映画やドラマで性描写や体の露出があるシーンに立ち会い、俳優が安心できる撮影の環境作りをサポートするインティマシー・コーディネーター、西山ももこさん。後編では、西山さんが2024年7月に設立した撮影をより安全に行うためのコーディネート会社(その中でインティマシー・コーディネーターの育成も支援)について伺います。
インティマシー・コーディネーターは正義の味方ではない
——日本にはまだ同業者が数名しかいないインティマシー・コーディネーターという仕事をしていくうえで、指針にしているものはありますか。
西山さん:困ったことや判断に悩んだときに、養成プログラムを受けたアメリカの団体(Intimacy Professionals Association)に相談したことはあります。ただ、アメリカはすべてルール化されている一方で、日本にはまだルールが存在しないので、条件が違いすぎます。他の国もそれぞれ異なる習慣があるので、相談してもあまり参考にならない。
なので、壁にぶち当たったときは、他業種の友達に相談するようにしています。映像業界で働き始めてから長いからか、私自身の考えが凝り固まってしまっていることもあり、利害のない人たちと意見交換すると新たな突破口がひらけます。私自身、フェミニズムに出合ってから世界がぐんと広がった気がしていて。「今、視野が狭まっているかも」と感じるときは、そういった本や小説を読むようにしています。
——日本ではまだインティマシー・コーディネーターが少ないこともあり、西山さん自身たくさんの取材を受けたそうですね。プレッシャーなどは感じていますか。
西山さん:プレッシャーはないです。自分が注目されたいと思ったら、もうこの仕事は辞めたほうがいい。
先日参加した、インティマシー・コーディネーターの国際カンファレンスで感じたのが、インティマシー・コーディネーターという仕事が金銭的や時間の余裕がある人だけがトレーニングを受けられるというような、ある種の特権階級を持つ人たちが従事できる仕事になっているような感じを受けました。
あくまでもこの仕事は裏役。監督と俳優の間に入って合意を取り付ける調整役です。それ以上でもそれ以下でもないことは、私たち自身しっかりと覚えておかないといけない。どんな仕事でもそうですが自分が「権力を持ちたい」と思い始めたら危険です。
こんなことを言うとやる気がないと誤解されてしまうかもしれませんが、私はこの仕事にやりがいを見つけようとは思っていないんです。自分の経歴や性格に向いているからやっているだけ。嫌だったらやめちゃえ!って精神でやっています。そう思っていないと、私自身もある種のパワーに対して忖度してしまうかもしれない。それは怖いですね。
——著書『インティマシー・コーディネーター 正義の味方じゃないけれど』でも、自分はクリーンではない、正義の味方ではないと繰り返しおっしゃっていますね。
西山さん:そうです。私たちインティマシー・コーディネーターは、できないこともたくさんあります。まず第一に、監督に命令することはできません。もちろん、望まない撮影をさせられることがないように俳優さんたちとコミュニケーションを重ねていますが、決定権はこちらにはない。
また、専門家ではないので心のケアまでは行き届かないこともあります。メンタルヘルス後進国の日本では、今まで俳優へのケアはおざなりになっていましたが、心への負担が大きいと思われるシーンが多い作品に関わる際は、心理士やカウンセラーに来てもらうように提案をするようにしています。
会社の設立は、女性が生きやすい社会にするための一歩
——2024年7月には、撮影をより安全に行うためのコーディネート会社(その中でインティマシー・コーディネーターの育成も支援)を設立されたそうですね。どのような経緯があったのでしょうか。
西山さん:きっかけのひとつは映像業界で働く友人の妊娠でした。みんなで「おめでとう」と祝福していたのですが、本人は「今までこんなにも仕事を一生懸命やってきたのに、これからはあまり現場にも行けないし、やりたい仕事もできない。妊娠したことによって今までのキャリアが一瞬でなくなっちゃったみたいだ」と悲しんでいて。
そこで気づいたんです。現場至上主義の映像業界で女性が働き続けるのは、子どもがいるいないに関わらず、歳を重ねていけば誰しもがしんどくなるんじゃないかって。私だっていつまでもこの働き方を続けられるわけではない。友人の悩みや、私たちが置かれた現状を少しでもよい方向に持っていくためにはどうしたらいいかと考えた結果、女性たちが集まってひとつの仕事ができるような、「たまり場」を作ることにしたんです。キャリアをあきらめる必要がないように、横にゆるやかに繋がれるような環境を目指しています。インティマシー・コーディネーターの育成の支援も、その一環です。
また、インティマシー・コーディネーターの育成支援については、資格取得の授業料がとても高額なんです。円安も大きく影響し、今年の支払い額は日本円にしてだいたい130万円くらい。今の日本においては、かなり高額じゃないですか。それを払えるような恵まれた環境にいる人だけが就ける仕事でいいのかって思うんですよね。今後は教育の平等という部分において、少しは役立てるように、インティマシー・コーディネーターになりたい子たちを支援するためにも会社にしたほうがいいと考えました。
女性であるだけで働きにくかったり、生きづらかったりする世の中を少しでも変えていきたい。会社の設立はそれが目的のひとつでもあります。先人たちの努力により、女性に選挙権がなかった時代からここまで来れたんですから、次は私たちがなにかやらなきゃね!って思っています。
イラスト/よしいちひろ 取材・文/高田真莉絵 構成/渋谷香菜子