私たちが人生でそれぞれに向き合う「妊娠・出産」、「家族」や「パートナーシップ」にまつわる迷いや不安に寄り添う連載『Stories of A to Z』。今回は、40歳を迎えてから人生で初めて、妊娠・出産を望む気持ちが芽生えたOさんのストーリー。

Story15 子どもは欲しいけれど、高齢出産による影響が気になるOさん

初めて芽生えた“子どもが欲しい”という思い

一度は手放した妊娠への思いが40歳で再燃。「出生前検査」について知りたい! 「Stories of A to Z」Story 15【前編】_1

「30代前半までは子どもをもつことにまったく興味がなかったのですが、40歳になった今、『もしまだ間に合うなら…』という気持ちが芽生えてきて、自分でも戸惑っています」

そもそも、子どもをもつことに対しては“流れのままに”というスタンスだったOさんがいっさい興味を失ったのは、かつての婚約者から受けていたモラハラが原因でした。

「今思えば、相手から日常的に人格を否定されるなどのモラハラを受けていましたが、当時は感覚が麻痺していたのか被害を自覚できないまま憂鬱な日々を過ごしていました。交際中に戌年を迎えたとき、『俺も母さんも戌年だから、今年子どもが生まれれば3代戌年だね』と、子どもをもちたいという彼の意思を一方的に告げられたこともありましたが、当時はすでに精神的につらくて彼とのセックスを避けていたので、結局『3代戌年の夢が破れた』と責められつづけたことも。こんな状態で妊娠や出産、子育てをするのか…と思ったら、想像することさえ嫌になったんです」

婚約者とは34歳で決別したものの、一度あきらめた妊娠・出産は、年齢を重ねるごとにますますOさんにとって“自分には関係ないこと”に。その思いが少しずつ変化してきたのは2年ほど前。現在のパートナーと交際を始めて1年がたった頃、何気なく言われたひと言がきっかけだったといいます。

「あるとき、彼とのたわいのない話のなかで『君と僕の子どもなら、きっと珠のような子だろうね』とさらりと言われたとき、私を尊重してくれる彼のような人となら、子どもをもつ未来が見えるかも…と自分でも驚くほど自然に受け入れられました。ちょうど40歳前後で妊娠・出産を経験した人と立てつづけに出会って、“私の年齢でもまだ産める可能性があるんだ”と気づいたこともあり、人生で初めて“私とパートナーの子どもが欲しい”という感情が芽生えたんです」

Oさんもパートナーも「流れに身を任せるタイプ」なので、具体的な妊活についてはまだ考えていない一方で、Oさんは40歳という自身の年齢が気になっているよう。

「今の自分は仕事の仕方や住む場所などいろんな選択ができるし、ひとりでも生きていける自立した経済力もあります。でも、妊娠・出産だけは自分の意思とは別に、“体の締切”がすぐそこに見えているんですよね。とはいえ私が知っているのは、自分の年齢が“高齢出産”にあたることと、それによる妊娠・出産のリスクと子どもの病気のリスクが高いらしいってことぐらい。だからこそ、もし子どもを授かることができたら、絶対に出生前検査を受けようと思ってはいるけれど、現実を知るのが怖くて具体的なリサーチはできていません。知りたいような知りたくないような、でも知っておかなきゃ…という気持ちが入り乱れています」

そこで、Oさんが特に気になっているという「出生前検査」について、認定遺伝カウンセラー®である西山深雪さんにお話を伺いました。

今月の相談相手は……
西山深雪さん

認定遺伝カウンセラー®

西山深雪さん

京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻博士後期課程修了。博士(社会健康医学)。外資系検査会社にて出生前診断技術を学んだのち、2013年から、国内最大の出生前検査の提供施設である国立成育医療研究センターで、年間1000人以上の妊婦に対し出生前検査の遺伝カウンセリングを実施し、研究活動にも従事。2022年に出生前検査サポート&コンサルティング事業会社である『PDnavi』を設立し、オンラインによる相談サービス「出生前検査ホットライン」を開始。2男1女の子育て中。著書に『出生前診断』(筑摩書房)など。

大切なのは、数字やデータより「自分たちはどうしたいか」

一度は手放した妊娠への思いが40歳で再燃。「出生前検査」について知りたい! 「Stories of A to Z」Story 15【前編】_2

Oさん この年で妊娠・出産となると、いろいろなリスクがあるのだろうと思いつつ、確率などの具体的な数字を知るのが怖くて調べられずにいます。

西山さん 妊娠・出産にまつわる話は「年齢」がフォーカスされがちなので、Oさんのように気にされる方も多いのですが、そもそもの前提として、どの年齢においても「母子ともに健康な妊娠・出産が当たり前」ではないということを知ってもらえたらと思います。もちろん妊孕性(妊娠するための力)の低下や流産率、高血圧や糖尿病といったお産の一般的なリスクなどを考えると、妊娠・出産の意思については若いうちから考えておくほうがいいと思いますが、年齢が若ければリスクがまったくないというわけではありません。

Oさん 私自身、20代だったらきっと「元気に生まれるのが当たり前」と考えていたと思います。でも、「出産は命がけ」といわれるように、いつ、誰に、何があってもおかしくないってことですよね。

西山さん その通りです。また、父親となる男性側の加齢による影響もありますが、どうしてもより幅広い検査ができる母親側の年齢にばかり注目が集まりやすいのだと思います。この現状は、女性にとって大きなプレッシャーですよね。年齢に限らず、どんなご夫婦にも病気を持ったお子さんが生まれる可能性があるということは、多くの方に知っていただきたいと思います。また、生まれつきの病気(先天性疾患)がある赤ちゃんの割合は約3〜5%といわれていて、出産後や成長するなかでわかる病気のほうが多いです。

Oさん 私たちの場合、私のほうがパートナーより年齢が上ということもあり、「自分の体や年齢のせいで何かあったら…」という気持ちになってしまっていました。

西山さん 先ほど、Oさんは「確率などの具体的な数字を知るのが怖い」とおっしゃっていましたが、確かに数字はデータとしての指標にはなりますが、わかりやすいがゆえに不安をあおる場合もあります。ですから、私はカウンセリングで「数字の解釈によってとらえ方も変わりますよ」ということも同時にお伝えしています。

例えば、母親が25歳で出産する場合と35歳で出産する場合のダウン症候群の平均的な出生頻度を比較したとき、25歳の場合は「約1000分の1」で、35歳の場合は「約300分の1」といわれます。確かに25歳よりも35歳のほうが頻度は高いといえますが、これはパーセンテージにすると0.3%。つまり、99.7%は違うということになります。この数字をどうとらえるかは、これから赤ちゃんの母親、父親となる当事者の皆さん次第なんです。

Oさん 確かに、「違う」ほうのパーセンテージは考えないかも…。

西山さん インパクトのあるグラフや数字にショックを受けたり慌てたりしてしまう方もいますが、数字の解釈についてお話しすると「落ち着いて理解することができた」とおっしゃる方も多いです。確率論にばかり気をとられるよりも、データやさまざまな可能性を理解したうえで「自分たちはどうしたいか」をパートナーとお二人で一緒に考えることが大切だと思います。

妊娠前だからこそ、さまざまな“if”を語ってみる

一度は手放した妊娠への思いが40歳で再燃。「出生前検査」について知りたい! 「Stories of A to Z」Story 15【前編】_3

西山さん Oさんのように妊娠・出産前からいろいろ考えていらっしゃるのは「プレコンセプションケア(妊娠前の健康管理)」といって、とても理想的な状況だと思います。妊娠や出産にまつわることは、「妊娠してから考えればいい」と思われがちですが、妊娠判明後に出生前検査を受けるかどうかを考える時期は限られています。そうなると、出生前検査などの情報収集やご自身の心の整理、パートナーとの話し合いなどを短期間でこなさなければなりません。さらに、つわりなどの体調の変化があればなおさら気力も体力も追いつかないので、前もって考えておくことがとても重要なんです。

Oさん まだ、彼とは具体的に話し合ったことがなく、妊娠してもいないうちから話し合うには温度差があるかもしれず…。実際に、パートナーとはどんなふうに話せばいいのでしょう?

西山さん 最初にお話ししたように、どんなご夫婦も「母子ともに健康な妊娠・出産が当たり前」ではないという前提に立って話すことが必要だと思います。妊娠前はさまざまな未来の“if”を語りやすい状況だと思うので、子育てや家事分担のスタンスをすり合わせたり、子どもの性格を想像したりするのと同じように、出生前検査のトピックに触れることは、病気やさまざまな特性のあるお子さんが生まれる可能性に対してどう思うか、お互いの考えをシェアするきっかけになると思います。

Oさん 私は事前に病気がわかるなら出生前検査は絶対に受けようと思っているのですが、詳しい種類や方法などについてはまだ調べていないんです。

出生前検査でわかること、わからないこと

一度は手放した妊娠への思いが40歳で再燃。「出生前検査」について知りたい! 「Stories of A to Z」Story 15【前編】_4

西山さん 出生前検査というのは、赤ちゃんがお腹の中にいる段階で、病気や体のつくりに特徴がないかを調べたり、健康状態について確認したりする検査です。すべての妊婦さんが受ける妊婦健診と違って希望する方のみが受ける検査で、妊婦健診では見つからない病気がわかることもあります。ですが、視覚・聴覚といった感覚器や神経発達などのさまざまな特徴や病気など、出生前検査ではわからない病気のほうが多いです。

Oさん 出生前検査をすると、どんな病気がわかるんですか?

西山さん 私たち人間の体の設計図である染色体の数や形に変化が起こる「染色体疾患」や遺伝子に変化が起こる「単一遺伝子疾患」の有無がわかります。先天性疾患を持つ赤ちゃんの割合は約3~5%とお伝えしましたが、そのうちの4分の1(25%)が染色体疾患です。検査でわかるおもな染色体疾患について簡単にご説明しますね。

●13トリソミー(パトウ症候群)
体の特徴:呼吸の不安定さ、栄養摂取の課題
起こりやすい症状:先天性心疾患、脳の形態(全前脳胞症)、口唇口蓋裂、けいれんなど
生活面:成長発達がごくゆっくりであることが特徴。多くの場合は呼吸や栄養面で医療的ケアなどのサポートを得ながら生活を送る。発達の過程で、サイン言語の習得や表情でのコミュニケーションを図ることができる。



●18トリソミー(エドワーズ症候群)
体の特徴:体つきが小さい(胎児期より)、呼吸の不安定さ、栄養摂取の課題
起こりやすい症状:先天性心疾患、脳の形態(小脳低形成)、消化管疾患(食道閉鎖、鎖肛)、関節拘縮、腹部腫瘍など
生活面:成長発達がごくゆっくりであることが特徴。多くの場合は呼吸や栄養面で医療的ケアなどのサポートを得ながら生活を送る。発達の過程で、サイン言語の習得や表情でのコミュニケーションを図ることができる。



●21トリソミー(ダウン症候群)
体の特徴:ゆっくり成長、柔らかい体つき
起こりやすい症状:先天性心疾患、消化管疾患、甲状腺疾患、先天性難聴、中耳炎、眼疾患(近視・遠視、白内障)など
生活面:運動発達は、療育支援を受けながら時間をかけて習得。表現力は豊かな方が多く、言語やサインを用いてコミュニケーションを図ることができる。多くの場合、さまざまなサポートを活用して通学や就労をしている。



Oさん 「遺伝子」とか「染色体」と聞くと、自分たちで判断できる気がしません。出生前検査について相談したいときは、西山さんのような遺伝カウンセラーの方を探せばいいのでしょうか?



西山さん まずはかかりつけの産婦人科で相談してみましょう。そこで、カウンセリングなど出生前検査に関するサポートが受けられる場合もありますし、そうでない場合も出生前検査のひとつである「NIPT(非侵襲性出生前遺伝学的検査)」の認証施設で相談ができます。認証施設では、出生前検査に詳しい医師(臨床遺伝専門医)や私のような認定遺伝カウンセラー®️、遺伝看護専門看護師といった専門家がいて、出生前検査全般にまつわる疑問や不安などについて相談できる「遺伝カウンセリング」(有料)を行なっています。

Oさん 私のようにまだ妊娠前だったり、パートナーと具体的に話し合ったことがない状態でも相談できますか?

西山さん もちろんです。遺伝カウンセリングは、出生前検査を受けると決めていない方や、その認証施設で出産しない方も受けることができるので、かかりつけの産婦人科で相談する以外の選択肢のひとつとして覚えておいてください。

▶︎明日公開の後編では、「出生前検査」についてより詳しく伺います。

イラスト/naohiga 取材・文/国分美由紀 企画・編集/高戸映里奈(yoi)