演劇団体『いいへんじ』の主宰・中島梓織さんと、中島さんの学生時代から親交があるという『桃山商事』清田隆之さんの対談。後編では、双極性障害Ⅱ型を公表して活動されている中島さんと、仕事と双子の育児を両立させている清田さんが、メンタルヘルスをテーマにお話しします。

演劇団体『いいへんじ』中島梓織さん×『桃山商事』清田隆之さん対談 双極性障害Ⅱ型

清田隆之

文筆家

清田隆之

1980年生まれ、早稲田大学第一文学部卒。文筆家、恋バナ収集ユニット『桃山商事』代表。これまで1200人以上の恋バナに耳を傾け、恋愛やジェンダーに関する書籍・コラムを執筆。著書に、『おしゃべりから始める私たちのジェンダー入門―暮らしとメディアのモヤモヤ「言語化」通信』(朝日出版社)など。桃山商事としての著書に、『どうして男は恋人より男友達を優先しがちなのか』(イースト・プレス)などがある。

中島梓織

演劇団体『いいへんじ』主宰・劇作家・演出家・俳優・ワークショップファシリテーター

中島梓織

1997年生まれ。早稲田大学文化構想学部卒。演劇団体『いいへんじ』主宰。劇作家・演出家・俳優・ワークショップファシリテーター。大学時代の同期と演劇団体『いいへんじ』を結成し、2017年に旗揚げ。双極性障害Ⅱ型であることを公表しており、演劇『薬をもらいにいく薬』『器』など近年はメンタルヘルスとからめた作劇が特徴。2024年3月の公演『友達じゃない』は、友情について深く考えさせられると話題に。

双極性障害Ⅱ型と生きるとは? 躁状態は「期間限定の元気」

——前編でもお話いただいたように、中島さんが脚本、演出、出演を務めた舞台『友達じゃない』には双極性障害Ⅱ型と生きる真壁というキャラクターが登場します。中島さんご自身も双極性障害Ⅱ型であることを公表されていますが、最初はどのようなきっかけでご自身の症状に気がついたのでしょうか。

中島さん
 中学生くらいの頃から、不安障害のような症状やパニック症状はあったと記憶していますが、初めて心療内科に行ったのは大学3年生の頃。気分の落ち込みや過呼吸などのパニック発作が頻繁に起きるようになり病院に行きました。そのときにおりた診断は、「抑うつ状態」と「不安障害」でした。そこから通院を続けて、抗うつ剤を飲みながら、パニック発作が起きたら頓服として抗不安薬を飲む、という生活に落ち着いていきました。

ところが2年前のある日、突然気分の落ち込みがひどくなって、何もできなくなってしまったんです。体が全然動かない。何かがおかしい…と思って、通っている心療内科の先生に相談しました。すぐに「この病気だ」と診断がおりたわけではないのですが、念のため双極性障害の方に処方されることが多い気分安定薬を出してもらいました。

その後、通院やカウンセリングを進めていくうちに、ガーッと頑張っちゃう時期と、全然駄目になっちゃう時期とがあって、極端な波があることが可視化されてきたんです。抑うつ状態と診断されたときに出してもらった薬より、直近で処方された気分安定薬のほうが自分に合っていたこともあり、主治医から「おそらく双極性障害だね」という診断が出ました。

清田さん そうだったんですね…。自分は双極性障害については「Ⅰ型はうつ状態のときと躁状態のときの差が激しい」「Ⅱ型は躁状態がゆるやか」のような通り一遍の知識しかなかったので、中島さんが発信していたnoteを読んで、初めて当事者のリアルに触れたような気がします。

noteでは、「今は元気がある躁状態のフェーズだから、今のうちにいろいろやっておかないと!」と無理してしまうと書いていたのが特に印象的でした。揺れ動く波の中で生きていて、たとえ元気なときでも、「これは期間限定の元気だ」みたいに考えながら動かざるを得ないってことだもんね…。

演劇団体『いいへんじ』中島梓織さん×『桃山商事』清田隆之さん対談 双極性障害Ⅱ型 中島さんが家から出られず、一日中布団の中で過ごしていた頃の写真

中島さんが家から出られず、一日中布団の中で過ごしていた頃の写真

中島さん そうですね。2024年春に公開した演劇『友達じゃない』を作っているときも、元気ではあったけど、どこかで「なんかやばい気がする」という気持ちが頭の片隅にありました。「この元気がいつ終わるかわからない」「いつか落ちるときが来る」みたいな。そして2月頃に突然「あっ、落ちた!」という日が来ました。帰り道に訳もなくボロボロ泣いて。でも予想はしていたので、「はいはい、来ましたね」と妙に冷静な部分もあった。

清田さん なるほど、その日は急に来るんですね。まわりで元気がない人を見ると、つい「何かあったのかな?」って、「落ち込んでいる=何かつらいことがあった」という因果関係のフレームに当てはめて理解しようとしてしまうけれど…。

中島さん 人間関係に変化があったり、業務過多になったりして、ある程度外部要因もありますが、最近の個人的な感覚としてはわけもなく「急に来る」ような感覚です。

清田さん となると、「原因さえ取り除けば元気になる」というものでもないわけだよね…。自分の身近にも似たタイプの不調を抱えている人がいて、「自分に何かできることがあれば」という気持ちではいるものの、それがストレスやプレッシャーになってしまいやしないか、日々葛藤しながら接しているという状況です。だから、中島さんのnoteは個人的にもすごく学びになりました。

——当事者でない場合、清田さんのように友達や知人としてどう接するべきか悩む方もいるのではないかと想像するのですが、中島さんはまわりの人にどのように関わってほしいと思いますか。

中島さん 私の場合は簡単に「わかるよ」という感じで扱われるよりは、清田さんのように「わからないけれどわかりたい」と寄り添ってもらえることのほうが、慮りや優しさを感じます。友達や知人に自分の病気を開示した際も、「どんな言葉が必要かな」と探ってくれたうえでかけてくれた言葉であれば、よほど傷つく言葉でない限りうれしいですね。

「あまり褒められたことではないが、それでも譲れない」というセルフケアがあってもいいと思う

演劇団体『いいへんじ』中島梓織さん×『桃山商事』清田隆之さん対談 双極性障害Ⅱ型 コロナ禍で人に頼ることが難しかった当時の清田さん

コロナ禍で人に頼ることが難しかった当時の清田さん

——ここからは清田さんのメンタルケアについても伺いたいと思います。執筆や子育て、大学での授業など多忙な日々を過ごされているかと思うのですが、ご自身のメンタルヘルスとはどのように向き合ってきたのでしょうか。

清田さん 昔から心身ともに健康で、メンタルヘルスについては自分と縁遠い問題だと思い込んでいたんですね(笑)。ただ、子どもが生まれてからその認識は変わりました。うちは双子なんですが、交互に繰り広げられる夜泣きがなかなかに壮絶で、4歳半になった今もまとまった睡眠が取れない日々が続き、寝不足ってこんなにメンタルに来るのか…と驚きました。

特に育児とコロナ禍が同時にやってきたこともあり、生活が激変しました。さらに、ジェンダーをテーマにしている書き手という事情もあり、頭の中で「夫はこうあるべき」「親として正しく振る舞わねば」という規範意識が膨れ上がって、それに追い詰められていた部分も正直あったと思います。

でも、すべて完璧になんてもちろんできなくて、「お前は無能だ」「子育てに向いてないぞ」「男性特権まみれだな(笑)」と常に脳内でダメ出しの声が響いている感覚というか…。当時は体力も気力も限界ギリギリで、横で子どもが泣いていても何も感じない、という虚脱状態に定期的に陥っていました。自分では気づいていなかったけれど、パートナーいわく抜け毛もひどかったみたいです。ちょうどコロナ禍で、人に頼りづらかったということも原因のひとつにあると思います。

——そんな不調の時期をどうやって乗り切ったのでしょうか。

清田さん 応急処置としては、妻と交代で30分程度の昼寝を取ったり、あとはエナジードリンクに頼ったりしながらなんとかやっていたけれど、一番のストレス解消になっていたのは、時おり行かせてもらっていた週末の草サッカーだったように思います。

コロナ禍に、妻に双子をワンオペで任せてサッカーに行くなんて“規範的”には絶対やっちゃいけないことだと思うし、実際に「クソ夫エピソード」としてよく耳にしていたことでもあるんだけど、自分にとってメンタルの健康維持にとても大事な時間だったんですよね…。

自分を棚に上げるような物言いになってしまってあれですが、「これはあまり褒められたことではないが、それでも譲れない」というものがおそらく誰の中にもあって、それらを我慢しないという形のセルフケアがあってもいいと思うんです。「あの時間はわがままをさせてもらったから、今度はほかの時間に自分が頑張る」と、ポジティブな罪悪感みたいなものが生まれたりもするので。

中島さん サッカーを我慢して毎日どんよりしているよりも、週末に数時間サッカーでリフレッシュをして、そのほかの時間をよりよく過ごせるほうが自分にもまわりにもいい気がしますよね。

「どす黒い自分」「しょうもない自分」も許すことが、自分を大切にすること

演劇団体『いいへんじ』中島梓織さん×『桃山商事』清田隆之さん対談 双極性障害Ⅱ型 元気が出ず外に出られなかった頃、中島さんが虚無状態で天井に向かってぬいぐるみを投げていたときの写真 ちいかわ うさぎ

元気が出ず外に出られなかった頃、中島さんが虚無状態で天井に向かってぬいぐるみを投げていたときの写真

——yoiの読者には、メンタルの不調に悩んでいる方もいらっしゃいます。そんな読者の方に、お二人ならどんな言葉をかけますか?

清田さん
 「自分にとっての“自分を大事にする”とはどういうことか」を、ちゃんと知っておくことじゃないかと思います。例えば「ゆっくり眠る」とか「温かいお風呂に入る」とかって、セルフケアの典型みたいに言われるじゃないですか。もちろんめちゃくちゃ効果的なことだとは思うけれど、そのときの自分が求めているのは本当にそれなのか? みたいに問い直してみるのも大事だと思うんです。

中島さん 確かに。元気がないと「温かいお風呂に入って、おいしいものでも食べて、ゆっくりして」なんて声をかけられることもありますが、その方法で癒やされない人もいますよね。

正直、私は弱っているとお風呂に入る元気すらなくなります。でも、“よい”とされているメンタルケアにとらわれていると、「私はお風呂に入ることすらできない! 私はやっぱりダメなんだ!」という思考回路になってしまう。自分を大事にしようとして逆に傷つけていたら意味がないですよね。

清田さん そうだよね…。正しさにとらわれ、本当の意味で自分を大事にできる方法を無理に封じ込めない、ということなのかも。常に正しく、常に生産的で、常に規範どおりに…なんて人はほとんどいないと思うので。

僕の場合、「実は株で儲けている芸能人7選」みたいな、心の底からしょうもないと感じるショート動画をずっと見続けちゃう行為を「虚無る」って呼んでいるんだけど、それだって「生産性の圧力から逃れる行為」という意味で、自分にとっては大事なメンタルケアだなって感じます。

中島さん くだらないことに時間を費やすことで、何も考えない時間を作って自分を守っているのかもしれない。心は、社会に見せられる部分だけでできているわけではないから、どす黒い部分やみっともない部分もある。そういう部分も認めてあげたうえで、「ケア」したほうがいいのではないかな。

清田さん 嫌いな著名人の悪口を仲間内のグループLINEで盛り上がるとか、野次馬的にSNSの炎上をのぞきに行って引用リプライを読み続けちゃうとか、全然ある! でも、「きれいな自分」だけじゃなく、そういう「しょうもない自分」も含めて大事にしていくことこそ、本当の意味でのセルフケアではないかと、声を大にして言いたい(笑)。

中島さん 私もそう思います。もちろん「私はダメな人間だ…」と考えてしまうこともあるけど、そのときに「私はダメな人間だ…と考えてしまった…」「ポジティブマインドでいないといけないのに…」という後悔もしない。「”正しい”ケアができなくても、自分を責めずに焦らずに、お互い自分を大切にしていきましょうね〜」と、悩んでいる読者の方々にも声をかけたいですね。

撮影/三浦晴 取材・文/東美希   画像デザイン/前原悠花 企画・構成/種谷美波(yoi)