Stories of A to Z のタイトルカリグラフィー

私たちが人生でそれぞれに向き合う「妊娠・出産」、「家族」や「パートナーシップ」にまつわる選択に、確かな答えはありません。抱える迷いや不安、そして幸せのかたちも一人一人違うからこそ、必要なのは、その選択を応援してくれる専門家の的確なアドバイス。ここに登場するのは、あなたや私、あるいは大切なあの人の物語かもしれません。今回は、子育ての理想と現実、そして“母性神話”の圧力に戸惑いを感じているCさんのストーリー。

Story3 子育ての理想と現実に戸惑うCさん

出産してみたら、イメージと違った…

子どものためなら親が犠牲になるのが愛情? 「Stories of A to Z」Story3【前編】_2

2019年に結婚し、コロナ禍の2020年に第一子を出産したCさん。子どもの保育園入園を機に、今年4月からフルタイムで職場復帰しましたが、現在は夫婦ともにリモートワーク中心の日々。さらに、Cさん自身が近々会社から独立することになり、新たなビジネスを立ち上げる準備で忙しさも増しているそう。パートナーは家事育児に積極的で「子育ての負担は50:50と思えるほど」というCさんですが、その表情にはかすかな影が。


「夫婦ともにすごく子どもが欲しかったので、出産への迷いはありませんでした。育児についても妊娠中に勉強していて心の準備はできていたつもりだったんです。でも、いざ出産を迎えると、直後は体が痛くて眠れないし、子どもはなかなか泣きやまないし…巷でよく聞く“目に入れても痛くないほど可愛い”なんて思う心の余裕はありませんでした」


出産から1年半がたった今は子育て、仕事、家事に追われる毎日。ふとした瞬間に「面倒くさい」「疲れた」という言葉が、ため息とともにこぼれるのだそう。「子供のことはもちろん愛しているけれど、思い通りにはいかないことが多い育児で毎日睡眠不足だったり、自分の食事をとる時間もままならない日々に疲弊しているのも事実で…」。加えて、その思いをパートナーに受け止めてもらえないことも大きなストレスに。


「ため息をつくと、『(子どもが)かわいそうじゃん』と言われてしまって。“親は子どものためなら自分を犠牲にする、それが愛情”という価値観を押しつけられているようで、夫とケンカすることが増えました。自分たちでは解決の糸口すら見えないので、夫婦でカウンセリングを受けようかと思っています」


そこで、看護師・助産師であり、産後ママの電話相談も行なっている松永佳子先生に相談してみることに。



Cさんが気になっていること


1. 親は、自分を犠牲にしてまで完璧でなければいけないの?


2. パートナーとの価値観のズレをすり合わせる方法が知りたい


3. “母親”に対する周囲の固定観念にモヤモヤしてしまう




今月の相談相手は……
松永佳子先生

看護師・助産師 博士(看護学)

松永佳子先生

生まれも育ちも東京浅草、チャキチャキの江戸っ子。現在は東邦大学で看護師・助産師を育てながら、大森病院 総合周産期母子医療センターにおける低出生体重児とその家族の子育て支援「たんぽぽの会とひまわりの会」や、日本産後ケア協会での夜間無料電話相談「Dream Time Call」など、助産師としてのサポート活動も行なう。「皆さんのお手伝いをしている時間は私のエネルギー源です!」

親は、自分を犠牲にしなくてはいけないの?

子どものためなら親が犠牲になるのが愛情? 「Stories of A to Z」Story3【前編】_3

Cさん 子どものことは愛していますが、ごはんを食べてくれなかったり、寝かしつけ後に起きてしまうと「しんどい」と言葉に出たり、イライラしちゃいます。思わずため息をつくと、夫に「(子どもが)かわいそう」と言われてしまって…。親は、目の前の不満を吐き出すことも許されないほど自分を犠牲にしなければいけないのでしょうか。

松永先生 いいえ、答えはもちろん「NO」です。メディアを通じて世の中にあふれる出産や子育てのイメージって、ものすごくハッピーでポジティブで、美しいものばかり。でも、実際は違いますよね。赤ちゃんはうんちもするし、泣くし、最初は言葉も通じません。電話相談でも、想像していたイメージと現実のギャップに戸惑うお母さんは多いんです。親になるためのマニュアルはないのだから、イメージの中の“誰だかわからない他人”と比べたり、「自分にはできない」と気にする必要はありません。「疲れた」「しんどい」と感じたら素直に言葉にしていいし、むしろため込まないでほしいと思います。

Cさん “誰だかわからない他人”と比べてしまう、というのはすごくよくわかります。ママ友たちの「息抜きしたいけど、子どものことが気になって早く帰りたくなっちゃう」「子どもが楽しくないところには行きたくない」という話を聞いても、私はむしろ息抜きもしたいし、自分自身が興味のある場所にも行きたい。でも正直には言いづらいし、そう思うことに少し自己嫌悪も感じます。子育ての心の負担とか愚痴って前向きな話じゃないし、答えがあるわけでもないから余計に話しづらくて。

松永先生 自己嫌悪や「前向きな話じゃない」と感じてしまうのは、気づかないうちにCさん自身が“お母さんはこうでなければ”という母性神話に引っ張られているのかもしれませんね。私が電話相談を行なっている日本産後ケア協会には「産後ママを全力でエコヒイキ!」という素敵なキャッチコピーがあります。母になったからといって何もかも自分を犠牲にする必要はないし、産後ママはもっともっと周りから愛情をもらうべき存在。たとえば自分の心がポットだとして、そのポットに周囲からの愛情やサポートがたっぷりそそがれると、あふれた分を自然と子どもに向けられるという考え方もあるほどなんです。まずは、Cさんの心が愛情で満たされることが大事なんです。

Cさん そうですよね…もっと自分を大事にしてもいいですよね。

松永先生 もちろんです。そして、子育てや周囲の話にモヤモヤする自分を責めるのではなく、「考え方は人それぞれ。私は私なんだから、モヤモヤしてもいいじゃない」と認めることも大事です。自分を責めてばかりいると、自分にも子どもにも求めるハードルが上がりやすく、子育てにも影響することがわかっています。自分を許し、認めることは、子育てにか限らず人生においても大事なことだと思います。

Cさん 夫と話していると、「親は子ども優先が当たり前」という理想というか固定観念を感じます。そのうえで、夫は私にいつもにこにこ幸せそうでいてほしい。その理想こそがプレッシャーになると伝えたら、「完璧な母親を求めているわけじゃないよ」と言いつつ、「結局、子どもより自分のことを優先しているんじゃないの?」と言われてしまいました…。

松永先生 子どもに愛情をそそぐには、まず人生のパートナーであるCさんを愛さなければ本末転倒。心のポットのお話をしたように、Cさんを愛することが子どもを愛することにつながると知ってほしいですね。そして、たとえ夫婦でも子どもの愛し方はそれぞれ違っていいと思います。パートナーが思い描く愛し方が、Cさんが考える愛情の示し方である必要はない。その違いを認め合える関係になれるといいですよね。



▶︎後編では、Cさんがカウンセリングを検討するほど悩んでいるパートナーとのコミュニケーションについて相談。すると、松永先生から意外な提案が。

イラスト/naohiga 取材・文/国分美由紀 企画・編集/高戸映里奈(yoi)

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