人生に退屈し苛立ちながらも、自由に生きようとする主人公を描いた映画『ナミビアの砂漠』が大きな反響を呼んだ、映画監督の山中瑶子さん。映画を作ったことがきっかけで感じた、今の社会に漂うムードとは。

山中瑶子 インタビュー ナミビアの砂漠

山中瑶子
山中瑶子

1997年、長野県生まれ。自主制作した初監督作品『あみこ』がPFFアワード2017で観客賞を受賞。最新作『ナミビアの砂漠』がカンヌ国際映画祭の監督週間に出品され、女性監督として史上最年少で国際映画批評家連盟賞を受賞。その他、数々の映画祭にノミネート、受賞している。

『ナミビアの砂漠』STORY
世の中も、人生も全部つまらない。やり場のない感情を抱いたまま毎日を生きている21歳のカナ(河合優実)。優しいけど退屈なホンダ(寛一郎)から自信家で刺激的なハヤシ(金子大地)に乗り換えて、新しい生活を始めてみたが、次第にカナは自分自身に追い詰められていく。もがき、ぶつかり、彼女は自分の居場所を見つけることができるのだろうか。

映画で描かないと、いないことにされてしまう存在

山中瑶子 映画 ナミビアの砂漠

——映画『ナミビアの砂漠』の主人公のカナは21歳という設定です。現在27歳である山中監督よりも少し下の世代を描くにあたり、カナと同世代の人たちからいろいろとお話を聞いたそうですね。その世代とコミュニケーションを重ねて見えてきたことはありますか。

山中さん:世代を言葉で定義することはしたくないですし、できないと思いますが、私の世代よりも、もっと諦め前提でいるムードはすごく感じました。

今の社会
に違和感や希望のなさを感じているけれど、逸脱することはしない。無駄を避けるところがあって、冒険や回り道をすることもない。昔よりも選択肢が増えているはずなのに「なにもない」と思っているように感じることもありました。

私が10代の頃は、実生活で息がしづらかったけれど、映画や本に居場所を見つけてきました。「こんな感情もあるんだ」とか「私より面倒な状況に立たされてしまっている人がいる」といったことを映画鑑賞や読書を通じて知ることができたんですが、そういった体験もあまり重ねていないように感じましたね。

でも選択肢がありすぎることで、何を選べばいいのか、自分はどうしたいのかという欲望が見えにくい感覚というのはよくわかります。情報量も多いですし、調べたらすぐ答えに辿り着けるように感じてしまうことも関係しているような気がします。

そういう彼らに対してどんな言葉を返したらいいかわからなくて、かなり考え込みました。「そうだよね」と同調することしかできなかった。自分が20歳くらいのとき、上の世代と話しながら「なんて曖昧で保守的なんだろう。もっと忌憚のない会話がしたいのに」と思うこともありましたが、今自分がその立場になってみて、そう簡単にアドバイスしたり、わかったような大人の振る舞いなんてできなと気づきました。

——生まれた年が数年違うだけで、社会の環境も変わっていきますしね。

山中さん:
そうですね。政治もどんどん杜撰になっていると感じますが、そもそも日本では特に、個人の感情に蓋をすることが前提の空気が強いと感じます。

社会的な振る舞いと「本当」の感情の間には、つねににズレが生じている

山中瑶子 映画 ナミビアの砂漠 ポートレート

——話を聞かせてくれた20歳前後の方々の言葉からも、主人公のカナのキャラクターは形成されていったのでしょうか?


山中さん:はい。たくさんの示唆をいただきました。『ナミビアの砂漠』は、自分の心に従うことによって、逸脱するときがあったっていいじゃないかということを伝えられたらいいなと思いながら作っていました。

小説や映画などの創作において、そこに描かれていない人は存在しないことにされてしまうから、狭いアパートの中で苦しみながらも、もみくちゃになって躍動しまくっている主人公の姿を映画にきちんと残しておきたかった。


——誰しもが気持ちと行動のズレを感じながら生きていると思うのですが、そのバランスが難しいですね。


山中さん:傍からは自由奔放に欲望のままに生きているように見える人でも、社会に見せる顔と実態の違いは誰しもありますよね。社会的な振る舞いと、そのときに抱えている「本当」の感情の間にはわずかでもつねにズレが生じているはずなので、社会的な顔をしている時間が長くなればなるほど、しんどくなってくると思うんです。

私なんかはすぐ蕁麻疹が出るので限界に気づきやすいのですが、カナのようにそうではない人もたくさんいます。カナの場合は、身体的な動作や姿勢に表れるように意識しました。
 


——今後、どんな作品を撮っていきたいですか?


山中さん:一作一作にそのときの全部を注ぎ込むので、描きたいテーマとかのストックがないんですよね。これまで抱えていたことは『ナミビアの砂漠』で出せたと思っていて、十分満足しています。


とらわれていたマイルールなどを手放せて、今どんどんオープンになれている感覚があるので、撮りたいものもどんどん変わっていくんじゃないかな。日向ぼっこしているように居心地がよくて、あたたかい気持ちになれる映画をそのうちつくれるようになったらいいなと思います。

撮影/松本直也 取材・文/高田真莉絵 構成/渋谷香菜子