セックスのあとに、よくわからない悲しみや虚しさ、不安などを感じたことはありませんか? もしかしたら、それは「性交後憂鬱(PCD)」かもしれません。PCDとはどのような現象なのか、産婦人科専門医でありセックスセラピストとして性の悩みに寄り添う村田佳菜子先生に教えていただきました。
産婦人科専門医
女性医療クリニックLUNAネクストステージで、女性性機能外来を担当。挿入障害や性交痛、性欲低下など、女性のセックスの悩みに対し、心理学的・医学的にアプローチしている。
Q1.性交後憂鬱(PCD)とは?
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A1.合意の上での性行為後に、悲しみや落ち込み、不安、焦燥感などの感情を経験すること
学術的には以前からこの現象に注目している研究者がいたようですが、一般的にこの言葉が使われるようになったのは最近ではないかと思います。かなりくだけた表現として「ポストセックスブルー」という言葉もあります。
「性交後憂鬱」の「憂鬱」にあたる「dysphoria」は本来、「不安」や「不快」「違和感」といった意味なので、言葉を正しく訳すとしたら「性交後不快気分障害」ですが、憂鬱になることでつらい思いをされている方をピックアップする意味で、あえて「憂鬱」と訳しているのかもしれません。
私自身はこの言葉を知りませんでしたが、2024年に『JOURNAL OF SEX & MARITAL THERAPY』という雑誌に掲載された論文「Further Exploration of the Correlates of Post-Coital Dysphoria and Its Prevalence within Different Sexual Contexts」(※)を読んだとき、具体的な名称を知らなかっただけで、これまでクリニックでも多くの方から伺ってきたお悩みだと感じました。今回は、この論文にある情報も交えながらお話したいと思います。
※出典:J Sex Marital Ther. 2024;50(5):638-658.doi:10.1080/0092623X.2024.2346165. Epub 2024 May 20.
Q2. 性交後憂鬱(PCD)が起きる原因は? マスターベーション(セルフプレジャー)でも起きる?
A2.要因はさまざまですが、メンタルの問題が大きく関係しているようです
最初にお話しした2024年の論文によると、男女ともにおよそ3分の1〜半数の人が経験しています。その要因として、次のような原因が考えられています。
①心理的苦痛状態
例えば、仕事や人間関係でつらいことがあってうつ状態にある人や、不安症(不安や恐怖の高まりによって精神的につらくなり、日常生活に支障が生じる状態)の人は、そうした問題を抱えている状態で行うセックスによってPCDを招きやすいといえます。逆に、そうした心理的な問題が解消されれば、PCDは起こりにくくなります。
②快楽を目的としたセクシュアルシチュエーション
⚫︎カジュアルセックス
たとえ合意の上であっても、交際相手ではない相手とのセックスのほうが男女ともにPCDを抱えやすいといいます。特に女性はその傾向が強く、77%がカジュアルセックスでPCDを経験したというデータもあります。
一方、男女ともにパートナーとのセックスでは比較的PCDを感じにくいようです。カジュアルセックスでは相手との関係性が曖昧になったり、相手のことを思い遣れなかったり、快楽の対象としてしか見ることができなかったりして、違和感や罪悪感を抱くことでPCDを引き起こすことが考えられます。
⚫︎マスターベーション(セルフプレジャー)
カジュアルセックスと同じく、PCDを経験する要因として多いのがマスターベーション(セルフプレジャー)。特に男性ではその傾向が強く、72%はマスターベーションでPCDを経験したことがあるというデータもあります。一方、女性の割合はおよそ半数。どちらも毎回経験しているわけではなく、これまでに一度でもPCDを経験したことがある人の割合です。
また、これらのデータが示されている先の論文では、マスターベーションに対する否定的な態度(考え方)とカジュアルセックスやマスターベーション後のPCDの発症とが関連していたことが示されていました。つまり、マスターベーションをすることや、マスターベーションで性的快楽を得ることに対して、罪悪感、嫌悪感、羞恥心などの否定的な考え方をしている人のほうがPCDを経験しやすかったのです。
最近は、社会的にも性をポジティブに扱う場面が増えたように思いますが、性的快楽に対する考え方は、親や学校の教育の影響や宗教上の教えなど、小さい頃から刷り込みを受けている人も多いもの。「快楽はいけないもの」「はしたない」「恥ずかしい」といった考えがある人ほど性に対して否定的な感情を抱きやすく、PCDを起こしやすい可能性があります。
③性機能障害
性的関心・興奮障害、女性であれば性交痛、男性であれば勃起障害や射精障害といった性機能障害の存在も、セックスに対する否定的な感情(自信喪失、相手への申しわけない気持ち、関係性への不安など)につながり、PCDの原因になることがあります。この場合は、交際相手とのセックスでもPCDの原因となります。
④回避型の愛着スタイルや、低い自己分化能力
他者との関係形成の傾向において、相手と親密になるほど傷つくことを恐れて不安などを感じる「愛着回避」タイプや、知的思考回路と感情的思考回路を区別する(自己分化)能力が低い場合も、PCDを引き起こす原因になると言われています。
Q3.性交後憂鬱(PCD)を感じてしまうのは悪いこと?
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A3.ご本人が悪いわけではありません。自分を責めないでください
PCDは要因もさまざまですし、一人一人の体の機能の話にもつながることなので、ご本人が悪いわけではありません。「セックスをしたことを喜べないのは相手に申しわけない」「自分は相手に対して愛情がないのではないか」「こんなふうに思う自分は、みんなと違っておかしいんじゃないか」 と、自責の念にかられてしまう人もいるかもしれませんが、PCDの原因は主にセックスや快楽に対する否定的な考え方にあります。
こうした考え方であること自体は悪いことではありませんし、珍しいことでもありません。セックスや快楽に対する考え方が原因なので、相手のことが好きでも、愛していてもPCDが起きることもあります。
構成・取材・文/国分美由紀