連載『Stories of A to Z』。2年前から不妊治療を始めたPさん。やりきれない思いを不妊カウンセラーの永森咲希さんに相談すると、永森さんから「不妊治療の専門クリニックを受診することもひとつの選択肢」という言葉が…。

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Story16 妊娠・出産した人と、不妊治療中の自分を比べてしまうPさん

今月の相談相手は……
永森咲希さん

不妊カウンセラー

永森咲希さん

国家資格キャリアコンサルタント、家族相談士、両立支援コーディネーター。一般社団法人MoLive(モリーブ)オフィス永森代表。大学卒業後、外資系企業と日系企業数社の経営や営業部門でキャリアを重ねる。6年間の不妊治療を経験し、仕事と治療の両立の難しさから離職するも、最終的には不妊治療をやめて子どもをあきらめた経験を持つ。その後2014年に自身の体験をまとめた『三色のキャラメル 不妊と向き合ったからこそわかったこと』(文芸社)を出版し、同時に一般社団法人MoLiveを設立。「子どもを願う想い・叶わなかった想いを支える」を信条に、不妊で悩む当事者を支援すると同時に、不妊を取り巻くさまざまな社会課題解決のため、教育機関・企業・医療機関といった社会と連携した活動に従事。令和3年厚生労働省主催「不妊治療を受けやすい休暇制度等導入支援セミナー」講師。現在、不妊治療専門医療機関にてカウンセリングおよび倫理委員も務める。

人工授精から先へ進むなら、専門のクリニックへ

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Pさん 一般的な産婦人科と、不妊治療の専門クリニックってそんなに違うものですか?

永森さん そうなんです。不妊治療の専門クリニックは、体外受精をはじめとする生殖医療に特化しています。生殖医療技術の研究は日々進歩しているので、情報や技術のアップデートもやはり専門クリニックのほうが進んでいると考えていいと思います。例えば、体外受精時に受精卵の成長を支える培養液ひとつをとっても、不妊治療の専門クリニックは最先端の技術を取り入れるべく切磋琢磨していると耳にします。

Pさん 培養液から!? まったく知りませんでした…SNSなどを見ていると、何度も採卵を経験している方が病院を変えたりしていたので、病院を変えるタイミングってどこで判断するんだろう?と思っていたんです。

永森さん 基本的な考え方として、人工授精から先のステップに進む場合や30代以降に治療を始める場合には専門クリニックをおすすめしています。ただし、病院側も患者さんお一人お一人の身体的特性の差異や、薬に対する反応を観察し、知る時間が必要なので、1回の受診で変えるのは時期尚早。採卵・培養・凍結・移植のプロセスを数回経験してみて、ご自身に違和感や不安があるなら、変えるかどうかの検討を考えはじめるぐらいのイメージです。もちろん、ドクターとの間に信頼関係があって、安心して任せられるのであれば、回数で区切らずに挑戦を続けるのもいいと思います。

Pさん 確かに1回じゃわからないけど、自分に合った病院を探すのって本当に難しいですよね。

永森さん 特に不妊治療の場合は気持ち的にも焦りやすいので、病院選びで悩まれる方は本当に多いですね。私たちも「不妊治療の医療機関探検!」と銘打って、クリニックの院長やナース、培養士やスタッフ、患者さんにお話を伺うレポートをWebサイトで発信していますが、情報収集をする際は「誰が」その情報を発信しているかチェックすることが大切です。顔の見えない誰かではなく、信頼性の高い企業や媒体、専門家などの情報に触れてほしいと思います。

Pさん 「不妊治療」のほかに「生殖技術」や「培養士」で調べるのもよさそうですね。私が治療を始めた2年前は保険適用前だったので、夫とは「期限や金額は決めずにまずやってみて、そのつど考えていこう」と決めました。でも、SNSで「8回目の採卵」とか見ると「私もそんなに採卵するのかな」「期限を決めたほうがいいのかな」と不安にのまれそうになります。だけど簡単にあきらめられることじゃないから、治療を終えることへの踏ん切りをつけられる自信もなくて。

永森さん これは、あるドクターの言葉ですが「一般的な治療は、『体の不調を治すもの』だけれど、不妊治療は『子どもがほしいという願いをかなえられるかどうか』だから、特殊な医療だ」と。ですから、願いがかなわなければ、精神的に不調になってもおかしくない挑戦だと私は思うんです。私も、お酒を飲んだり旅行に行ったり、友達に会ってリフレッシュしたりしていても、つねに子どものこと、不妊治療のことが頭の片隅にありました。簡単に切り替えられるものではありませんよね。私は、不妊治療に向き合う姿勢というか、心構えがひとつのポイントになると思っています

「大きなチャレンジ」だと自覚し、二人でプランを練る

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Pさん 心構えって、例えばどんなことですか?

永森さん そもそもの前提として、不妊治療はけっして簡単ではない挑戦のようなものです。お金も時間もかかるし、治療による心や体への負担もあります。何度トライしてもできないこともある。ですが、誰もが「治療を受けさえすれば授かる」と考えてスタートします。その信じる思いはもちろん大切ですが、「私たちは今、難しいチャレンジをしている」と自覚している方は少ないのではないかなと思います。そして、「チャレンジ」にはいつか終わりが訪れる、ということも。

Pさん 確かに「授かること」だけを考えてきました。でも実際に治療を始めてみたら、なかなかうまくいかないし、想像より時間もお金もかかってしまって…。

永森さん だからこそ心が揺れて不安になるし、迷いますよね。でも、それは自然な心の揺らぎなので、ご自分を責めるのではなく、それほど大きなチャレンジをしている自分をまず受け止めてあげてください。どこまでも自分を責めてしまう方が本当に多いのですが、皆さん忙しい日々の中で精いっぱい考え、その時々でベストな選択をされているはずです。もし、そのときに知らなかったことがあったとしても、それは絶対にあなたのせいではありません。「私、ほんとに頑張ってる!」「これはつらいよね」と、自分の応援団になったつもりで、今ここにいる自分を見つめてあげてください。

Pさん 学校のテストみたいに「これを頑張ったらできる」っていうものじゃないのはわかっているけど、つい「体調管理ができていなかったんだ」「運動したから」「アイスを食べたから」と自分を責めてしまうので、私も心の中に応援団をつくってみます。

永森さん 学校のテストというお話が出ましたが、例えば資格試験や富士登山、プロジェクトの立ち上げなど、私たちは難しいことに初めてチャレンジするとき、達成に向けてプランや予測を立てる人が多いのではないでしょうか。富士登山なら酸素を持っていこうとか、7合目で一泊しようとか、モチベーションを上げるアイテムを持っていこうとか。予測できる問題と対処法を考えながら、少しだけ俯瞰して計画を立てていくプロセスは、不妊治療にこそ必要だと思うんです。

Pさん そうですよね…不妊治療は心の準備も知識も足りないまま突然スタートして、必死にここまで走ってきた感じがします。

永森さん 手探りでがむしゃらに進んでいるときほど感情に翻弄されやすいので、治療のやめどきを考えるのはとても苦しいと思います。自分の経験を振り返っても、不妊治療中は、人生における「子ども」というピースがすごく大きくなっていて、「これがないと私は幸せになれない」と思い込んでいました。でも、本当は「思い出」とか「仕事」とか「パートナー」とか「友達」とか、自分が手にしているピースはたくさんあるんですよね。すぐに答えは出ないかも知れませんが、治療をお休みしているときや気持ちが落ち着いているときなどに、少しずつ、時間をかけて考えてみることから始めてみてくださいね。

イラスト/naohiga 構成・取材・文/国分美由紀