子宮頸がん検診は、20歳以上の女性が2年に1回受けることが推奨されている検診です。今年の4月から、30代以上の受診者は、HPV(ヒトパピローマウイルス)検診という新しい方法に変更する方針と厚労省が発表しています。HPV検診をして結果が異常なしなら、次の検査は5年後でOK。コスパもタイパもいいHPV検診とは、どのようなものなのでしょうか? 日本のHPV研究の第一人者、産婦人科医の今野良先生に伺いました。
自治医科大学附属さいたま医療センター産婦人科教授
自治医科大学医学部卒業。東北大学医学部産婦人科講師、2008年より現職。1988年から子宮頸がんとHPV(ヒトパピローマウイルス)の研究を始め、「子宮頸部扁平上皮癌および異形成の進展とヒトパピローマウイルス感染」のテーマで医学博士(東北大学)。現在、子宮頸がんとHPV(検診、ワクチン、治療)に関する研究、啓発活動、さらに国内外の共同研究に取り組む。著書に『子宮頸がんはみんなで予防できる』ほか。
メリットが多いHPV検診とはどんなもの?
増田:子宮頸がん検診は、これまで20歳から2年に1回の細胞診でした。これが4月から、30歳以降の女性はHPV検診に変わるのですね?
今野先生:厚生労働省はこの4月から、子宮頸がん検診を新たにHPV検診に変更する方針を決めています。日本で子宮頸がん検診が始まったのは1960年頃です。子宮の入り口である子宮頸部から細胞を採取して異常の有無を調べる「細胞診」という方法で、今もこの細胞診が行われています。
今回、新しく導入が決まった「HPV検診」は、WHO(世界保健機関)が推奨し、先進国はもちろん、開発途上国でも行われている検診方法です。これまで日本で国が推奨してきた細胞診に比べ、メリットが高い検診です。
増田:今まで行われている細胞診よりHPV検診のメリットが高いのは、どんな点ですか?
今野先生:大前提として、子宮頸がんの原因はほとんどがHPV感染です。性交渉によってHPVに感染し、自然感染が消滅する場合も多いのですが、一部のハイリスク型ウイルスに長期間感染していると、5~10年以上を経て子宮頸がんになります。つまり、HPV検診は子宮頸がんの原因となるウイルス自体の存在を調べます。HPVが感染しても、何も症状はありませんが、一部が細胞の形の変化を起こします。
細胞診は、顕微鏡を使って細胞に異常がないかを人の目で判断する検査のため、結果にばらつきがあることがこれまでも問題となっていました。細胞診は、がんの前段階である中等度異形成(CIN2)以上やがんを正しく診断できる感度(陽性であることを正しく判定できる割合)は70%とされています。
一方、HPV検診では、同じくがんの前段階である中等度異形成(CIN2)以上やがんを正しく診断する感度は95%以上です。つまり、HPV検診のほうが子宮頸がんを正しく見つけることができる精度が高い検査なのです。
増田:20~29歳の女性は、なぜ細胞診が継続されるのですか?
今野先生:20代の女性は、HPVに感染する可能性が高いけれども、感染は一時的なもので、細胞診の異常も起こさず、前がん状態やがんにもならずに、治ってしまうケースが多いのです。もしも、20代女性全員にHPV検診を行うと病気でもないのに多くの人が陽性になり、「要精密検査」に進む人が増えてしまい、無駄な検査で不安を募らせます。細胞診に異常が起きていない20代女性にとってのデメリットが高くなってしまうのです。また、20歳代では前がん状態になることはあっても、命にかかわるような進行がんに至ることは非常に稀です。ですから20~29歳は、今までと同じく2年ごとの細胞診が継続されます。
HPV検診が5年に1回でいい理由は?
増田:30歳以降のHPV検診は5年に1回でいいとのことですが、それはなぜなのでしょうか?
今野先生:一部のハイリスク型のHPVに長期間感染してから、子宮頸がんになるまでは5~10年以上の時間を要します。つまり、HPVに感染していないのであれば、子宮頸がんのリスクはかなり低いわけです。
ですからHPV感染の有無を調べるHPV検診を5年に1回行えば、子宮頸がんの発見は精度が保てるとされています。
増田:5年に1回で済むのは、私たち女性にとってもありがたいです。それなら、面倒がらずに検診に行ける人が増えるかもしれませんね。
今野先生:日本女性のがん検診受診率の低さは、世界的に見ても大きな問題です。未受診の理由には、「受ける時間がないから」が長年トップです。5年に1回の検診でよいとなれば、検診受診率がアップすることが期待できます。
HPV検診は、検診の精度が高いというエビデンスが明らかになっているのに、感度の悪い細胞診を勧めることはとてもできません。日本でHPV検診が導入されることで、日本もがんの早期発見を目指す国として、これまでの遅れを取り戻し、やっと世界レベルの仲間入りができることになります。
【現状の子宮頸がん検診】
・20代以上(特に年齢制限なし):2年に1回の細胞診
↓
【2024年4月から導入される子宮頸がん検診】
・20代:2年に1回の細胞診
・30歳~60歳:5年に1回のHPV単独検診
(60歳でHPV検査陰性の場合は、その後の検診の必要性は低い)
参考資料/「子宮頸がん検診へのHPV検査単独法導入について」第40回がん検診のあり方に関する検討会 厚生労働省2023年12月
HPV検診は具体的にどういう検査をするの?
増田:HPV検診というのは、具体的にどのように行う検査なのでしょうか?
今野先生:HPV検診は、子宮頸部から採取した検体(細胞)でHPVに感染しているかどうかを調べる検査です。子宮頸部から細胞を採取する方法は、これまでの細胞診と同じやり方です。イラストで解説します。
HPV検診のやり方
STEP1
内診台に乗ります。できるだけリラックスしたほうが、違和感はありません。子宮頸部は痛みを感じにくい部位なので本来はそれほど痛くないはず。緊張して力が入ると、クスコという器具を入れる際に痛みを感じやすくなりますのでリラックスしましょう。カーテンの有無はどちらでも対応可能なので、希望を医師に言ってください。超音波検査の画面を見たり医師との会話がしやすいため、無いほうが安心という方も多いです。
STEP2
HPV検査では、まず子宮頸部周辺を観察するため、腟にクスコという器具を入れて腟口を広げます。
STEP3
腟口から専用のブラシを入れて、子宮頸部周辺を柔らかいブラシでこすり、細胞を取ります。これで終了です。
HPV検診の結果が出たあとの流れは?
今野先生:子宮頸部の細胞(検体)を取って、HPVに感染しているか、していないかを調べます。HPVに感染していない陰性であれば、次の検診は5年後でいいのです。
もしHPVに感染している陽性であったら、同じ細胞(検体)をすぐに検査施設内で細胞診に回します。もう一度、受診していただき、細胞を取り直す必要はありません。細胞診の結果、異常があれば、コルポスコープや組織診などの精密検査(ここからは保険診療)を行います。細胞診の結果が異常なしの場合は、1年後に追跡HPV検査を行います。そこで陰性(HPV感染なし)なら、5年後の検診でOKとなります。つまり、HPV検査でリスクの高い人と低い人を見極め、リスクの高い人は細胞診や精密検査を行い、リスクの低い人は5年間は安心できるということです。
子宮頸がんHPV検診の流れ
新たなHPV検診は30歳~60歳が対象で、5年に1回の実施が推奨とされます。HPV検診でウイルス感染が陰性であれば、次は5年後でOKです。HPVウイルス感染が陽性の場合は、細胞診に進み、さらに精密検査が必要ならコルポスコープ(腟拡大鏡)を使った組織診に進みます。一時的なHPV感染で終わる可能性が高い20~29歳は、現在と同じ2年に1回の細胞診を継続します。
参考資料/「子宮頸がん検診へのHPV検査単独法導入について」第40回がん検診のあり方に関する検討会 厚生労働省2023年12月
増田:2024年度からこのHPV検診が全国で行われることになるのですね?
今野先生:新たなHPV検診の導入がスムーズに進むかどうかは、自治体によって異なると言われています。厚労省の調べでは、2022年度すでにHPV検診を導入している市町村は13.8%と238自治体にのぼっているとされています。また、埼玉県志木市、神奈川県横浜市など、4月からの導入が決まっている自治体もあります。これから続々とHPV検診の方向になることを期待しています。
ところが、HPV検診を行う一定の体制整備ができない自治体は、現行の細胞診を続けることになります。しかし、HPV検診は検診間隔を5年に延長できるため、実施する自治体の経費や事務的負担も軽減され、実施すれば自治体にもメリットがあるはず。
私の試算では、1回当たり6500円かかる細胞診を2年間隔で30歳から65歳まで受診すると18回の検診が必要で人口1万人あたり約12億円かかります。これに対して1回当たり3500円のHPV単独検診を5年間隔で30歳から65歳まで8回受診すると、人口1万人あたり3億円で済みます。従来の細胞診より4分の1程度、経費軽減になるのです。
増田:私たち検診受診者の女性にとってもメリットが多く高く、実施する自治体にとっても経済的、人的メリットがあるなら、行わない手はないですね。自分の自治体が子宮頸がん検診はHPV検診を導入しているかどうかで、女性の健康を守る立場をどれだけ重視しているかがわかりますね。私の居住地の自治体がどうかを調べてみたいと思います。
取材・文/増田美加 イラスト/大内郁美 企画・編集/木村美紀(yoi)