気心が知れた関係での飲み会は楽しいけれど、仕事の飲み会はハードルが高く感じます
外食や少人数での会食などが社会的に解禁されつつある昨今、増えてきたのが仕事での飲み会。「上司や同僚とコミュニケーションがとりやすくなる」「仲間同士の結束が強くなる」という意見もあるなか、まだまだコロナウイルスの脅威が心配だったり、そもそも飲み会が苦手だったりで、「参加したくない」という声も聞こえてきます。この“飲みニケーション”は、日本独自なものでしょうか?
「飲みニケーションと言うんですか(笑)。アメリカには、“飲みニケーション”という概念はありません。飲んで仲良くなったから仕事につながる、ということはあまりなく、あくまでも結果主義。お酒を飲むとリラックスして話しやすくなりますが、ただそれはプライベートな関係での話。仕事絡みで飲むのが当たり前、というのは日本独特という気もします。パンデミック前の日本では、仕事終わりに『飲みに行こうよ』ということがありましたが、最近はそういった話はあまり聞かなくなりました。
お酒はリラックスして話しやすくなるというポジティブな面がありますが、逆にハラスメントを生み出しやすいというネガティブな面も持っています。特に、仕事で立場が上の人はなんでも言いやすい立場にあるからこそ、飲む人との距離感に気を付けないと、パワハラ、セクハラ...いろいろなハラスメントを引き起こす可能性もありますからね。お酒が入ると、つい気が大きくなって一方的に仕事のやり方をアドバイスしたり、個人的な仕事の考え方を語ってしまう人も。それが相手の実りになることはあるかもしれないけれど、往々にしてイヤな気持ちにさせてしまうこともありますよね。そういう意味では、仕事や上下関係があるなかで飲むというのは実はハードルが高い気がします」
「近しい間柄とのお酒の席は楽しいのですが、仕事の関係となると何を話せばいいのか…線引きが難しいですよね。酔った人から勢いで仕事の話を聞かされるのはイヤですし、それほど親しくないのにプライベートなことを必要以上に聞かれたりするのは、辟易してしまいます。人生は理不尽なことから学ぶことも多いけれど、気乗りしない仕事の飲み会への参加は、無駄な我慢かもしれません」
仕事のコミュニケーションはあくまでもディスカッションが中心。お酒は関係ありません
アメリカにはパーティ文化があり、日本よりももっと身近にお酒があるイメージですが、コミュニケーションを取るのにやはり重要な役割を占めているのでしょうか?
「先ほども出てきましたが、アメリカは結果主義。フリーランスのメイクアップアーティストとして撮影に参加し、求められているものに応えられれば、ニューヨークに来たばかりで無名だった僕にでも仕事がどんどん入ってきました。といっても、結果“だけ”を見られてきたのではなく、大切なのはそこに至るまでの自分の考えを伝えながら、相手の要求に応えるコミュニケーション力なんです」
「よい作品を創り上げたいのはすべてのスタッフのゴール。現場では、“求められているもの”を受け止めて自分がどうしたいのかを伝える。それぞれのスタッフがそんなふうにアイデアを出し合い、なにかができ上がる。これがいちばんのコミュニケーションで、そこにはお酒を必要とするような会話はありません。
もちろん1週間くらい撮影をするときなどは最終日に打ち上げがあることもあり、そのときはワーッと踊ったり、おいしいものを食べたりするけれど、それはクライアントからの“ありがとう”の会だから、誰かからプライベートや仕事のことをとやかく言われるようなことはなく、自分の仕事も見せきったあとなので、お酒の話術で仕事を売り込む必要もありません。
お酒を飲むのは楽しい。だから、お酒を飲むことを悪くは言いたくない。これがベースにあるから、日本ではお酒のことをクールに話せない背景があるのかもしれません。でも、距離感がある人とのお酒はいろいろ気を遣うし、何かとトラブルになる可能性もあるから、仕事の飲み会というものをもっと慎重に考えてもいいかもしれませんね」
これまでは強制的な雰囲気もあった飲み会ですが、今は、「行かない」という選択肢も尊重される時代になってきました。もちろん、行きたい飲み会には行って、それがきっかけで仕事の人間関係がうまくいくということだってあります。でも、もし気持ちが乗らないのであれば、勇気を持って断ってもいいのかもしれません。“飲みニケーション”が仕事の評価につながる価値観は、ますます過去のものになっていきそうです。
取材・文/藤井優美(dis-moi) 撮影/Mikako Koyama 企画・編集/木下理恵(MAQUIA)