「大切に使いつくすこと」。それもひとつのアイデアだと思います。
UNMIXアイシャドウ用の『フィンガーブラシ』の開発で、毛質、毛丈、毛の太さを変えて試作されたブラシたち。
世界的にSDGsが設けられ、2030年の目標達成のために各国がさまざまな角度からサスティナブルに取り組んでいる現在。吉川さんはどのような問題にクローズアップしていますか?
「地球のことを考えると、サスティナブルを意識して生きることは大切なことですが、誰一人として今ある問題を解決できた人がいないのも事実です。
もうすぐUNMIXに新製品のメイクブラシが登場しますが、開発中はサスティナブルを改めて考えるいい機会になりました」
使いやすさを追求したブラシばかりが集められている人工毛、動物毛が入り混じった僕のブラシツールコンテイナー。
「僕はメイクアップアーティストとして、動物毛のブラシの素晴らしさを知っています。メイクの仕上がり、クオリティを考えると、これを超えるものはなかったからです。でも動物毛は、『動物虐待』という問題にぶつかります。じゃあ、ナイロンなどの人工毛はどうかな?と考えると、メイクのクオリティだけでなく、『地球環境』と『開発技術』の問題が出てくるんです。
動物毛は自然分解されますが、人工の素材は自然分解されないものが多い。自然分解されないものが、地球によいものであるはずがないですよね。でもなぜ、自然分解できる人工毛がなかなかできないのでしょうか? 化粧品の売上の中でブラシの市場規模はそれほど大きくなく、新素材を開発しても費用対効果がよくないのかもしれません。革新的なブラシの素材が登場しないのは、そんなビジネス面が大きく影響していると思うのです。
動物毛、人工毛もどちらも問題を抱えているので、それを考え出したら、何がいいのかわからなくなってしまった時期がありました(苦笑)。
素材からのアプローチはやめ、メイク道具をどうやって使ってきたかを考えました。僕は動物毛も人工毛も用途によって使い分けていますが、1本のブラシをとにかく大切にします。
一日の終わりはメイク道具を丁寧に洗い、ブラシの毛が摩耗して毛丈が短くなってくると、違う用途のブラシとして、もうこれ以上は使えないというところまで大切に使います。使い込むにつれ愛着がわき、より物を大事にしようと思えるんです。
そんな僕の経験から選んだ毛先は、人工毛。地球にとっては影響があるかもしれないけれど、機能的で愛着が持てる。最後まで大切に使い続け、使いつくせるようなブラシを作ろうと思いました。ブラシ開発を通して、型にはまったアプローチだけでなく、今の自分たちにできることを考えて伝えるということも大事だと気づかされましたね。
余談ですが、毛先が摩耗して毛丈が短くなったブラシ、メイクをぼかすのにとても適しているんです。アイブロウペンシルの後ろについているブラシもこれをヒントにしています」
日本ってそもそもサスティナブルな文化。モノを使い続けるという感覚を思い出してみませんか?
美容師としてヘアカットをしていた頃の愛用のハサミで今も家族の髪をカット。40年お世話になっています。
メイクアップアーティストにとってブラシは必需品。同様に、私たちが生きていくうえで、地球や環境、動物などに負担をかけてしまうことがあるのも事実。物事を白か黒では分けにくいだけに、どうにかうまく共存する道を誰もが模索しているけれど…。サスティナブルの問題は本当に難しい。
「考えてみれば、日本はそもそもがサスティナブルな文化ですよね。木造建築、『いただきます』に始まって、食事は残さず『ごちそうさま』。金継ぎ、障子貼り...。数え上げたらキリがない。
僕が日本で美容師をしていた頃、高価なハサミを使っていました。どんな刃物もそうですが、使っていけばそのうち切れ味が悪くなります。切りづらくなったら、ハサミ専用の研師に研いでもらって、ずっと同じハサミを使い続けるんです。
結局今求められているのは、企業が捨てる前提で作るのではなく、ずっと使い続けてもらう工夫をしていかないといけないんじゃないかな。僕ができるのは、使い捨て感覚のプロデュースを減らしていくということ。モノを使い続けることで感じる愛着や何かを大切にする心を取り戻してほしいと思っています」
吉川さんが1本のブラシを大切に使いつくすように、私たちもエコバッグを常備する、水筒を持ち歩くことでプラスチック削減に貢献する、ゴミを減らす・分別するなど、すでに生活の中で取り組んでいるサスティナブルな活動。一人としての活動としては小さなことかもしれませんが、多くの人がさまざまな形で取り組むことで、それがきっと大きな力になる、という勇気をもらえたような気がします。
取材・文/藤井優美(dis-moi) 撮影/Mikako Koyama 企画・編集/木下理恵(MAQUIA)