「yoi」ではSDGsの17の目標のうち「3. すべての人に健康と福祉を」、「5. ジェンダー平等を実現しよう」、「10. 人や国の不平等をなくそう」の実現を目指しています。そこで、yoi編集長の高井が、同じくその実現を目指す企業に突撃取材! 第12回となる今回は、「異彩を、放て。」をミッションに掲げる「HERALBONY(ヘラルボニー)」について、最高執行責任者の忍岡真理恵さんにお話を伺いました。
※「障害」という言葉については多様な価値観があり、それぞれの考えを否定する意図はないことを前提としたうえで、ヘラルボニー社の「障害の原因は、社会側の障壁にある」という意向を反映し、この記事内では「障害」という表記を用いています。
◆「ヘラルボニー」とは?
「異彩を、放て。」をミッションに、岩手県に本社を構え、福祉を起点に新たな文化の創出を目指す。国内外の主に知的障害のある作家とライセンス契約を結び、アートをまとい社会に変革をもたらすブランド「HERALBONY」の運営など、さまざまな形で異彩を社会に送り届ける事業を展開。ルイ・ヴィトンやクリスチャン・ディオールなどのメゾンを傘下に持つLVMHが設立した「LVMH Innovation Award 2024」にて、日本企業として初めて「Employee Experience, Diversity & Inclusion」カテゴリ賞を受賞。「ヘラルボニー」とは、代表の松田崇弥氏・文登氏の兄で自閉症の翔太氏が小学生の頃、自由帳に記した言葉。
(左から)高井編集長と最高執行責任者の忍岡真理恵さん。後ろの壁は、宮澤祥子さんの作品「ティー」。
最高執行責任者(COO)
2009年経済産業省入省、留学を経てマッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社で事業戦略などに携わる。その後、マネーフォワードにて事業開発、社長室長、IR責任者を務める傍ら同社のESGやダイバーシティ活動を推進。2023年よりヘラルボニーに参画。米国ペンシルベニア大学ウォートン校MBA(経営学修士)修了。
2023年に訪れたパリでの出会いが大きな転機に
高井 「LVMH Innovation Award 2024」の受賞、本当におめでとうございます! 2024年4月にはロゴデザインも新しくされましたね。
忍岡 ありがとうございます。もともとの思いやミッションなど、企業として実現したい世界観は変わりませんが、この1年でヘラルボニーはものすごく進化していて。というのも、2023年5月にJETRO(日本貿易振興機構)によるスタートアップ支援の一環として、当時の経済産業大臣のパリ出張に同行できるチャンスがありました。そこでパリの人々にプレゼンテーションをしたときに、すごく手ごたえがあったんです。
高井 ヘラルボニーのコンセプトや仕組みに近しい企業は海外にもあるのでしょうか?
忍岡 知的障害がある方のアートを集めて、貸し出しや販売をする企業はありますが、自社で組織的にクリエイティブチームを持ってパッケージやプロダクトにしているケースはほとんどありません。代表の松田崇弥が海外の福祉施設でお話をすると、「こんなやり方があるのか!」と現場の方たちに驚かれます。
高井 なるほど、パリに行ったことが大きな転機になったのですね。
忍岡 はい。今年開催した「HERALBONY Art Prize」も、その流れから生まれた取り組みです。海外でヘラルボニーの話をすると「海外の作家はいるんですか?」といった質問を受けることも多いので、世界中の作家さんにヘラルボニーと一緒にやっていただける仕組みづくりを目的に始まりました。
そして、パリでは「アール・ブリュット」(正規の芸術教育を受けていない人による、技巧や流行に囚われない自由で無垢な表現)の第一人者であるクリスチャン・バーストさんとの出会いもありました。長年、ギャラリストとしてアール・ブリュットを広げてこられたバーストさんが「僕がやろうとしている、アール・ブリュットをアートの世界の文脈に乗せる活動とすごく親和性がある」と言ってくださり、一緒に活動していく形になったことはとても大きな転機になったと思います。
常に成長しては立ち戻り、自問自答を続けていく
高井 素敵な出会いがあったのですね。新たな展開や拡大をするうえで、ヘラルボニーの大切な軸を壊さず、失わずに進めていくのは大変なことではないかと思いますが、社内での葛藤や議論はあったのでしょうか。
忍岡 それはとても大事なご質問で、やっぱり葛藤はあります。代表の松田崇弥と文登もよく言うのですが、創業のきっかけでもある彼らのお兄さまは、今も施設で空き缶つぶしなどの作業をして月に数千円を得る生活をされています。ヘラルボニーは一部の才能のある方だけにフォーカスしたいのではなく、そんなお兄さまのような障害のある方々、そしてそのご家族が、ありのままで幸せだと思える世界をつくりたいという大目標があります。
事業を伸ばそうとすればするほど、お金儲けや大きな案件みたいな方に走ってしまいたくなりますが、それじゃやっぱりダメで。私たちの日々の活動が作家さんにとって、あるいは周りにいらっしゃるご家族にとって、本当に意味があることなのかということは常に考える必要があります。そこを無視して数億円企業になっても意味がないので。常に成長しては立ち戻り、「本当にこれでいいのか」と自問自答し続けなければいけない企業だと思います。
高井 忍岡さんが以前、ヘラルボニーについて「負を負のままにしない」と語られていたのがとても印象的だったのですが、実はヘラルボニーのアーティストさんについて「障害のある方」と考えるのはバイアスなのだろうか、でも、それを否定するのもおかしいのかな…といろいろ考えてしまう自分がいます。
忍岡 わかります。私も最初はどうしたらいいんだろうと迷いました。でも、代表の松田兄弟と一緒に作家さんとお会いすると、彼らは「今日はすごく暑いですね」って普通に話しかけたりして、一生懸命に人間同士としてコミュニケーションを取っていくんですよね。垣根がないってこういうことなんだと私も勉強させてもらっています。また、「障害」は個人の心や体の機能的な問題ではなくて、社会環境の問題であるという「障害の社会モデル」という考え方もあります。
お答えになっているかわかりませんが、障害の有無は厳然たる事実としてあるけれど、それが命としての価値を左右するわけではないという理解が大切なのかなと思います。違いはあれど人間同士である、というフラットな感覚を持つというか。
アートが生理の話をするきっかけに
高井 ありがとうございます。作家さんのバックグラウンドをいきなり考えるのではなく、まずは目の前のアート作品と向き合うことが一番ですね。
生理用ナプキンの個包装にヘラルボニーの作家さんの作品があしらわれた「エリス コンパクトガード」とのコラボも素晴らしい取り組みです。自分でも驚くほど生理中の気分がポジティブになりました。
忍岡 そう言っていただけるとうれしいです。プロジェクトを担当した女性が家に置いていたら、5歳の娘さんが「かわいい! ママこれ何?」と反応してくれて、生理の話がポジティブにできたと話していました。デザインやアートから生理の話ができるっていいですよね。
ヘラルボニーの雑貨や洋服も「持っているとエンパワーされる気がする」「お守りです」と言っていただくことが多いですね。ある方は「作品を見て、自分は生きていていいんだと思えた」と言ってくださって。きっと、存在を肯定された作家さんたちがのびやかに描かれていることが伝わるのだと思います。一人でも多くの方に、そんな体験をしていただけたらうれしいですね。
家族や本人、そして社会に与えるインパクト
「エリス コンパクトガード」に採用された高田 祐さんの「迷路」。
高井 本当にすごいパワーと可能性がありますよね。ヘラルボニーは社会を変える存在だと感じます。こうして目に見える形で展開をされることで、作家さんご本人やご家族からの反応はいかがですか。
忍岡 ご家族は、ご本人が子どもの頃にまわりの親御さんから「一緒に遊ばせないで」と言われたり、親族から「かわいそう」と言われたり、親としてもしんどい経験をされることが多く、「自分は先に死ねない」と強い思いを抱えていらっしゃる方も少なくありません。そんなお子さんの絵があしらわれたプロダクトや、周囲からの「かっこいいね。誇らしい」という言葉に救われたというメッセージをいただいたりします。
作家さんは、一人一人まったく反応が違いますね。全然気にしない方がいれば、描くことで喜ばれるという実感から自己肯定感も上がり、「もっと描きたい」と意欲的になる方もいます。影響はさまざまですが、今まで社会との接点が「支援する人」と「支援される人」だったものが、「誰かに喜ばれる」という体験になっているのはいいことなのかなと。
それから面白いのが、特別支援学校などで絵を描く時間に「それ、ヘラルボニーに使われるかもよ!」といった声があがるようになったそうです。特別支援学校の場合はどうしても将来の選択肢が限られてしまうのですが、そこに「ヘラルボニーの作家になる」という選択肢が生まれるインパクトは大きいと思います。
高井 本当に素敵なお話ばかりですね…! 最後に、今後の展望についてお伺いできますか。
忍岡 まだまだ知名度も低く、これからの会社だと思っているので、さまざまなコラボレーションやプロダクトを通して、まずは日本の3人に1人ぐらいが知っている会社にしたいと考えています。
そして、海外展開はここからチャンスをしっかり掴みたいと思っています。今年7月には当社初の海外拠点としてパリに現地法人を設立しました。2年後、3年後にはフランスやイギリスでヘラルボニーの作品やプロダクトが見られる世界を実現したいですね。
取材を終えて…
「ヘラルボニー」のアート作品が持つパワーはものすごく、障害の有無という概念がこの作品を観るときに必要なのだろうか、逆にそれは自分のバイアスなのだろうか、と考え込みました。そして同時に解決しなければならない社会問題が多くある重みも感じ、今もさまざまな思いが交錯しています。
アンディ・ウォーホルは、キャンベルスープの缶をアートにして世界を変えました。ドラスティックに社会を、つまり人々の価値観を変えられるのは、アートとデザインだけなのではないか、と思うことがよくあります。創業者の松田さんご兄弟や忍岡さんなど素晴らしい方々が想いをひとつになさっていて、今後のグローバルな展開がとても楽しみです。(高井)
9月22日まで! 「HERALBONY Art Prize 2024 Exhibition」が開催中
「HERALBONY Art Prize」は、世界中の障害のある表現者を対象に開催された公募制のコンペティション。応募期間に集まったアート作品の総数は1973作品! 世界28カ国・924人の中から選ばれたグランプリをはじめ、全62作品が発表&展示されています。詳細は公式サイトをチェック。
会期:2024年8月10日(土)〜 9月22日(日)
時間:10:00~18:00
料金:入場無料
会場:三井住友銀行東館 1F アース・ガーデン(東京都千代田区丸の内1-3-2)
撮影/露木聡子 画像デザイン/坪本瑞希 取材・文・構成/国分美由紀 企画/高井佳子(yoi)