大ベストセラーとなった『ナラタージュ』を筆頭に、名だたる恋愛小説を世に送り出してきた作家・島本理生さん。名作のひとつといわれる『よだかの片想い』が、刊行から9年を経てついに映画化され、9月16日より全国で公開!
「恋愛のきれいな部分だけを書くことはしない」と語る島本さんが同作の主人公に選んだのは、顔にアザを持って生まれた女性・アイコ。初めての恋に一喜一憂しながら、アザやコンプレックス、自分自身と向き合い、成長する姿を、原作の大ファンである松井玲奈さんが熱演します。
映画の公開を記念し、プライベートでも親交があるという島本さんと松井さんのスペシャル対談が実現。美しさの偏った定義に疑問を抱いた経験や、ネットにあふれる外見批判に思うこと、コンプレックスが生まれる構造と克服法など。それぞれの実体験とともに、作品への想いを語ってくれました。
『よだかの片想い』で島本さんの作品に出合って、大ファンになりました
――『よだかの片想い』の映像化が決まる以前から、プライベートでも親交があったというお二人。もともと、松井さんが島本さんの作品の大ファンだったそうですね。
松井:はい。『よだかの片想い』は、私が初めて読んだ島本さんの作品なんです。出合いは、2015年にヴィレッジヴァンガードの渋谷本店を訪れたときのこと。“天体コーナー”に陳列されていた本作の文庫本が、天体関連の書籍のように思えなかったことを含めて、とりわけ異彩を放って見えました。読み終えると言い表せないほどの感動を覚え、翌日、近所の本屋さんにある島本さんの作品をすべて買って帰りました。
島本:ある日、知り合いとバーで飲んでいたら、「松井玲奈さんが君の本について話している記事を読んだ」と言われて。その場で検索したら記事を見つけて、「本物の松井さんだ!」と驚きました(笑)。そのあとなんの機会だったか、実際にお会いできたんですよね。
松井:私もお会いすることになった経緯は覚えていないのですが、ありがたいことに連絡先を交換させていただきまして。後日、島本さんとプライベートでお食事しました。
――お食事中は、どのような会話をされたのですか?
島本:お互いの好きな映画について話した記憶があります。松井さんは物語のラストまでよく覚えていて、丁寧に分析しているのが印象的でした。
松井:恥ずかしい。緊張のあまり会話の内容はうろ覚えなのですが、2軒目にバーに連れていっていただいたことは忘れられません。人生初のバーのお相手が島本さんだなんて…と夢見心地でした。
島本:私も、まさか松井さんとバーに行く日が来るなんて思いもしませんでした。まわりのお客さんたちは明らかにソワソワしているし、松井さんはほんのり酔っていて、ふわふわしているのが可愛かった。映画のような時間だなと思っていました。
映像化してほしい作品として、真っ先に思い浮かんだのが『よだかの片想い』
――松井さんご自身も小説を書いていらっしゃいますが、作家として島本さんに質問したり、意見を求めたりすることはありますか?
松井:自分の作品について質問したことはありませんが、小説を読んでいて、著者の実体験かどうかはわかりますか? と聞いたことがあります。小説を読んでいると、その作家さんが“今すごく乗っているな”と感じるパートが必ずあり、実際に体験しているからこそリアルに書けるのかな? と思ったんです。ちなみに島本さんいわく、「実体験だからうまく書けるとは言いきれないけど、実体験かどうかは読んでいてわかることもある」そう。以降、自分の経験をもとに執筆するたびに“島本さんにバレてしまうかも”とヒヤヒヤしています(笑)
――原作を読んで以来ずっと、『よだかの片想い』の映像化を熱望、そして主人公の前田アイコ(以下、アイコ)役を演じたいと願っていたという松井さん。島本さんの数ある作品の中で本作を選んだ理由は?
松井:島本さんの作品はすべて読みましたし、それぞれに特別な思いがありますが、初めて出合った作品であることが大きな要因ですね。卵から孵った鳥の雛が、最初に見たものを親だと思うことと似ているのかな。原作を初めて読んだときから、いつか映像で見てみたいと思っていたので、5、6年前に、映像化してほしい作品を聞かれて真っ先に『よだかの片想い』を挙げました。あとあと“見たい”と“演じたい”は違うかもしれない、と悩みましたが、直感を信じました。
“ルッキズム”という言葉が知られる前から、作品を通して伝えたかったこと
――松井さんが演じたアイコは顔に生まれ持ったアザがあり、彼女が成長する過程で築く人間関係や人生観、恋愛観に大きく影響しています。アザを持つ女性を主人公にした恋愛小説の着想は、どのように得たのでしょうか?
島本:『よだかの片想い』を書いた当時は、ルッキズムという言葉がまだ浸透していませんでした。いろんな雑誌や広告、テレビ番組を見ているなかで、若々しく傷ひとつない肌を持つ人ばかりが写っていることに疑問を抱いたんですね。生まれ持ったアザや、傷に限らず、人は年齢を重ねていくうちにシミやシワなどがどんどん増えます。それらの現実は美しいとされる世界にいっさい存在せず、この状況が続けば、人は歳をとるのが怖くなってしまう。人それぞれに異なる美しさや表情、魅力があることを別の方法で伝えるべく、アイコという主人公が誕生しました。
――自身のアザと半生についての自伝を出版するアイコは、自伝の映像化を希望する映画監督の飛坂逢太と出会い、初めての恋を経験します。大学院生として日々地道に研究を行うアイコとは対照的に、出会いの多い華やかな世界に生きていて、恋愛経験も豊富な飛坂。生い立ちはもとより、性格も正反対の男性を初恋の相手として描いたのはなぜですか?
島本:アイコはまっすぐな性格で思いやりもありますが、一方で、自分を変えることにはすごく敏感かつかたくな。彼女を変えられるのは学校の先輩や先生、同級生など、身近な存在ではなくて、違いすら理解できないくらいに遠く、手が届かない世界に生きる人物だと考えました。アイコと飛坂は、正反対だからこそ、お互いに自分にないものを見つけ合うことができるんです。
映画監督という設定にした理由は、私が学生の頃から映画が好きなことに加えて、外見と深く関係する仕事であるから。アイコにとってはコンプレックスを刺激されて、ちょっと怖いとさえ感じる映画の世界。飛坂を通じてアイコが新しい世界に触れ、自分自身を美しいと気づけるような恋をしてほしい、という思いが込められています。
――松井さんは、アイコを演じるにあたり、どんなことを意識しましたか?
松井:顔にアザのあるアイコをどう表現するべきか、よくよく考えていました。でも“アザがある”というところにばかり焦点を当てると、私がいちばん伝えたいアイコの初恋から物語がずれてしまう気もして。脚本を作る過程から参加させていただき、安川監督やプロデューサーと話し合いを重ねました。
役作りで行なったことは、原作と脚本を何度も読み返すこと。すべての場面が同じではないのですが、照らし合わせながら場面ごとのアイコの感情を自分なりに考えて、体験して。その積み重ねを自分の中に作ることを大切にしていました。
――劇中では、アイコの自伝を映画化する際、アイコを演じる役者がアザのメイクを施して街を歩き、周囲の人の反応を体感しながら役作りを行うシーンがありました。顔にアザがある女性として過ごすなかで気づいたこと、感じたことはありましたか?
松井:インタビューでは“顔にアザがある女性”ということに関する質問がとても多く、関心の高さを実感しています。アイコを演じている最中は、ときに“アザを隠したい”と感じることもありましたが、“アザがあるから”という側面からアイコの言動を想像して演じると、それはアイコではなく私自身の言動になってしまうな、と思って。あえて深く考えずに小説に描かれていることをそのまま落とし込み、お芝居をしながら自然と湧き出る感情を表現しました。
外見に対する評価を受けた経験から、変化した二人の生き方
――幼い頃はアザを自分の一部として受けとめていたアイコですが、他人の目や世間の反応によって、アザはネガティブな存在へと変化していきます。そのシーンを見たときに、コンプレックスの多くは他人と比べることで生まれるものなのかもしれない、という気づきがありました。お二人は同じような経験をされたことはありますか?
島本:私は小説家として17歳のときにデビューしました。本来、小説家とは優れた小説を書く人間を表す言葉だと思っていましたが、蓋を開けてみたら、ネットには私の顔のことばかりが書かれていたんですよ(笑)。傷ついたというよりは、衝撃を受けましたね。顔の良し悪しは関係ない職業なのに、ここまで言われるのか、と。そして、私の容姿を欠点だと思う人がたくさんいることを知りました。
もちろん、作者の外見を含めて、人格、内面、自意識が小説を司るものではあります。でも顔の話題だけが独り歩きしている状況を、当時は年齢が若かったこともあって、すんなり受け入れられませんでした。それが原因で、20代前半の頃にひどく痩せた時期がありました。しかも、仲の良いカメラマンの友達に「痩せすぎだから、もう少し体重を増やしたほうがいい」と言われるまで、自分が痩せている自覚もなかった。自分が気にしていないことでも、外からの言葉の数が増えれば簡単に飲み込まれてしまうのだと痛感しました。
松井:私もかつては、あらゆる批判が縦横無尽に飛び交う社会をコンプレックス製造機のように感じていました。傷つきもしたし、すごく気にしていた時期もありましたが、ある日、大嫌いだった広いおでこをメイクさんが褒めてくれたんです。「すごくキレイな形をした、いいおでこだね」と言っていただき、ちょっとしたひと言や見る人の美意識によって、コンプレックスはチャームポイントにもなるんだ! と気づきました。
――それらの経験を経て、その後の考え方や生き方に変化はありましたか?
松井:その発見をきっかけに少しずつ、コンプレックスを受け入れられるようになった気がします。今はさまざまな選択肢があり、顔も体も自由に変えることができますよね。でも変えないと決断したのなら、受け入れるしかない。とはいえ何を言われても傷つかないわけではないですし、すごく腹は立っています(笑)。
島本:私は特に恋愛において、外見についてコメントしない人と信頼関係を持ちたいな、と強く思うようになりましたね。不用意に相手が傷つくようなことを言わない、言葉を選べる人を見分ける癖がつきました。もちろん内面がすべてだとは言わないですし、外見を飾るのも楽しいですよ。でもやっぱり、人を傷つけないようにするとか、人間関係を大事にする、真っ当に生きる、というような“本質”以上に大切な要素はないと思う。それは私自身が小説家として、さらに一人の人間として生きるうえでも心がけていることです。
短所だと思われていたことが、誰かを助けることもある。人には、短所も長所もないのかも
――アイコを可愛がる先輩が事故によって顔に傷を負い、病院を訪れたアイコと交わす会話が印象的でした。自分と同じく顔にコンプレックスを持つ先輩を通じて、自分のアザと改めて向き合うこととなったアイコを見て、お二人はどのようなことを感じましたか?
松井:顔に傷を負った先輩から「アイコの気持ちがちょっとわかった」と言われるのですが、私はアイコとして、先輩の痛みを理解しきれなかった。それにもかかわらず、アイコのなかで先輩との絆がぐっと強くなるのを感じました。
このシーンを演じて、人との関係で大切なのは、お互いの痛みを完璧に理解することではなく、お互いを受け入れて認め合うことだと気づかされました。一見アイコが先輩を救ったように見えるシーンですが、先輩のおかげでアイコのかたくなな部分がやわらかくなり、アイコは次のステップへと進めたんだと理解しています。
島本:私はこの場面を映像として見たときに初めて、傷を負った先輩がいちばん必要としていたのはアイコだったんだと知りました。先輩に自分の実感を伝えるアイコのブレなさというか、ある種の堅さや強さが一貫して表現されていて。頑固って短所として伝わることが多いですが、裏を返せば、絶大な安心感を与える長所でもある。長所は短所に、短所は長所になると考えると、極論、人には長所も短所もないのかもしれません。
小説家
1983年5月18日生まれ、東京都出身。2001年に発表した『シルエット』で第44回群像新人文学賞優秀作を受賞しデビュー。2003年、『リトル・バイ・リトル』で第25回野間文芸新人賞に輝き、史上最年少の受賞を果たす。2005年、『ナラタージュ』が「この恋愛小説がすごい!2006年版」(宝島社)や「本の雑誌が選ぶ上半期ベスト10」などで1位に選ばれ、23万部を超えるベストセラーに。今年秋、新著『憐憫』を刊行予定。
映画『よだかの片想い』
<STORY>
理系大学院生・前田アイコ(松井玲奈)の顔の左側にはアザがある。幼い頃、そのアザをからかわれたことで恋や遊びには消極的になっていた。しかし、「顔にアザや怪我を負った人」をテーマにしたルポ本の取材を受けてから状況は一変。本の映画化の話が進み、監督の飛坂逢太(中島歩)と出会う。初めは映画化を断っていたアイコだったが、次第に彼の人柄に惹かれ、不器用に距離を縮めていく。しかし、飛坂の元恋人の存在、そして飛坂は映画化の実現のために自分に近づいたという懐疑心が、アイコの「恋」と「人生」を大きく変えていくことになる。
9月16日(金)より、新宿武蔵野館ほか全国公開
配給:ラビットハウス
原作:島本理生「よだかの片想い」(集英社文庫刊)
監督:安川有果
脚本:城定秀夫
出演:松井玲奈、中島歩ほか
公式HP:https://notheroinemovies.com/
©︎島本理生/集英社 ©︎2021映画「よだかの片想い」製作委員会
取材・文/中西彩乃 撮影/TOWA 企画・編集/木村美紀(yoi)