オーストラリア・バース出身のシンガーソングライター、ステラ・ドネリー。レイプカルチャーやミソジニー(女性嫌悪や女性蔑視)、家父長制…社会にはびこるさまざまな問題を、ユーモアの効いたリリックとシンプルなサウンドで表現したデビューアルバム『Beware of the Dogs』で世界中の関心を集めたアーティストです。

そんな彼女が、今年の8月26日に3年半ぶりのアルバム『FLOOD(フラッド)』をリリース。そして、いよいよ11月29日から来日公演が開催されます! 8月末に実現したリモート取材では、コロナ禍に制作された本作の楽曲に込められた想いや、社会に対してメッセージを発信し続けるステラ流の心身のケア方法などを教えてもらいました。yoiのためにたっぷり語ってくれたインタビューをぜひ読んでから、ライブに参戦を!

ステラ・ドネリーのモノクロカット

Stella Donnelly(ステラ・ドネリー)

オーストラリア・バース出身のシンガーソングライター。大学で音楽を学んだ後、ソロ活動をスタート。2017年にリリースした『Boys Will Be Boys』でオーストラリアの音楽見本市、Bigsound 2017のリーバイス・ミュージック・アワードを受賞。2019年3月リリースのデビュー・アルバム『Beware of the Dogs』は、世界中で高い評価を獲得。フジロックフェスティバル '19で初来日。2022年8月26日に3年半ぶりとなるセカンドアルバム『FLOOD』を発売。■公式サイトhttp://bignothing.net/stelladonnelly.html

Stella Donnelly(ステラ・ドネリー)来日公演
東京 11月29日(火)20:00〜 LIQUIDROOM
東京 11月30日(水)20:00〜 渋谷CLUB QUATTRO
愛知 12月2日(金)20:00〜 
名古屋CLUB QUATTRO
大阪 12月3日(土)19:00〜 梅田CLUB QUATTRO

受付URL: https://eplus.jp/stelladonnelly/


“鳥のように自由に生きたい”思いを込めたアルバム

——8月26日にリリースしたセカンドアルバム『FLOOD』を引っさげたジャパンツアーのために、今年11月に約3年ぶりに来日されるとのこと。日本のファンも久々の対面を心待ちにしていると思います。2019年の初来日のときの印象や思い出、また、今回の来日でしたいことを教えてください。

日本での思い出は、すべてが最高! なかでも印象的だったのが、2019年11月に来日したときの大阪公演。オーディエンスとの距離が近かったのもそうだけど、ある一人のファンが、その会場にいる皆からひと言メッセージを集めて、それを私やバンドメンバーの写真と一緒にブックレットにまとめてプレゼントしてくれたの。これまでの人生で、そんな思いやりに触れたことは初めてだったからすごく感激して。つくづく私は恵まれていると感じられたし、感謝の想いがあふれました。そして、フジロックは最高だった。あのとき台風が来たんだけど、それも強烈な記憶として残ってる(笑)。

今度日本に行ったら、温泉に行ってみたい! あとは、街をブラブラしたり、ライブハウスに行って日本のバンドをチェックしたい。レコードショップ巡りをするのもいいし、郊外まで足をのばして、趣味のバードウォッチングもしてみたいです。

【11/29〜12/3 来日公演開催!】ユーモア&知性を持ち合わせたニューアイコン。ステラ・ドネリーの明るさと怒りの素敵な共存
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終始とびきりの笑顔でインタビューに答えてくれたステラ。yoiの「体・心・性」に向き合うコンセプトにも深く共感してくれました!

——バードウォッチングといえば、最新アルバム『FLOOD』のジャケットは鳥(セイタカシギ)ですよね。

私にとって、鳥は本当に美しくて偉大な存在なの! その中でもセイタカシギは、オーストラリアでは街中にいるポピュラーな鳥で、そんな鳥たちの日々の営みを眺めていると、日常生活のあれこれから解放される感じがするんです。渡り鳥が自分の行き先や方向を知っているところとか、「地球を旅する過程で、どれだけの物語や景色を見てきたんだろう?」と想像するだけで感動しちゃう。ジャケット写真のように皆で群れて、ギュッと集まっている姿も可愛いし。

——では、ジャケット写真は、“鳥のように自由に生きたい”というステラさんの想いの表れですね。

本当にそう。(日本語で)ハイ!(笑)

アルバム『FLOOD』のジャケット写真

最新アルバム『FLOOD』のジャケット写真。
¥2,500/ビッグ・ナッシング/ウルトラ・ヴァイヴ
http://bignothing.net/stelladonnelly.html

大切な人に、「私はここにいるよ」と手を差し伸べたい

——そんな鳥の写真が印象的なアルバムのタイトルトラック『Flood』は、どのように制作したのでしょうか。

この曲を書いたときは、メルボルンが世界でいちばん長期にわたるロックダウンを経験していたとき。誰もが精神的に危機的状態にあった時期で、本来ならこういうときの駆け込み寺のようにしていた場所にも、カウンセリングにも気軽に行けない状況だった。運動のために1日1時間だけ外出が許されていたんだけど、私は毎日、家の近所にある小川のほとりを散歩していました。そのときの歩くペースが、あの曲のリズムの土台になっているんです。

私のいちばん好きなジブリ映画が『崖の上のポニョ』で、あの作品には、主人公が洪水に巻き込まれながらもそれを乗り越えていくシーンがあるでしょ?  単に悲しみを描くだけじゃなくて、そこに何かしらの安らぎを添える——あの美しさを、この曲でも描きたいと思ったんです。

Stella Donnelly - Flood (Official Video)

——まさか『崖の上のポニョ』の話が出てくるとは思いませんでした!

ジブリ映画がすごく好きで、『千と千尋の神隠し』とか『ハウルの動く城』とかも好き。どの映画も、主人公が異次元に迷い込んでしまうような感覚が描かれているところにひかれる。ジブリじゃないけれど、『不思議の国のアリス』もそう。自分の今見ている景色がぐにゃぐにゃ歪んでしまうようなそういう感覚も、『Flood』では表現しています。

——ロックダウン中のお話が出てきましたが、ステラさんの周りにも落ち込んでいる方が多かったのでしょうか。

それはもう。音楽業界は悲惨な状況だったから。これから海外に向けて飛び出していこうというアーティストの先行きが絶たれたし、そもそも仕事が立ち行かなくなった人も大勢いた。この状況がいつ終わるか、次に何が起こって、どうなるかが誰にもわからない…そこがこの期間中、いちばんつらかったことじゃないかな。

私の場合は、自分の心と体の健康を保つための“時間”を持つようにしていた。例えば、エクササイズや瞑想をするとか、自分の愛する人に囲まれて愛を感じやすい環境をつくるとか。私はたまたまそういうことができる環境にあったけど、多くの人が、そういうこともできず苦しい時期を経験したよね。

——自分のケアをしつつ、周りの人に対してもステラさんからアプローチしたことはありましたか。

もちろん! この機会があったからこそ、逆に絆が深まった友だちがいる。電話したり、一緒にお散歩したり…。それこそ『Flood』は、まさに“自分の大切な人に声をかけて外に連れ出す”みたいな楽曲。そうすることが必ず救いになるとは限らないけど、落ち込んでいる友だちに、自分なりに精一杯手を差し伸べようとする感じ。「必要なら私はここにいるよ」「あなたのことを想っているよ」ってことを伝えられるのが友だちだと思うから。

社会を変えるには、扉をたたいて、押して押しまくる!

Stella Donnelly - Old Man(日本語訳付きビデオ)

Oh, are you scared of me, old man?
(ああ年老いた男よ 私のことが怖いの)

Or are you scared of what I'll do?
(それとも私のすることが怖いの)

You grabbed me with an open hand
(あなたはかつて私を片手で捉えたけど)

The world is grabbin' back at you
(今度は世界があなたを捉える番ね)
ー Old Man 歌詞より

 ——ミソジニーや家父長制へのアンチテーゼを落とし込んだ『Old Man』が収録されて、世界中で話題となったデビューアルバム「Beware of The Dogs」。リリースから3年が経ちましたが、日本ではまさにこの3年のあいだに、女性の健康課題やジェンダーバイアスへの議論が盛り上がってきました。ステラさんが肌で感じる“Old Man“的な社会や、フェミニズムの風潮に変化はありましたか。


確実に変化は起きていると思う。ただその変化のスピードが妥当なのかは別の話。2歩進んでは1歩後退しての繰り返しのように感じるかな。それこそ、先日アメリカで起きたロー対ウェイド判決(人工妊娠中絶を認める法律が米最高裁で覆された件)は、「また振り出しに戻るのか」って憂鬱な気持ちにもなった。

そんな中でも私が感じた変化の兆しは、「これまで語られてこなかった問題に耳を傾けよう」「オープンに話し合おう」っていう雰囲気ができてきたところ。例えばオーストラリアでは、家庭内暴力の問題について、昔に比べて議論されるようになったし、問題提起する広告やメッセージを見かけるようにはなったと思います。

ただ、私はたまたまそういう問題に意識的な人たちが集まったコミュニティにいるかもしれないけど、そこから一歩外に出たら、『変えるってそもそも何を?』みたいな旧時代的な価値観に留まってる人たちがまだいる…。それに、オーストラリアの国や政府が、さっき例で挙げたような問題を根本的に解決しようと動いているようには思えない。その辺のもどかしい状況は、日本でもきっと同じだと思う。もちろん、今生まれてる変化は、喜ばしいし歓迎すべきことなんだけど、実際にそれがどれだけの効力を持つかってところについてはまだよく私もわからない。

【11/29〜12/3 来日公演開催!】ユーモア&知性を持ち合わせたニューアイコン。ステラ・ドネリーの明るさと怒りの素敵な共存
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 ——ステラさんは、一進一退を繰り返す社会問題に音楽でメッセージを発信されていますが、社会へのもどかしさや絶望感に対して、どのようにメンタルヘルスを保っているのか気になります。

もちろん、私だって絶望してしまうことがある。今回のアルバムの中に『Morning Silence』という曲があるんだけど、その曲はまさに今の現状に対するフラストレーションや絶望感を歌っているしね。でも、その“怒り”は強力なエネルギーでもあって、自分次第で問題提起とか社会にポジティブな変化を起こすための力に換えることができるし、むしろ私たちは、前進していかなくちゃ。扉を叩いて、押して押して押しまくるしかないんだよね!

ポジティブなエネルギーに変換する方法の一つが、私の場合は、“今よりもっと後退していた時代があって、そこで私よりももっと過酷な状況の中で戦っていた人たちが確実に存在していた”ということを心に留めるというもの。ひどい抑圧に耐えてきた先人たちのことを考えると、自分がここで落ち込むわけにはいかないって思えるんです。この方法が、自分にはいちばん効くみたい。

シリアスになりすぎず、今このときを楽しむことが大切

【11/29〜12/3 来日公演開催!】ユーモア&知性を持ち合わせたニューアイコン。ステラ・ドネリーの明るさと怒りの素敵な共存
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 ——楽曲自体はもちろん、スタイリングなどを見ても、その表現の振れ幅の大きさが印象的です。自分らしい表現をするために心がけていることはありますか?

そうだなぁ。「遊び心を持つ」。「笑う」。それと、最近ツアーを再開させてから意識している、「あんまりシリアスになりすぎない」ことかな。ツアーをしていると、フライトが遅れたりギターが壊れたり、トラブルの連続で。そのときは、「大丈夫、大丈夫。しょせん音楽じゃない」って自分に言い聞かせることで心を落ち着かせようとしてる(笑)。それから、こうして人前で歌ったり自分を表現させてもらえる機会がある自分は、すごく恵まれてるんだって思い出すようにしてる。だからこの機会を思う存分楽しまなくちゃ! って。もちろん自分自身の想いやメッセージを伝えることで、少しでも社会にいい変化を与えられればいいなっていう切なる気持ちもあるけど、楽しめるところは楽しむということも大切にしています。

 ——現在ワールドツアー中で、心だけでなく身体的にも大変だと思うのですが、何かボディケアはしていますか

もちろん。でなきゃやってけない!  ツアー中って睡眠時間が削られるし、自分が普段食べないようなものを食べて生活しなくちゃいけないから、体に相当な負担がかかるの。だから、ヨガとかランニングとか、体を動かす時間を持つようにしている。サウンドチェックが終わったら、楽屋でヨガをするのがルーティン。普段は教室に通ってるんだけど、ツアー中はYouTubeを観ながらやっているの。45分間のフルコースでできるのが理想だけど、だいたい20分のコースで済ませちゃってるかな(笑)。あとは、散歩しながらバードウォッチングするとか、そういう時間を設けることも心がけています。

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取材・文/海渡理恵 通訳/竹澤彩子 企画・編集/高戸映里奈(yoi)