パートナーシップ、仕事、家族計画etc...。ライフプランにまつわる選択やモヤモヤについて当事者が対談する「私たちのライフプラン会議」。第一回の「恋人ができたことがない」に続く第二回のテーマは「妊活」。病院の選び方やパートナーとのコミュニケーションなどについて、事情の異なる4人の座談会を前後編でお届けします。臨床心理士・生殖心理カウンセラーの戸田さやか先生が、4人が抱える悩みに回答します。
今回の参加者は…
R佳さん:女性 40代 妊活歴4年(不妊治療歴4年) デザイン事務所勤務。6回の体外受精を経て、現在積極的な治療はお休み中。不妊治療の最中に法律婚へと切り替えた。
S太郎さん:男性 40代 妊活歴2年(不妊治療歴2年) システムエンジニア。現在事実婚で、同世代のパートナーと人工授精にトライしている。
E美さん:女性 30代後半 妊活歴2年(不妊治療歴1年) 会社経営。排卵障害を抱えながら、タイミング法での妊娠を目指している。15歳年上のパートナーと事実婚。
M子さん:女性 30代中盤 妊活歴2年(不妊治療歴1カ月) 会社勤務。今周期から、人工授精に挑戦しはじめた。2年間の同棲を経て法律婚し、不妊治療をスタート。
不妊治療の精神的な負担。パートナーとどう支え合う?
M子さん 私はこれから人工授精に取り組むので、まだ治療において「気持ちが落ち込む」という経験をしていなくて。これからそういう日がやってくると思うと心配です。家の中で二人とも落ち込んでしまったらどうしよう。
S太郎さん それは、まあ仕方ないよね…。自分は男性だけど、特に女性は体の準備もあってより苦労していると思うので、心労も大きいだろうなと思っています。うちはパートナーと同い年で、年齢的にもお互いに「自分のせいかな」という思いもあるので、泣けてきてしまうこともありますね。
E美さん そんなときに、パートナーにはどんな言葉をかけていますか?
S太郎さん 「妊娠は、宝くじみたいなものだから」とよく話しています。宝くじってなかなか当たらないのがわかっていても、ダメ元で買うじゃないですか。「一喜一憂したらつらくなる一方だよ」という言葉をそのまま伝えても心境は変わらないと思うので、考え方をスライドして少しでも楽になってもらえたらって。
R佳さん 男性側にはどんなつらさや大変さがあるのでしょうか?
S太郎さん 落ち込むパートナーを見るのはつらいですし、自分も、精液がうまく採取できない日などは落ち込みます。人工授精の予定日だった日、どうしてもプレッシャーに打ち勝てなくて精液を採取できなかったことがありました。「ごめんなさい、今回は難しいです」って謝ったけれど、彼女は涙目でしたね。それは、そうですよね。排卵日に合わせてずっと準備をしているわけだから。すごく申し訳なかったです。
金銭面のモヤモヤとパートナーとのコミュニケーション
S太郎さん あとは、金銭面でも悩むことはあります。自分が少し多く出すようにしていますが、年齢的に今は保険適用外なので、なかなか厳しい支出額になります。これまでで、400万円近く使っていると思う。かかった費用をリストにしているのですが、それを見ると「こんなにお金を使っているんだから、『プレッシャーが』とか言ってないで頑張らないと」とは思ってしまいますね…。
R佳さん やればやるほど「ここまでやったのだから」と、お金に糸目をつけられない気持ちになっていくんですよね。ステップが進むのはうれしいんだけど、進むごとにお金がかかるし。うちも最初はパートナーと折半だったけど、後半はパートナーが費用を負担してくれていました。私の精神面と肉体面での負担が重なっていったので、経済的には向こうが支える、という姿勢を取ってくれていたんですね。
私と比べてパートナーはどっしりと構えているタイプで、「大体そんなもんだよ」「気が済むまでやりなよ」と言ってくれるのに助けられました。だから二人で落ち込むことはあまりなかったのは救いでしたね。でも、こちらが追い詰められているときって、行き場のない悲しさをぶつけるための燃料を相手に探しちゃうというか…ちょっとしたことで言いがかりをつけて「キー!」となってしまう。「あなたは自発的にやってることってあるの?」って詰め寄ってしまって、後から自己嫌悪に陥ることもありました。
妊活にまつわるお金とコミュニケーションのモヤモヤに、生殖心理カウンセラーが回答
ここからは、R佳さん、S太郎さん、E美さん、M子さんの抱えるそれぞれのモヤモヤに専門家が回答。不妊治療や性、カップルを専門とする臨床心理士の戸田さやかさんにお答えいただきました。
公認心理師/臨床心理士/生殖心理カウンセラー/がん・生殖医療専門心理士/ブリーフセラピストシニア
性や不妊治療を専門とし、カップル・家族の心理支援を行っている。<ファミワン>ではテキストやオンラインでのカウンセリング、自治体や企業に向けたセミナーを担当。不妊治療専門クリニック、精神科クリニックにも勤務。
不妊治療には、どのくらい助成金が出る? 保険適用になるのは?
E美さん 先ほど皆さんの話の中に「お金」の話が出てきましたが、不妊治療も最近助成金が出るようになりましたよね。ただ、私も実はよくわかっていなくって…。戸田さん、不妊治療の助成金システムは、現在どのようになっているのでしょうか?
戸田さん 国からの支援としては、今は条件付きですが不妊治療が保険適用になりました。あとは自治体によって、異なる条件や補償内容で助成金が出る場合がありますので、お住まいの地域について検索してみるといいですよ。企業によっては、福利厚生として妊活がサポートされる場合もあるので、お勤め先にも確認しましょう。あとは保険ですね。高度医療の特約や生命保険の特約が使えたりもするので、これも要確認ですね。
M子さん 事実婚でも、保険適用になったんですよね。病院によって、事実婚を証明するのに必要な書類が違うようですが。私が通っていた病院は、私が排卵誘発剤を受け取るのにも、お互いの戸籍謄本を提出して、カップルで先生の説明を聞く必要がありました。
戸田さん 保険の条件に事実婚も含まれているので、本来は事実婚だからといって断ってはいけないはずなのですが、証明に求められるものは病院によって若干違うようです。基本的には二人の身分・独身であること・住所が同じであること・認知予定であることがわかる書類を出せば大丈夫なはずです。ただ、一人一人違う価値観や倫理観を持っていることと同じように、医師も人ですから考え方は異なります。病院選びの際に、確認してみるとよいかもしれません。
パートナーと金銭面で揉めたくない。どうコミュニケーションを取るべきか
E美さん ただでさえ心理的、身体的な負担がある中で、さらに金銭的なことでパートナーと揉めたくないと思っています。何かコミュニケーションで気をつけられることはありますか?
戸田さん 不妊治療をしていると、費用を捻出するために「節約しなきゃ」「自分たちの楽しみを削って費用に充てなければ」と考えるカップルは多いかもしれません。ただ長期的に考えると、それではあまり健やかな気持ちで続けられないと思うんです。ある程度リフレッシュのために使うお金もキープすることを考慮に入れて、治療に使う総額の目処を立てるといいかもしれません。途中で見直していいので、一旦「これくらい使ったら、また話し合おう」というラインを決めておくんです。
E美さん なるほど、先が見えない支出が続くよりも、一度立ち止まる金額の目処を決めておくというのはいいですね。あと、仕事を続けていていいのかも気になります。お休みしたほうが治療に専念できるけれど、そうすると費用面に負担がかかるし。
戸田さん 男性は外で頑張って治療費を稼ぎ、女性は治療と家事に専念する、というカップルも多いですがその分担で揉めている場合もよくあります。女性の分の収入が減るのはもちろんですが、やりがいのあった仕事をやめて社会的な自分を失い、「いろいろなものを犠牲にしたんだから、絶対に授からなくちゃ」と女性側が追い詰められていくパターンもあるんです。「パートナーが稼いできてくれるから」と、本来は話すべきことや聞いてほしい自分の悩みや不満を相手に伝えづらくなる、という感情の交流の弊害も起きやすいです。
ですから、本当に両立が難しいのか、受けられるサポートはないのか、ちゃんと時間をかけて話し合ってみてください。職場に相談してみたら、思いもよらないサポートをしてくれることもないとは限らない。もちろん、それでも仕事をやめざるをえない場合もあると思うんです。そういった場合でも、女性にかかる身体的、精神的負担は大きいですから、そこに努力や犠牲の格差はあまりない、と考えていいでしょう。R佳さんやS太郎さんのように、「彼女の負担が大きいから、自分はそれを経済的に支えよう」という姿勢は、お互いにしっかり状況の共有ができている証だともとらえられます。
E美さん お互いが「こういうつもりだったのに」と、憶測ですれ違いが起きないように、ちゃんと話し合ってそれぞれの姿勢や二人の目的を明確にしておくのが鍵なのですね。
会社や親に、不妊治療のことをどう伝えるのがいい?
E美さん 自分が一生懸命になればなるほど、まわりに対しての気持ちもトゲトゲしていきますよね。私は以前、排卵誘発剤を飲んでいたときにTwitter(現X)の妊活アカウントを持っていたのですが、正直すごい世界でした。現実で人と共有できない色んな思いが渦巻いていて、ネットでしか言えない思いを抱える人がたくさんいるんだなと感じた。
R佳さん そうなってしまう気持ちは、すごくわかります。私も、仕事のチーム内に妊活していることを共有していたのですが、そのうちの一人が妊娠して。どこか手放しで喜べない自分がつらかったです。
E美さん M子さんは会社員だけど、会社の人たちには妊活することは伝えているの?
M子さん うちは上司が妊活経験者の女性で、上司が妊活していたときからリアルタイムで話は聞いていたんです。だから、私のクリニック選びの相談にも乗ってもらいました。うちは女性社員が集まってワイワイ話す機会があるので、そのときには話しやすい雰囲気で助かっています。これがまた男性ばかりの職場だとまったく違ったでしょうね…。
S太郎さん 男性の上司だと妊活についてわかっていない人が多いと思うので、そういう研修会のようなものを会社側が実施してほしいですよね。ダメだったときになんて声をかけたらいいのか、など自分も迷ってしまうこともたくさんあるので。悪意はなくセンシティブなことを聞いてしまうような事態もありそうですし。
M子さん 病院に通い始めると、休みも増えるだろうし会社に言わないわけにはなかなかいかないですよね。
E美さん ちなみに皆さん、治療していることは親に話したりしますか…? 私は心配させてしまう気がして、詳しくは話せていません。
R佳さん 私は治療を始めた頃は話していなかったのですが、ふいなことで伝わってしまって。うちの親は、人工授精や体外受精がセンセーショナルに扱われていた頃の報道を見ていた世代だから、全然理解が追いついていなかったです。
E美さん 会社や親への伝え方、私もすごく悩んでいます。戸田さん、このあたりはいかがでしょうか。
戸田さん 直属の上司に伝えるタイミングは、体外受精が始まってからという方が多いですね。やはりスケジュールも流動的になりますし体調に変化も起きやすい。伝える相手は、不妊治療にまったく知識がないということも大いに考えられますから、どのように仕事に影響が出て、何をサポートしてほしいのか明確に伝える必要があります。
伝えるときのテクニックのような話になりますが、自分が努力する部分も併せて伝えると相手が受け入れられやすくなると思います。例えば、日程調整に関しても、「できるだけ会議に影響のないようにドクターと受診日を調整しますが、どうしても調整できない日が必ず1カ月に1回だけ発生するんです。採卵っていうんですけど…」といった感じでしょうか。会社に求めることは明確にしつつ、「自分はちゃんと努力して、仕事も大切に思っている」という気持ちを伝えると、上司も心情的に協力しやすくなると思います。あとは、「治療が始まると、月に1週間くらいは体調不良になることがあります。そういうときは5分ほど席を外すかもしれませんが、基本的にはそれで落ち着けば大丈夫ですの」など、体調不良時の対処法も伝えておくとよいでしょう。
M子さん 具体的な対処法、参考になります。私の場合は、上司に理解があってひとまず安心なのですが、親に心配をかけたくなくて、どうしようかと悩んでいます。
戸田さん 先ほどR佳さんがおっしゃっていたように、親世代もまだ不妊治療になじみがない人もいるかもしれませんね。もし、これまでも何かあったときに泣き言を言えるような間柄であれば、話しておけると安心ですよね。親ではなくとも、安心安全に怒ったり泣いたりできる環境を、自分が元気なうちに確保しておいてほしいです。一人の部屋やパートナーの前、親との電話や友達のラインでも、なんでもいいんです。「私はこういう環境、この相手、この場所だったら安心して涙を出したり怒ったりしていいんだ」という場所をひとつでも持っておいて。そして気持ちが揺れたときに、その場所でちゃんと感情的になってほしい。不妊治療では、大なり小なり皆さん絶対に不安定になるときがありますから。
不妊治療のやめどき。自分の心との折り合いの付け方
E美さん 私も、誰かの安心安全な場所になりたいなと思いました。R佳さんは、いったん不妊治療自体は卒業されているとのことですが、どうやって決断したのでしょう?
R佳さん 妊活はやめたんだけれど、もし出会えるならば子どもの姿を見てみたいと本能的に思うことはありますよ。だから、治療という方法をやめて、自然に委ねてみることにしたんです。少し前に長年一緒に暮らしてきた愛犬を看取ったのですが、どこまで延命治療をするか迫られたときに「この子にとって何がいちばんいい選択か」を考えた。生命について、人がコントロールできる選択肢があるってすごいことだと思うんだけど、どこまでその手綱を持っていいのかなって考えちゃって。5年早く始めていたら結果も変わったかな、なんて思ったりはしますけれどね。
E美さん なかなか、20代や30代ですぐ「妊活!」とはならない方も多いと思うので、難しいですよね。仕事も忙しくなってくる時期ですし。
R佳さん そうなんだよね。だから、始めたときがその人のタイミングだとは思います。授かっても授からなくても、二人らしくいられる選択ができたらいいですよね。戸田さん、心にしこりを残さずに卒業する方法ってあるんですかね?
戸田さん どうでしょうね…、うーん、しこりを残さないというのは自分の中で納得してやめるということだと思うんですよね。ただ、妊活の場合は納得するのに時間がかかります。「あのとき転院していれば」「あのとき検査をしていれば」「もっと早く結婚していれば」など色々浮かぶと思うんですけれど、終わりを決める長い長い時間の中でちゃんと癒されるということがあれば、自分の心とも折り合いがつくのではないでしょうか。
私の勤務しているクリニックでは、不妊治療の終結を考える会を開いています。実際に授からずに治療をやめられた方にご協力いただいて体験談を聞きつつ、意思決定のワークショップをやるんです。そこで経験者が、飛行機にたとえてお話してくださったことがあって。例えば飛行機も、飛ぶのを急にやめたら胴体着陸してしまうじゃないですか。そうならないように、ゆっくりゆっくり徐々に高度を落として着陸する。妊活も、「もういいや」と「やっぱりやろう」を繰り返したっていいんだって。
R佳さん うんうん、そうですね。私も「これを最後にしよう」と目処を決めていたけれど、なかなか踏ん切りがつかなかった。でも、振り返ってみると私は妊活ってすごく楽しかったですね。平日にパートナーと出かけられたり一緒にいられるのもうれしかったしね。二人でひとつの目標に向かって頑張った経験はかけがえのないものだと思っています。
戸田さん 不妊治療を始めるって、カップルの力がないとなかなかできないんです。始める決断をした時点で、自分たちの将来について話し合えているし、見通しが立てられていると思うんです。妊活は、ひとつのプロジェクトを通して、二人が話し合いながら成長するプロセスだとも考えられますね。
イラスト/はらだももこ 画像デザイン/前原悠花 企画・取材・文/平井莉生(FIUME Inc.) 構成/種谷美波(yoi)