今週のエンパワメントワード「ホラな ビンス 今日は負けたが 道はつづいている きっと どこかにつながってる」ー『リアル』より_1

『リアル』
井上雄彦 Produced by HIKARU FUJI ¥715/集英社(YOUNG JUMP COMICS) ©️I.T.Planning,Inc.

失敗しても、傷ついても、何度でも立ち上がれる

年末から『SLAM DUNK』の話ばかりしている。作者の井上雄彦自身による脚本・監督(!)の映画『THE FIRST SLAM DUNK』を観て以来、友人に会うたびその話になる。「すごくいいらしい」ということ以外、何も知らずに観に行ったら、あまりにも涙が止まらず自分でも驚いた。

1990年から1996年まで連載された大ヒット作『SLAM DUNK』。高校入学を機にバスケットボールを始めた初心者「桜木花道」を主人公に、その夏のインターハイまでを描いた、わずか4カ月間の物語だ。映画では主軸が2年生の「宮城リョータ」に置かれていて、昔から宮城ファンの私はもちろんうれしかったけれど、映画を見終えてからずっと、花道は今どうしてるかなあと考えていた。

試合のたびに急成長した花道は、山王工業高校との熱戦のなかでボールに食らいつき、大ケガを負う。将来を考えて交代するように告げる監督にむかって、花道は「オヤジの栄光時代はいつだよ…全日本のときか? オレは…オレは今なんだよ!!」と言いはなち試合に出つづける。マンガ『SLAM DUNK』のラストシーンにはリハビリ中の花道が描かれていて、この苦みこそが名作たるゆえんだとわかっていても、読むたびに長い夢が終わったような気持ちになる。

夢から覚めたあとの、『リアル』。『SLAM DUNK』のあと、井上が1999年に連載開始した作品が『リアル』だ。花道のその後を考えるとこの作品が思い浮かぶ。長期休載をはさみながら現在15巻まで刊行。ストーリーはまだ半ばだ。

『リアル』の主人公は3人いる。バスケットボールを辞めてから何もかもがうまくいかず高校を中退した「野宮」。スプリンターだった中学時代に骨のがんになり、命より大事な脚を失った「戸川」。野宮と同級生の元・西高バスケ部キャプテンで交通事故により脊椎損傷になっても、他人を見下し自分のランクを気にする「高橋」。

学校と部活以外がほとんど描かれない『SLAM DUNK』と違い、『リアル』では仲間やコートがなかったり、そもそも体が動かなかったりと、プレイすらなかなかできない。それでも、彼らはどん底の日々のなかでバスケをしようともがく。

〈ホラな ビンス 今日は負けたが 道はつづいている きっと どこかにつながってる〉

ビンスこと戸川の試合を見た野宮は、負けたけれどもチームの結束が強まったことに勇気づけられて、自分自身も前向きな気持ちを取り戻す。この後も彼らの目標はしばしばかなわない。心が折れる瞬間が繰り返し訪れる。だが、笑ったりぼやいたりキレたりしながら、それでもまた立ち上がろうとする姿が人間らしくて胸を打つのだ。

映画の公式サイトに掲載された作者インタビューによると、『SLAM DUNK』連載当時はマンガを描けば描くほどうまくなった20代で、それが花道とも重なりハマった感覚があったのだそう。でも今は、その頃より価値観が「増えた」という。「無限の可能性を秘めている人ばかりじゃないので。みんな痛みとともに生きている」。『リアル』はまさにそういう話だ。失敗しても傷ついても、終わりじゃない。何度でも始めることはできる。花道もきっとそうやって生きている気がする。

横井周子

マンガライター

横井周子

マンガについての執筆活動を行う。選考委員を務めた第25回文化庁メディア芸術祭マンガ部門ソーシャル・インパクト賞『女の園の星』トークセッションが公開中。
■公式サイトhttps://yokoishuko.tumblr.com/works

文/横井周子 編集/国分美由紀