私たちが人生でそれぞれに向き合う「妊娠・出産」、「家族」や「パートナーシップ」にまつわる迷いや不安に寄り添う連載『Stories of A to Z』。今回は、増加傾向にあるといわれる「デートDV」について、無料相談窓口「デートDV110番」を運営する「認定NPO法人エンパワメントかながわ」の阿部真紀さんにお話を伺いました。
Story9 誰にでも起こりうる「暴力」の被害と加害
「デートDV」の原因は、個人ではなく社会にある
出典:認定NPO法人エンパワメントかながわ「デートDV白書 VOL.10」デートDV110番 年間相談件数の推移(2011年〜2021年)
エンパワメントかながわ理事長
鎌倉市に育つ。上智大学文学部卒業、臨床心理学専攻。香港と米国カリフォルニア州で2児を育て、帰国後1999年よりCAP(子どもへの暴力防止)スペシャリスト。2004年にエンパワメントかながわを設立。デートDV予防プログラムの開発と普及に携わり、2011年にデートDVに特化した電話相談「デートDV110番」を開設。デートDVを予防することで、DVや虐待の連鎖を断ち切ることを目指す。著書に『暴力を受けていい人はひとりもいない』(高文研)。
――そもそもの話になりますが、「デートDV」の定義について教えていただけますか。
阿部さん 「デートDV」とは、恋人間で起きる暴力を指します。暴力といっても、殴る・蹴るといった身体的なものだけでなく、精神的暴力や経済的暴力など、いくつもの暴力が複合的に起こっているのが特徴です。これは、男性から女性に対してだけでなく、女性から男性に対しても、また同性カップル間でも起こります。そうした暴力で相手を支配しようとする行為が夫婦間で起きれば「DV」、親から子に対してなら「虐待」、仲間内なら「いじめ」と呼びます。
――すべてを把握するのは難しいと思いますが、被害に遭っている方はどのくらいいるのでしょうか。
阿部さん 中学生〜大学生を対象に実施した「全国デートDV実態調査」(2016年)では、交際経験がある人のうち38.9%(女性は44.5%、男性は27.4%)が「なんらかの被害に遭った」と答えています。これは交際するカップルの3組に1組で起きている計算です。また、電話やLINE、Twitterなどで無料相談ができる「デートDV110番」の相談者は7割が女性で、いちばん多いのは20代(45%)、次に30代(19%)と10代(16%)です。2011年に「デートDV110番」を立ち上げてから、相談件数は10年で20倍まで増えています。それでも、被害全体からすれば氷山の一角の一角だと思っています。
――デートDVに陥ってしまう原因はどこにあるのでしょうか。
阿部さん 実は、そのご質問にも認識の誤りが潜んでいます。日本社会ではデートDVに限らず痴漢被害なども含めて、「被害者にも原因の一端がある」「自己責任がある」と考える傾向があります。「陥ってしまう」「被害が起きてしまう」といった言葉も、まさに社会の刷り込みの結果だと思います。心のどこかで「自分とは関係ない」と感じているということです。デートDVは決して個人の責任ではありません。原因は社会構造にあり、だからこそ誰にでも起きうるものだと理解してほしいと思います。
――大切なご指摘をありがとうございます。では、デートDVの原因となる社会構造について、もう少し詳しく教えてください。
阿部さん はい。デートDVの構造を生み出す社会の要因はおもに3つあると考えています。
①暴力を容認する社会
②ジェンダー不平等な社会
③序列偏重社会
いずれも「人と人との関係が対等ではなく、なんらかの上下(支配)関係が築かれている状態」です。立場の違いはあったとしても、人と人とは対等。親だから、先生だから、上司だから、“恋人”だからといって、暴力をふるっていい理由にはなりません。①〜③のような社会の中で「人と人には上下関係がある」という間違った認識が生まれることで、学校や家庭、あるいは恋人関係でも暴力が生じてしまうのではないでしょうか。
――だからこそ、誰にでも起きうる状況があるわけですね。
阿部さん そうなんです。暴力は、被害者に「すべてお前が悪い」というメッセージを刷り込みます。しかもデートDVの場合、被害者にとって加害者は“好きな人”ですから、暴力を受けた人は「自分が悪いのかも」と思い込まされ、被害に遭っていることに気づかないことが多いのも特徴です。
「私が悪いのかも…」と感じたら相談を
――そうなると、暴力もどんどんエスカレートしていきそうですね。
阿部さん よく聞くのが、最初は「つき合っているんだから、つねにどこで何しているか教えて」「恋人なんだから、すぐに返信して」といった“約束”や“束縛”から始まるケース。「相手のことが心配だから」という理由のもとに伝えられることで、恋人関係にあるなかでは「愛されている証」と受け取られることが多いですが、これらは行動制限や監視といった暴力のひとつです。一見、【ラブラブ期】のように感じられますが、実は相手をコントロールするための「偽のラブラブ期」かもしれないと伝えています。
そのうち、つねに相手がピリピリしていたり、二人の関係がトゲトゲしくなる【イライラ期】が訪れます。被害を受けている側はいつも相手の顔色をうかがうようになったり、トラブルが起きると自分を責めるようになります。そして、何かのきっかけで殴る・蹴るなどの身体的暴力や暴言による精神的暴力をふるわれる【バクハツキ期】が起きます。
ただ、こうしてバクハツしたあとに加害者が「もう二度としない」と謝ったり、優しくふるまったりすることで再び【ラブラブ期】に戻ります。デートDVはこのサイクルを繰り返しながら、その周期が徐々に短くなり、暴力もエスカレートしていきます。
――最初から明確な暴力がふるわれるわけではなく、束縛や嫉妬という言葉ですり替えられてしまうような行動制限や監視から始まるケースが多いんですね。ほかにはどういった暴力があるのでしょうか。
阿部さん 私たちは「行動の制限」「精神的暴力」「経済的暴力」「身体的暴力」「性的暴力」の5つに分けて説明しています。ごく一部ではありますが、これまでの相談で挙がったものをご紹介します。
【行動の制限】
●返信が遅いとキレる ●大量のメールやLINEを送りつける ●自分の予定に合わせるよう強要する ●人間関係を制限する ●スマホのデータを消す ●GPSやLINEなどで行動を監視する など
【精神的暴力】
●思い通りにならないと不機嫌になる ●人格や外見を否定する ●暴言を吐く ●何事にも「お前のせいだ」と言う ●怒鳴る ●殺す・死ぬと脅す ●見下す ●無視する ●大切にしているものを壊す ●長時間説教する など
【経済的暴力】
●デート費用をいつも払わせる ●貸したお金を返さない ●高価なプレゼントを要求する ●バイトを辞めさせる ●別れるならこれまでのデート代を払えと言う ●自分の経済力を使って言うことを聞かせようとする など
【身体的暴力】
●殴る・蹴る ●物を投げつける ●首を絞める ●髪を引っ張る ●壁に押し付ける ●つねる・噛む ●突き飛ばす ●物で殴る など
【性的暴力】
●嫌がっているのにセックスをする ●避妊に協力しない ●嫌がっているのにキスしたり体に触る ●性的嗜好を押し付ける ●裸やセックス中の写真・動画を撮る(撮りたい・送ってほしいと要求する) ●満足できないと罵る など
――これは…身に覚えがある人も少なくないかもしれません。
阿部さん これらに対して「嫌だ」と拒否することができて、やめることができるのが対等な関係です。けれど、相手が怖くて嫌だと言えない、言ってもやめてくれないのであれば、それは対等な関係とはいえません。もしパートナーから嫌なこと、つらいことをされたときに「自分が悪いのかも」「私が何かしてしまったのかも」と感じたら、その気持ちは暴力を受けていることを知らせる心のサインかもしれません。そのときはぜひ「デートDV110番」などの専門窓口に相談してもらえたらと思います。
▶︎明日公開の後編では、社会を変えていくために有効なこと、身近な人が被害を受けていると感じたときにできるアクションなどについて伺います。
イラスト/naohiga 取材・文/国分美由紀 企画・編集/高戸映里奈(yoi)