連載【Stories of A to Z】子宮筋腫による過多月経がひどく、50歳のときに子宮を摘出したFさん。手術後、性欲がいっさいなくなったことを話すと、村田佳菜子先生からは「そもそも性欲のメカニズムには大きな違いがある」という驚きの言葉が。そこで、さらに詳しく話を聞くことに。
性欲を左右する“ホルモン”と“心”
Fさん 先生、性欲のメカニズムの違いってどういうことですか?
村田先生 生物学的性が男性(以下、男性)の性欲は、性衝動を誘発するテストステロンという男性ホルモンの量が大きく関係します。一方で、生物学的性が女性(以下、女性)のテストステロン量は男性の10分の1しかありません。出産経験者の場合は、産後の劇的なホルモンバランスの変化などによって性欲が減退するケースもありますが、女性の場合、ホルモンによって誘発されるというよりは、心理的な影響をうけて性欲が起きるという方が一般的です。
Fさん より精神的なものに左右されやすいということですか?
村田先生 はい。「相手と親密である」という心理がセックスをする動機につながりやすく、相手からの愛撫や愛情を受け入れる過程で性欲が起こりやすいのです。ですから、パートナーが自分にとって“恋人”から“家族”になるなど心理的な関係性の変化や、何らかの理由で親密度が失われることによって性欲が低下するのは珍しいことではありません。Fさんの性欲減退も、子宮摘出というよりパートナーとの関係性の問題が根底にあるのではないでしょうか。これからFさんがどうしたいかによって、選択肢も変わってくると思います。
Fさん どんな選択肢があるんですか?
村田先生 ふたつの選択肢がありますが、その前にまずはFさん自身がどうしたいのか、何を大切にしたいのか、ご自分の気持ちと向き合うことが何より大切です。お話を伺っていると、Fさんは心のどこかで「体や心の変化は子宮摘出やホルモンのせい」と結論づけたいのでは…という気もします。パートナーとの問題に向き合うのはエネルギーがいることですし、つらい作業かもしれません。けれど、例えば根底に「パートナーに、性欲がない自分を認めてほしい」という思いがあるとしたら、たとえセックスできたとしても同じ問題が起こる可能性は十分にありますよね。
Fさん 確かに。体調をくずすまでは彼のストレートな愛情表現もセックスも楽しめていましたが、もともとの私はスキンシップが多いタイプではないんです。きっと、考え方に根本的なズレがあるんですよね…セックスにしても二人の関係にしても、「君さえ変わってくれたらいいのに!」って最後は全部私のせい。
村田先生 Fさんの思いをパートナーに伝えたうえで、お互いを尊重しながら関係を築く方法を二人で話し合うのが最初のステップです。言語化できていなかった本当の気持ちを伝えることで、相手の態度も変わるかもしれません。それでも難しい場合は、ひとつ目の選択肢であるカップルカウンセリングの領域だと思います。
Fさん そうだとしても、カウンセリングを受けてくれるかどうか…。ちなみにもうひとつの選択肢は何ですか?
村田先生 Fさんご自身が性欲を回復することでパートナーとのセックスを望むのであれば、性欲低下治療のためにテストステロン注射を打つ「男性ホルモン補充療法」があります。最近ではフリバンセリンという内服薬も使えるようになりました。ただ、本当にFさんがそれを望んでいるのかどうかが重要です。
Fさん 私が性欲を取り戻してセックスすることで状況がよくなるなら…と思うこともあるけど、今は体力的にも気持ち的にも無理ですね。相手が求めるパートナー像にもなれないから、私はずっと悩みつづけているんだと思います。それも含めて、自分がどうしたいのか考えてみます。
村田先生 迷ったら、私たちのような専門家もぜひ頼ってくださいね。
大切なのは、変化にきちんと反応すること
Fさん ありがとうございます。子宮を摘出してから貧血や不正出血といった不調は改善されましたが、睡眠の質が落ちて、どこかリラックスできない自分がいます。これも女性ホルモンの影響でしょうか。
村田先生 実はホルモンの値は閉経前後も変動するので、数値を測るだけでは更年期かどうかわからない場合もあります。いちばん大事なのは、どんな症状があるかということ。おそらく、Fさんの場合は更年期症状だと思います。更年期症状は主に①ホットフラッシュ(ほてりやのぼせ)・汗をかきやすい、②身体的症状(疲れやすさ、肩こり、めまい、動悸、冷えなど)、③心理的症状(不眠、イライラ、不安、抑うつなど)の3パターンがあります。
Fさん もしかして、ヘルペスや膀胱炎、カンジダなど、何かとトラブルが続いているのも更年期と関係がありますか?
村田先生 子宮を摘出しても膣内の環境は変わらないので、おそらく更年期症状ですね。ちょうど子宮摘出と時期が重なって原因がわかりづらかったと思いますが、女性ホルモンの低下によって感染症や外陰部の不快感、排尿障害などの症状が出る閉経関連尿路生殖器症候群(GSM)のひとつではないかと思います。
Fさん 更年期にはそんな症状もあるんですね…。卵巣は残したけれど、子宮摘出後は生理がないので自分が更年期なのか、それとも閉経しているのかわからなくて。
村田先生 子宮摘出された方は皆さん同じようにお話しされますね。確かに数値による診断や出血というわかりやすいサインはありませんが、大切なのは、自分の体に起きている変化にきちんと反応することだと思います。睡眠時間や生活リズム、食生活などが乱れていないか、更年期症状に当てはまるものはないか、考えられる原因をクリアにしていくことでモヤモヤとした不安も解消できます。もちろん、婦人科も気軽に受診してください。
Fさん 子宮摘出がいろんな不調の原因と思い込んでいたけれど、私が今後の生活でより意識すべきは更年期だったんですね。
村田先生 そうですね。セルフケアで改善できることもありますが、これだけ症状が出ているなら、婦人科で漢方薬の処方やホルモン補充療法を受けたほうが快適に過ごせると思います。特に50代は、男女ともに社会的な変化が起きやすい世代。それによって更年期症状がひどくなり、パートナーとの関係が悪化するパターンも多いですが、症状が改善されることで関係性がよくなるケースもあります。心と体、両輪でのケアを大切にしてくださいね。
イラスト/naohiga 取材・文/国分美由紀 企画・編集/高戸映里奈(yoi)