人は苦しいことを目標にできません。つねに自分が“楽しい”と思えることを人生の目標に

アーティストとして活動中の吉川さんスナップショット

いろんな人間ドラマに事欠かない僕の仕事場は、楽しいときもつらいときも…。

新年度が始まって2カ月弱。新しい環境にも少しずつ慣れ、まわりを見渡せる余裕が出てくるようになると、ふと頭をもたげるのが「この環境でいいのか?」「自分に合っているのか?」という漠然とした不安…。最近は、自分に合わないと思ったら「やめてもいい」という風潮もありますが、生きていくのに“我慢”って不要なんでしょうか?

「ずいぶん難しいテーマです(苦笑)。これは年代によっても、立場によっても、ライフスタイルによってもとらえ方が違いますし、その場その場でいろいろな答えが出てくるものなので、結論を出そうにも出せないのですが…。

いろいろなシチュエーションがあると思いますが、仕事を例に、僕なりに考えてみますね。仕事に対するモチベーションや目標は、人によってさまざま。好きなことを仕事にする人もいれば、なんとなく会社に入って、与えられた業務をこなす人もいます。ただ、仕事は人生の中でも占める割合が大きい。働いている時間を1日8時間だとしたら、人生の4分の1にあたるその時間を仕事に捧げても惜しくないと感じる価値が必要だと思うんです。

だから、多少なりとも好きなこと、興味を持てることがいいかな、と僕は考えますが、『仕事はお金を稼ぐためのもの』と合理的に割り切り、それ以外の時間を自分の人生として大事にしているならそれもあり。要は、仕事だけでなく、自分のライフスタイルをトータルで全部足したときに、“自分の人生が楽しいかどうか?” “自分にOKが出せるかどうか?”だと思うんです」

吉川さんが大好きというボードウォークのわきに咲く花

壮大な自然の中、ボードウォークを歩いていて、ふと足元にある野花に目を奪われました。僕の大好きな散歩道で。

「初めて仕事を選ぶときって、自分に向いているかどうかなんて正直、わかりません。仕事をしながら、小さな問題にどう対処するか? 嫌なことがあっても乗り越えられるか? もっと楽しめるようにできるか? といった曲折を幾度となく繰り返し、気づいたら自分のスキルになっている。最初はそこまで考えていなかったとしても、続けていれば自然と経験値が増えていくものです。そうしたらその次に、この仕事は自分の生き方や信念に合ったものだろうか? この道は自分が納得できる道だろうか? を考えてみることが大切になってきます」

「やめたい」と思ったら、“なぜ?” “どうして?”と、じっくり自分と向き合ってください

ということは、嫌なことでも我慢するのは必要、ということでしょうか?

「う~ん、そもそも“我慢をする”ってどういうことなんでしょう? 仕事に限らず、今やっていることを“やめたい”と思うのは誰にでもあること。それこそ、『続けたい!』よりは、やめたいと思う回数のほうが多いくらいではないでしょうか? やめることは簡単です。でも、根本的な問題から目をそむけていてもなんの解決にもならないし、いちいちやめていたらなにも成し遂げられません。『やめたい』と考えたときは、“なんのため?” “どうして?”と、相当自分と向き合って決めないと。

やめるのにはいろいろな理由があるとは思いますが、その理由が、拘束時間や金銭的なものなど、条件なのか? それとも、苦手な人がいる、課題がクリアできないなど環境や能力、適性の問題なのか? まずは自分の気持ちに正直になる必要があります。もしかしたら、やめたいと思った理由は案外くだらないことかもしれない。また、もし本当の理由もわからないままやめてしまえば、たとえ次に移行したとしても同じことが出てくるかもしれません。問題の中心が環境や立場であって、そこから解き放たれたいのであればやめる必要があるけれど、自分自身の問題なのだとしたら、そのときの感情に任せてやめてしまったら、あとで悔いが残るかもしれません。

そしてもうひとつ。生きていくためには自分だけでできることって限られていて、どうしても人と一緒に行う機会がとても多い。実はこの“人と一緒にする”ということがいちばんハードルが高くて、どんなに気が合う人であっても、時として難しい場面が出てくると僕は感じています。それは仕事であっても、プライベートなことであっても。だからこそ、人間関係での悩みは“やめたい”理由になることも多いのではないでしょうか。

でも、この人間関係の問題でやめるという結論を出したときは、その後の人生でまた同じ問題に向き合うことになってしまうかも。人間関係の問題は、そのときたまたま起こるのではなく、人と付き合う限りついて回ります。仕事以外でもそうですが、人生の悩みってほとんどが人間関係だと思うんです」

ボードウォークを縁取る小さな花々

ボードウォークのまわりの小さな花が気になって、つい降りたくなるのは、僕だけ?

「僕自身は、『なんの才能がいちばんあったか?』ともし問われたら、『体を壊さなかったこと』と『やめなかったこと』に尽きます。このふたつが、ある意味、僕がたまたま持っていた強さだと思っています。 “やめたい”という気持ちは、運悪くそういう状況に陥ったから起こるのではなく、何をやっていても必ず起こるもの。だとしたら、やめるかやめないか、という悩みは、本気で自分を見つめ直すために与えられるものなのではないでしょうか?」


今は働き方にも多様性があり、同じ仕事内容でも、組織に属するだけでなくいろいろな形態で働くことが選べる時代です。だからこそ「もしも今がつらいなら、働き方も含めて自分がどういう生き方を望んでいるのかを真剣に考えて」と吉川さんは言います。時にはすぐに結論を出すのを我慢し、継続した先に、自分だけのゆるぎない何かが手に入るかもしれない——。その可能性を信じて、明日ももう少しだけ、頑張れそうな気がします。

吉川康雄

メイクアップアーティスト

吉川康雄

1983年にメイクアップアーティストとして活動開始。 1995年に渡米。2008年から19年まで「CHICCA(キッカ)」のブランドクリエイターを務める。現在は、ニューヨークを拠点に、ファッション、広告、コレクション、セレブリティのポートレートなど、トップメイクアップアーティストとして活躍中。自身が運営するウェブメディア「unmixlove(アンミックスラブ)」で美容情報を発信する中、2021年春に「UNMIX」を立ち上げる。

撮影/Mikako Koyama 取材・文/藤井優美(dis-moi) 企画・編集/木下理恵(MAQUIA)

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