コネチカットの春の訪れは北海道くらい遅く、4月はちょうどその始まり。長い冬のあとの新芽に、春の匂いを感じます。
今の自分は無理をしていませんか? まわりに流されず、本当に求めるものを感じてください
この連載が始まって半年。吉川さんが紡ぐ言葉に添えられたコネチカットの四季折々の風景写真に、心を癒されている人も多いことでしょう。澄んだ空気に、木々が生い茂る森、目の前に広がる青空、力強く咲き誇る花々など、「この地の自然に癒され、パワーをもらっている」と吉川さんは語ります。
「僕は地方都市出身で、実はそこまで大自然に囲まれて育ってもいないし、都会的な生活に憧れて上京、さらに強い刺激を求めてニューヨークへ渡米したぐらい、自然とは無縁の人生でした。都会での生活は、刺激的で毎日がフル稼働。大自然のロケーションで撮影をすることも幾度となくありましたが、そのときは自然を感じるどころか、撮影のバックグラウンドぐらいの認識しかありませんでした。自然の中に身を置いても何も感じないくらい、自分に自然が必要だとは思っていなかったんです」
N Yマンハッタンのミートマーケットに住んでいた頃に描いた、アパートの窓から見える風景(現ホイットニーミュージアム)。
「ところがあるときから、落ち込んだときに目にした自然の景色が、すごくキレイだと感じるようになったんです。きっとつねに緊張感を強いられている生活に疲れていたんでしょうね。そういうマインドになると不思議なもので、これまでロケで行った美しい自然のシチュエーションばかりを思い出すようになりました。本能的に自然を求めるように、マンハッタンの真ん中から、より広い空が見えるようにとブルックリンへと住まいを移しました。
そしてブルックリンで7年ほど生活を続けたのですが、依然としてきりきりとしたストレスを感じる精神状態のなか、朝起きたときから自分をコントロールできないくらいイライラしちゃうことが増えてきたんです。正直、その状態で仕事を続けることに難しさを感じました。
そのときひらめいたのが、『気持ちのいいところで目覚めたい』という思い。ちょうどその頃、コネチカットのカントリーハウスに出合っていたことも大きかったかもしれません。オフをコネチカットで過ごし、リセットできたはずなのに、仕事をしにブルックリンに戻ると、またすぐにイライラしてしまう。それで思い切って、コネチカットへの移住を決めました。コネチカットの家では、イライラしてもちょっと窓の向こうに目をやったり、庭に出るだけで、リセットできてしまうんです。さすがに撮影は別ですが、オフィスワークはどこでもできるんだ、というのは移住して気づいた発見でした。本当に、現代のテクノロジーには感謝しています。
とはいえ、仕事はしているわけだから、疲れるのは当然疲れます。でも、自然豊かなこの地には、僕の心を助けてくれるものがたくさんあるんです。ここに住むまでは気づかなかったけれど、忙しいときには気づかなかった心の声が聴けるようになりました」
撮影でメキシコに。ホテルで起きた朝、風の音、風景が心地よくまぶしかった。Tulum, Mexico
心の声を聴き、自分を楽しませるクリエイションで、人生を楽しみましょう
仕事の充実、友人との大切な時間、パートナーとの心地よい関係、一人の時間…など、人によって楽しいと思う事柄はさまざま。だけど、私たちはついつい、自分の楽しさや願いを無視して「こうあるべき」という思いに縛られがちかもしれません。
「これまでの僕はワーカホリックで、仕事ばかりしてきたけれど、それが楽しいと信じていたんです。でも、体は正直で、どんどん疲弊していき、心身ともにダウン寸前になっていた。ここに来て初めて、コネチカットの自然に身を置くことが、自分を楽しむために必要なんだということに気づきました。
だから今思うのは、人生においては“自分を喜ばせるアイデア”を持つことが大切だということです。どんなに小さなことでもいい、『これをやったら幸せ』という目標を設定すること。たとえ現実的にできそうにないことだとしても、人はそれを実現するために工夫をするでしょ。これこそがクリエイションです。つまり、自分の生き方にこそ、クリエイションが最も必要なんです。人生は短いようで長いんだから、楽しまないともっと長くつらく感じてしまう。自分を楽しませることができたら、人生はあっという間。短く感じるくらい、人生を楽しまないと、ね」
物理的にだけでなく、気持ち的にも忙しない現代。「どうしたいのか」「何をしたら幸せなのか」を見失いがちな私たちに、吉川さんの言葉が響きます。吉川さんが幸せのために導いた答えが自然との共存だったように、自分の心の声に耳を傾け、自分を喜ばせるために、“人生をクリエイトする”ために必要なことを、改めて考えてみませんか?
撮影/Mikako Koyama 取材・文/藤井優美(dis-moi) 企画・編集/木下理恵(MAQUIA)