかを、一緒に振り返りながら解決の糸口を探していきます。
──セラピーの中では、金融商品を紹介することもありますか?
岸原さん:私の場合はしません。無料のファイナンシャル・プランニングの相談へ行って、金融商品を勧められて嫌な思いをした、というクライアントも多いので。
ただ、なかには月々の明細を持って相談にいらっしゃる方もいるので、「月にこのくらいの金額なら投資に回しても安定が保てるのでは」といったアドバイスをすることはあります。また、例えば「今、このくらいの投資をしたい」という相談を受けたときには、心理面に着目し、その投資が冷静な判断のもと行われているか、というのをセラピストの視点から伝えることもあります。
私はどちらかというと心理の部分に軸足を置いていますが、ファイナンシャル・セラピストのなかには、ファイナンスのほうに重点を置いている方もいるかもしれません。
──自分に合ったファイナンシャル・セラピストの方に出会えるのが一番ですが、見つけるのはなかなか大変そうですね。
岸原さん:そうですね、そもそも「自分の悩みがお金に起因している」ことがわかっていないと、カウンセリングという発想にアクセスできない状態です。私のところへ相談に来てくださる方は、私のnoteを読んでくださった方が多いですね。
心理学の用語で「過酷な超自我」というものがあります。これは自分を律する機能が過酷になりすぎている状態を指すのですが、今この状態の人が多いんです。自分がお金とうまくつき合えないのは、学んでこなかった自分が悪い、自分の能力が低い、と自分を責めてしまうことで、そこにエネルギーを使い、前に進めなくなってしまう。
実際にお金について学ぶ機会ってほとんどないですよね。だから自分を責めることではないのですが、そこに気づけない人がほとんどです。私たちセラピストと話すことで、過酷な超自我を手放すお手伝いもしています。
具体的なお金の悩みに、ファイナンシャル・セラピストからのアドバイス

ここからは、具体的なお金にまつわる4つのお悩みに対して、ファイナンシャル・セラピストの視点からアドバイスをいただきます。
お悩み①:お金に余裕があるわけではないのに、ついカードなどで買い物をしすぎてしまい、あとから後悔するパターンが多いです。(一時的には満足するけれど…)
岸原さん:これは本当によくあるお悩みなので、あなた一人で悩まなくていいよ、と声をかけてあげたいです。買い物をすることはストレス発散の行為でもあります。そうせざるを得ないほど、ストレスがかかっているのかもしれませんね。そのことに気づくだけでも、心持ちが少し変わるのではないでしょうか。
お仕事や人間関係などで頑張りすぎている結果の行動かもしれないので、その頑張っている部分について一度振り返ってみましょう。どのくらい無理がかかっているのか知ることが、解決の糸口になるかもしれません。
お悩み②:フリーランスのため、安定した収入がなく、いつもお金の不安を抱えています。心の安定が、お金に左右される状況がつらいです。
岸原さん:安定して稼げるようになるというのは、フリーランスの方の多くが目指すところであり、直面する課題ではあると思います。お悩みを聞く限り、この方は“安定したフリーランス像”に向かって進んでいるんだということがわかりますよね。
ただ、お金がたくさん入ってきたからといって必ずしも気持ちが安定するわけではありません。少しずつでも毎日収入があるほうがいいのか、たまにでもまとまった収入があるほうがいいのか、あなた自身の考える“安定”とはどんな状態なのかを探る必要があるかもしれません。
お悩み③:リボ払いをしすぎて、借金がかさんでしまいました。まわりにも相談できる人がおらず、悩んでいます。どのように立て直していけばいいでしょうか?
岸原さん:借金を減らしたい、というのが主訴であれば、どちらかというとファイナンシャル・プランナーに向けたご相談内容になってくると思います。まずはなぜ借金がかさんだのかを見ていきましょう。借金にいたるほどお金を使ってしまう背景として、それ以外の方法では解消できないほどのストレスが、この方にかかっているのかもしれません。
もしリボ払いを複数回続けることによってこの問題が起きているなら、きちんとファイナンシャル・セラピーを受けることをお勧めします。ストレス要因を特定して軽減すること、また、リボ払いをしすぎるに至ったあなたの心の状態にもまなざしを向けることで、悪いスパイラルを断ち切ることが可能になります。
セラピーにお金を使うのは、自分のためにお金を使うこと。目に見えにくい心のケアにお金を使うことに、ためらいを感じる方も多いと思います。しかし、自分の心と向き合う時間は、大切な自己投資です。内面を磨くことで、人生を豊かに立て直していくための土台を築くことができると信じています。
お悩み④:お給料が低く、生活費や奨学金の返済などでいっぱいいっぱい。好きなことを我慢するしかない生活に嫌気がさします。
岸原さん:お給料の低さ、かかるお金の多さ、好きなことを我慢するしかないことなど、たくさんの悩みが重なっていますね。その中のどれがいちばんの不満なのかを整理してみましょう。その後、自分がどうありたいか、なぜそうなれていないのかを、順番にゆっくり考えてみることをおすすめします。
たとえば、お給料が低いことがいちばんの不満なら、もっと稼げるところへの転職も選択肢の一つですよね。でも、あなたがその仕事を続けているのはなぜか。この仕事が好きだから、職場の人間関係が良いから、など、あなたの理想と重なる部分もあるからこそ、踏ん張れているのではないでしょうか。お金の余裕が生まれないことで気持ちにも余裕が生まれないし、人生が楽しくないと思っても不思議ではありません。でもそんな苦しい生活の中で、あなたを支えてくれているもの・ことがあるはず。それに今一度目を向けてみましょう。
「いくら自分なりの対処をしても、社会の状況が変わらないと根本的にはよくならない」という思いも生まれるかもしれませんね。国の経済状況に怒りや不満を抱えたり、感情が動いたりするのは当然のことです。何かを感じていても、言葉にならない人も多いと思います。まず、自分に負の感情がある、ネガティブな思いを持っていると認識できていることは、私はいいことだと思います。そのネガティブな感情を認めてあげる受け皿を自分の中に作って、感情を保有することから始めてみましょう。そこから「国や世の中にこうなってほしい」という具体的な姿が見つかれば、より建設的な考え方ができるのではないでしょうか。
イラスト/MIYO 取材・文/堀越美香子 企画・構成/木村美紀(yoi)