旅行予約サイト『Booking.com』が、旅館やホテルに向けてLGBTQ +についての学習プログラム『Travel Proud』の日本語版を公開しました。ローンチイベントに登壇したドラァグクイーンのドリアン・ロロブリジーダさんは、Netflixで24年4月に公開された劇場版シティハンターにも出演して話題に。今回は、「LGBTQ +と旅」について伺いました。
求めているのは、特別扱いではなく「さりげない配慮」
——俳優・歌手としてもご活躍のドリアンさんは、国内外問わずたくさんの旅を重ねてきた方。ドリアンさんにとって、旅はどんな存在ですか?
ドリアンさん:古い言い方かもしれませんが、「心の洗濯」です。旅は人生にスパイスや彩りをもたらし、日常を送るための栄養補給にもなる素晴らしいもの。でも、LGBTQ +当事者にとっては、不都合や何かしらの悪意に晒されることで旅自体が台無しになったり、時にはその先にある生活や人生にまで暗い陰を落とすという一面もあります。
——Booking.comの調査では、LGBTQ +当事者のうち、世界では80%、日本では60%が「旅先を選ぶ際に、自身の安全とウェルビーイングを考えなければならない」と回答しています。ドリアンさんは、旅先を選ぶ際にはどのような点を意識されていますか?
ドリアンさん:大前提として、ゲイであることが犯罪になるような国*は選びませんし、閉鎖的な地域より進歩的だったりフレンドリーな地域を選ぶようにしています。といっても、「ゲイの皆さんようこそ!」と特別扱いしてほしいわけでも、「ゲイだぞー!」と声高にアピールしたいわけでもないのです。大多数のみなさんと同じように、さりげないスマートな配慮…遠慮ではなく配慮!のもと滞在したいだけなのです。
*世界には同性愛を犯罪とする国が 64ヵ国あり、そのうち 11ヵ国では死刑が科せられる場合がある。日本の旅行者の 28%(世界:41%)は過去1年間で、LGBTQ+当事者をサポートしていない旅先だとわかった際に旅行をキャンセルしたことがあると答えている。
チェックインで「嘘」か「カミングアウト」の二択を迫られる
——旅先でのサービスで、配慮のなさや違和感を覚えるのは、具体的にはどんな場面ですか?
ドリアンさん:例えば、男性同士のカップルでキングベッドやダブルベッドの部屋を予約すると、宿によってはフロントでわざわざ「あら、お仕事ですか?」とたずねられることがあります。聞いている方は軽いコミュニケーションのつもりかもしれないけれど、「そうなんです」と答えれば嘘をつくことになるし、「違います」と答えれば望まぬ場面でカミングアウトするはめになる。私は普段からオープンにしているので、「カップルよ!」って返すけど、大っぴらに答えられるのはおそらく少数派ですよね。
そういう些細なストレスの積み重ねで、せっかくの旅が楽しくなくなってしまうのはとても残念。ただある意味、慣れて麻痺しているので、またか…という感じで、アタシ個人としてはいちいち傷つかなくなってはいます。でも、本来なら慣れる必要のないことだと思います。もちろん、余計なことを聞かずにスマートな対応をしてくれるホテルや旅館もあって、そういうところの株は上がりますね。
——改めて意識してみると、予約の時点で男/女の入力が必要だったり、異性愛同士のカップルやファミリーを前提としたプランやサービスが多いことに気づかされます。
ドリアンさん:特に温泉宿や旅館では、くっきりと男女別に二分された“おもてなし”に居心地の悪さを感じるLGBTQ +当事者も多いのではないでしょうか。例えば、部屋の備え付けの浴衣やはんてんが、男性用はネイビー、女性はピンクで分けられている。最近はニュートラルな宿も増えていて、先にフロントで要望を聞いてくれたり、どちらも選べるようになっているところもありますが。
——Booking.comの調査では、LGBTQ+のコミュニティのなかでも、トランスジェンダー*やノンバイナリー*の当事者は危険に晒されたり不快に感じたりするケースが多かったそうです。ドリアンさんは今年の2月にトランスジェンダー男性のパートナーとの婚姻を発表されましたが、パートナーと旅する中で改めて気づいたことはありますか?
ドリアンさん:これまでシスジェンダー*の自分が意識してこなかった、さまざまなハードルに直面することもありますね。海外旅行ですと、パートナーはパスポートに記載されている性別や名前と見た目の性に違いがある場合、入国審査でひっかかってしまいます。国内旅行であっても不都合なことは多種多様にあります。例えば、大浴場を使うことが難しいので家族風呂や貸切風呂がある宿を選ぶ必要があるのですが、家族風呂がひとつあるかどうかが宿選びの理由になるといった当事者の事情は、宿側の皆さんは意外にご存じないのかもしれません。
*トランスジェンダー:自認する性と出生時に割り当てられた性が一致しない人
*ノンバイナリー:自らの性自認や性表現に、男女二元論の枠組みを当てはめない考え方
*シスジェンダー:自認する性と出生時に割り当てられた性が一致する人
——ちなみに、日本のLGBTQ+旅行者の 48%(世界では62%)は、自身が LGBTQ+であることが、旅行中の服装やメイクの選択に影響を与えたことがあると答えているそうです。旅先の雰囲気に溶け込むために、より慎重になる方が多いようですね。
ドリアンさん:あくまでも旅先のカルチャーや習慣へのリスペクトという場合もありますが、閉鎖的な地域やそれこそ罰せられるような地域では、普段はSサイズのタイトなTシャツを着てる方がXLサイズのシャツを着るような場面もあるのかなと想像しました。ノンバイナリーの方や、普段は女性ものを着ているけれど旅先ではそれがしづらいというようなことかもしれませんね。
日本がLGBTQ +当事者にとって魅力的な旅先になるには?
——「The Best and Worst Countries for LGBTQ + Travel 2023」(LGBTQ +の旅行先、ベスト&ワースト国ランキング 2023)では、日本は73位とあまり人気がないようでした。その背景には、いまだに同性婚が認められておらず差別禁止法もないことや、ジェンダーギャップランキングで146カ国のうち125位であることなどが影響しているようです。日本が世界のLGBTQ +当事者にとって魅力的な旅先になるためには、どんなふうに変わる必要があるのでしょうか?
ドリアンさん:まず、英語を話せる人が少ないという言葉の壁は意外に大きいと思いますね。私はインバウンドが増える前から、街中で困っている海外の旅行者に声をかける方だったのですが、今は語学学習アプリの『Duolingo』で英語を学んでいます。
あとは、マルディグラ(オーストラリアのシドニーで開催される世界最大規模のプライドイベント)やソンクラーン(タイの正月に開催されるLGBTQ+向けの音楽ダンスフェス「GCIRCUIT SONG KRAN」)のように、世界中からLGBTQ+が参加するにぎやかなお祭りがあればいいかもしれませんね。日本でも東京レインボープライドというイベントで、パレードが開催されますが、車道の端っこを歩くでしょ。NYみたいに全線通行止めにできればいいのになぁって、いつも思っています。
—— イベントでは、LGBTQ+トラベルに詳しい作家でインフルエンサーのカラム・マクスウィガンさんが、「日本では地域社会のLGBTQ +コミュニティと接点をもつのが難しい。新宿二丁目には200のゲイバーがあるが、訪れて接点を求めるのが難しい」と話されていて、意外でした。
ドリアンさん:ゲイが日陰者扱いをされ、顔や素性を隠して二丁目に通う文化の中で育った世代も多いので、一見さんお断りの店もあるし、英語を話せるスタッフがいない店も多いですからね。「イングリッシュノー!」で断られるところも少なくなくて、英語が通じる店に海外のお客さんが一極集中しがち。とはいえ、昔に比べればはるかにオープンになっているので、新宿二丁目という街も今は過渡期なんだと思います。
『Travel Proud』はLGBTQ +への配慮を考えるきっかけ
『Travel. Proud』のロゴマーク
——『Travel Proud』は、旅館やホテルに向けLGBTQ +について一般的な知識だけでなく、宿泊時に起こりうるさまざまなケースなどを想定した具体的な学習を提供するプログラムだそうです。Booking.comという大手の予約サイトがこういった取り組みをすることについて、どう思われますか?
ドリアンさん:本当に些細なことでも、スマートな配慮をそこかしこに感じられるだけで、LGBTQ +当事者にとっての旅が、素晴らしいものになるか悲しいものになるかが変わってきます。Booking.comのような規模が大きい企業がこういった取り組みをすることで、社会に大きなインパクトを与えることができるし、ポジティブな効果を期待しています。プログラムをきっかけに、ご自身のホテルや職場では何が可能かを考えるきっかけになったら素敵ですね。
——『Travel Proud』のプログラムを修了した宿泊施設は認定バッジを付与されるそうですが、こういったバッジの表示は旅先を選ぶ際の安心材料になりますか?
ドリアンさん:もちろんバッジの有無だけで行き先を決めるわけではないけれど、立地や値段で絞った後で迷ったときの最後の判断材料にはなりますね。やっぱり、LGBTQ +当事者にとっては宿選びってギャンブルな面もあるから。「外資だからたぶん大丈夫だろう」とか、ね。
日本は昔から海外の文化や異文化、“違うもの”を取り込み、自分たちのエッセンスを添えて新しい価値観を生み出すのが得意な国。今回の『Travel Proud』は、セクシュアリティやジェンダーの違いを乗り越えて新しい価値を生み出す取り組みですが、それに限らず、例えば障害やさまざまな特性の有無だったり、たくさんの違いを乗り越えてあらゆる人が居心地のいい文化を作るとことは、きっとできるはず。
誰かにとって居心地のいい空間が誰かにとって居心地の悪い空間になってはいけないし、そうならないためのプログラムがこの『Travel Proud』だと思います。日本のおもてなしの文化が、ますますより多くの人をウェルカムするのを、とても楽しみにしています。
撮影/三浦晴 取材・企画・構成・文/長田杏奈