上手な人みたいにやろうとするから苦手になるんです。たとえヘタでも、自分らしくやればそれでいい
大勢のプレス関係者を集め開催したCHICCA時代の発表会の風景。シャイな僕にとって、そのステージでのスピーチはいい経験になりました。
友人や家族、仕事仲間とのコミュニケーションやプレゼン、人混みや狭い場所、食の好き嫌いなど、誰にでもある得意・不得意なこと。でも、社会で生きていくうえでたとえ不得意・苦手だったとしてもなんとかしなければいけない場面はいくつもあるもの。「克服」とまでは言わなくても、吉川さんはどのようにして苦手なことを受け入れていますか?
「僕はね、こう見えて恥ずかしがりやなんです。人前で話すのも苦手ですし、プレゼンするのも苦手。人前で歌うなんて絶対できないからカラオケも無理。昔、祖母が亡くなった際、父が挨拶している姿を見て、すごいなと感心するとともに『僕には到底できない』と、改めて思ったほど。
でも、2008年に日本でプロデュースしたビューティーブランド『CHICCA(キッカ)※2019年終了』のフィロソフィーや新製品を皆さんにお伝えするのに、たくさんの人の前で話す必要が出てきました。とにかく苦手なことですから、どうやったらいいのかわからない。そんなとき、何かのタイミングでアメリカの(元大統領)バラク・オバマ氏の演説を聞く機会があったんです。それはもうすごく上手くて、本当に感動しました。参考にしようと思ったのに、逆に『僕はあんな風に話せない』と最悪な気持ちになってしまったんです。
そこで、気づいたんです。上手な人と比べるから苦手になるということを。『あれがいい! スゴイ! 素晴らしい!』と感じるのはいいけれど、『あれと同じようにしないといけない』ということはないですし、目指す必要もないのです」
発表会でメイクデモをやりながら新商品のプレゼンをしている様子。
「オバマ氏みたいに流暢にはしゃべれないけれど、僕の考えを僕らしく、僕の言葉で。それを目指してやっていけばいい、と思えるようになったんです。たとえ、話し方にクセがあっても、舌足らずだったとしても、モジモジしていても、なんでもいいから“自分らしく”。だって、モジモジするのも僕の個性。声だって、顔だって変えようがないんだから。
オバマ氏は確かに上手だけど、それを目指してしゃべれなくなるよりは、ぎこちなくても自分のやり方でしゃべったほうがいい。――なんて言いましたが、僕にとって拷問かと思うほど緊張はしましたけどね。今思うと、オバマ氏の演説の上手さばかりに目がいってしまったけれど、それは彼の考えを彼の言葉で伝えていたから素晴らしいスピーチになったわけで、上手に話すのがポイントではないということ。僕が人前で話すという苦手を克服したきっかけは、これでした。
結局、いつも言っていることですが、自分の秀でたところを生かせば、ウイークポイントだと思っているところもチャームポイントになっていく。そうやって自分に自信をつけてあげればいいんじゃないかな」
苦手なことを後回しにしても、結局自分に戻ってきてしまうのだからやるしかない。でも、やり終えたあとには達成感が!
自分が苦手だと思っているものをラクラクと上手にこなす人を見ると、それが正解とばかりに、その人を目指し、やっぱりダメだった...と、さらに苦手意識が強くなってしまうのかもしれませんね。とはいえ、できればやりたくないこと、嫌いなことに対してはどうしたらいいのでしょうか?
「イヤな仕事とか? 仕事だと逃げられないものだらけですよね(苦笑)。何かと言い訳をつけてついつい後回しにしてしまいがち。僕も毎日その戦いでしかありません。だから、僕は朝起きたらできるだけすぐに仕事を始めます。じゃないと、とことん逃げてしまいますから。
でもね、どんなにやりたくない仕事でも、やったあとには達成感があるんですよね。むしろ、そっちのほうが達成感が大きかったりするんです。『今日の夕飯はおいしいな』なんて思えちゃったりして(笑)。すごくすっきりするんです。やりたくなくて後回しにしてしまうと、常にやり残した感があって、これが意外と大きなストレスになっていることもあるんじゃないでしょうか。
これってみんな持っている普通の感覚ではありませんか? イヤでやらない人もいるかもしれないけど、結局やらないで痛い目をみるのは自分。自分に戻ってきてしまうんですよね。苦手だけどやらなきゃいけないことは、どうにか自分の気持ちをごまかし、息を止めてでもやったほうがいい。本当にできなければ、改めて人に頼むのもありだと思います」
製作中のファンデーション試作品の一部分。数えきれないほどの試作テストを地道に繰り返し、やっと満足するものができ上がります。
「ひとつ告白します。UNMIXを始めたときからもうずっと、ファンデーションの開発をしているんです。今、色出しをしているのですが、わずかな色の違いを見極めて調整していく繊細な作業は、かなりの集中力を費やします。しかも天候が変わって光が変わると見え方も変わるから、何度もやり直す必要があり、本当に地味で時間がかかる工程。だから正直、イヤでしょうがないんです。『こういうのが欲しい』という求めるイメージは明確でも、その作業が大変すぎてやりたくなくなってしまう...。でも、やらなければたどり着けないから、やるしかない。いつか求めるものができたときに得られる達成感のためだけに、この地道な色出し作業を進めているのだと思います」
傍から見ればラクラクとこなしているように見えても、本人的には自分との戦いで、嫌々ながらもなんとかやってのけていることも多いのかもしれません(吉川さんも!)。でも、その繰り返しこそが、自分の自信の礎となっていくのかもしれませんね。
取材・文/藤井優美(dis-moi) 撮影/Mikako Koyama 企画・編集/木下理恵(MAQUIA)