マンガライター・横井周子さんによる連載「マンガが生まれる場所」。今回は、yoiが真摯に向き合ってきたテーマごとに、これまでの連載やスペシャルインタビューの中から横井さんがセレクトしたおすすめ作品&記事をプレイバック!

- 1:セクハラや「女性は◯◯だから」と決めつける発言などにもやもやしたときに
- こざき亜衣『セシルの女王』
- 【この作品もおすすめ!】
- ◆伊図 透『オール・ザ・マーブルズ!』
- ◆冬野梅子『スルーロマンス』
- ◆トマトスープ『天幕のジャードゥーガル』
- ◆磯谷友紀『東大の三姉妹』
- 2:やる気が出ない。なぜか悲しい。今、ちょっと大丈夫じゃないかも…。そんなあなたへ
- 井上まい『大丈夫倶楽部』
- 【この作品もおすすめ!】
- ◆朝倉世界一『アトランティス会館』
- ◆河内 遙『涙雨とセレナーデ』
- 3:自分のセクシュアリティや体にまつわる不安を感じている人に
- 新井すみこ『気になってる人が男じゃなかった』
- 【この作品もおすすめ!】
- ◆アリス・オズマン『ハートストッパー』
- ◆シモダアサミ『体にまつわるエトセトラ』
- 4:日常の中で差別や排外主義に怒りを感じたら
- 藤見よいこ『半分姉弟』
- 【この作品もおすすめ!】
- ◆田村由美『ミステリと言う勿れ』
- ◆ヤマシタトモコ『違国日記』
- 5:大切な人を亡くすなど、あまりにも大きな喪失に直面したときに
- 高松美咲『スキップとローファー』
- 【この作品もおすすめ!】
- ◆斉木久美子『かげきしょうじょ!!』
- ◆末次由紀『ちはやふる plus きみがため』
- ◆谷口菜津子『ふきよせレジデンス』
横井さん 連載「マンガが生まれる場所」では、20人以上のマンガ家の方々に創作についてのインタビューをしてきました。創作といっても、決して“遠い世界の話”ではありません。マンガ家の皆さんも私たちと同じような疑問を持ち、さまざまな葛藤と向き合いながら物語を執筆なさっています。
最終回となる今回は、「yoi」でもこれまで取り上げてきた5つのテーマに合わせ、こんなときに読んでほしい、と思った作品をご紹介します。これをきっかけに、作品を読んでいただけたらうれしいです。
1:セクハラや「女性は◯◯だから」と決めつける発言などにもやもやしたときに
こざき亜衣『セシルの女王』
横井さん 残念ながら、21世紀の今もセクハラや「女性は◯◯だから」と決めつける発言に遭遇することがあります。いい加減根絶すべきと思いつつ、毅然と対応できない自分に歯ぎしりした夜が何度あったか…。そんなときこそおすすめしたいのが、16世紀の英国を舞台にした歴史マンガ『セシルの女王』です。
主人公はのちにエリザベス1世の側近となるウィリアム・セシルですが、主役は女性たち! …と、言いきってしまいたいくらい、さまざまな女性が生き生きと描かれています。物語の序盤で描かれたのは、ヘンリー8世の6人の王妃たち。女性の人権が認められていない時代、逆境をしたたかにサバイブしようとする彼女たちの姿が不屈の闘志を呼び起こします。理不尽なでき事にも、自分なりのやり方で対峙するパワーをわけてもらえそう。
「史実では悪女と言われてきたけれど、別の見方もできるんじゃないか」というアン・ブーリンなど、こざき亜衣さんならではの登場人物解説はインタビューでぜひお楽しみください。
【この作品もおすすめ!】
◆伊図 透『オール・ザ・マーブルズ!』
「野球をしたい」という渇望と、世代を超えてつなげた希望。胸が熱くなる女子野球マンガです。(横井さん、以下同)
◆冬野梅子『スルーロマンス』
現代日本で生きる女性を取り巻くさまざまな問題にツッコミを入れる「女のロマン」。女友達という伴走者がパワーをくれます。
◆トマトスープ『天幕のジャードゥーガル』
歴史上「悪」として描かれてきた彼女たちは、本当に悪だったのか? 大帝国を揺るがせる二人の女性の共闘に注目を。
◆磯谷友紀『東大の三姉妹』
「頑張る女の子たちが普通に認められる社会になってほしい」という磯谷友紀さんの願いが込められた高学歴三姉妹ストーリー。
2:やる気が出ない。なぜか悲しい。今、ちょっと大丈夫じゃないかも…。そんなあなたへ
井上まい『大丈夫倶楽部』
横井さん 私もしょっちゅう大丈夫じゃなくなります。きっかけはささいなこと。電車の遅延、服選びを間違えた、ランチが売り切れetc…。大問題ではないはずなのに、時にはなかなか気持ちが立て直せない、なんてことも。そんなとき、『大丈夫倶楽部』を思い出します。
天真爛漫なもねと謎の生物・芦川が、〈大丈夫〉になるための小さな工夫を重ねる“ハビタブル”ストーリー。このマンガは作者の井上まいさん自身がしんどかった時期の実感から考えたものだとインタビューで明かしてくれました。一風変わったストーリーですが、唯一無二のまろやかな世界観がクセになります。
実はこのインタビュー、「私にとってとても大切な作品で、ぜひyoiの読者の人にも知ってほしい」と編集部に届いた読者の方からの熱いメールがきっかけで実現しました(リクエストありがとうございました!)。
多分、『大丈夫倶楽部』は、みんなというより、ある人たちの心の深いところに響いてずっと残るような、ちょっと特別なマンガなんですよね。まわりのことを深く感じすぎて生きづらいと感じているような方に、ぜひ届いてほしい作品です。 「大丈夫じゃなくてもいいし、大丈夫になるほうを向けなくてもいい」。「あなたの大丈夫は、あなただけのものだから」。そんなふうに、肩の力を抜かせてくれるところも素敵です。
【この作品もおすすめ!】
◆朝倉世界一『アトランティス会館』
古いビルで暮らす女の子が発明家になるまでを描いたキュートな作品。失敗しても、明けない夜はないのです。
◆河内 遙『涙雨とセレナーデ』
「そのまますっくと立っていて、それで大丈夫だよと伝えたい」(河内 遥さん)。少女マンガにずっと力をもらってきたという河内さんが挑む王道少女マンガ。
3:自分のセクシュアリティや体にまつわる不安を感じている人に
新井すみこ『気になってる人が男じゃなかった』
横井さん セクシュアリティは繊細な事柄ですし、グラデーションがあります。だからこそ、自分の心身でありながら確信を持てなかったり、戸惑いを覚えたりすることも少なくないだろうと思います。
SNSから人気が広がった新井すみこさんの大ヒット作『気になってる人が男じゃなかった』は、女性同士の愛情を描く青春ストーリー。主人公のみつきとあやは、二人の関係を通して、自分らしく生きることに向き合いはじめます。インタビューで、新井さんが話してくれたのは「自信」について。
「堂々としていることにいちばん救われるのは、自分なんです。だから自分らしさを大切にしたいし、してほしいなと思いながらマンガを描いています」。他人の目よりも自分の感覚を大切にすることを思い出したいときに、ぜひ手にとってほしいマンガです。
学校で接点のなかったみつきとあやの世界をつないだのは音楽でした。好きな音楽やミュージシャンについて新井さんに聞くと、「NIRVANAは音楽も格別なんですけど、フロントマンだったカート・コバーンのフェミニズムやジェンダーの境界を押し広げていたところにも共感します」。マンガの世界観に通じる音楽談義も楽しい取材でした。
【この作品もおすすめ!】
◆アリス・オズマン『ハートストッパー』
男子校に通うゲイの少年チャーリーと、ラグビー部員ニックのラブストーリー。メンタルヘルスについて本当に大切なことを教えてくれます。
◆シモダアサミ『体にまつわるエトセトラ』
体にまつわるコンプレックスにスポットを当てた、爽快オムニバスシリーズ。固定観念から少し自由になれるはず。
4:日常の中で差別や排外主義に怒りを感じたら
藤見よいこ『半分姉弟』
横井さん 今、世界的に排外主義の潮流が高まっていると言われています。SNSで飛び交う差別的な発言を目にして、やり場のない怒りや無力感に苛まれることも。そんなときは、その怒りを手放さずに、もう少し身近なでき事に目を向けてみるのもいいかもしれません。
藤見よいこさんの『半分姉弟』は、日本で暮らす、複数の人種や民族のルーツ(ミックスルーツ)を持つ人たちの日常を描くオムニバスシリーズ。これまであまり描かれてこなかった、日本の「ハーフ」※に光を当てた作品です。
毎回主人公が変わり、それぞれの生活や心の揺れが語られていきますが、立場が違うと問題が見えづらくなる様子はとてもリアル。インタビューでも「盲点」について語られていますが、主人公たちに共感できるからこそ、自分には見えていないことがあるし、間違うこともあるかもしれないとハッとさせられます。
「どんな未来になってほしいかという作り手の視座が見える作品が好き」という藤見さんが紡ぐストーリーには、希望があります。読み味爽やか、でも作り手の意志をしっかり感じる作品です。排外主義に負けないしなやかな想像力を鍛えるためにも、ぜひ手にとってみてください。
※「ハーフ」という呼称に関しては、当事者の方々の中にも受け止め方にグラデーションがあり、その意味合いや歴史性に傷ついてきた方が多くいることや、議論が存在する事実を踏まえたうえで、本作品の「今なお多くの人が利用している実態を反映させ、呼称の持つ『半分』という意味合いを改めて問い直す」という意図に基づき、カッコ付きの表現で使用しています。
【この作品もおすすめ!】
◆田村由美『ミステリと言う勿れ』
大ヒット作に込められた社会や戦争への疑問。田村由美さんの「だけど、そうじゃなくしたいという思いで日常は回ってる」「その部分こそ大事」という言葉が心に残ります。
◆ヤマシタトモコ『違国日記』
作品を通して他者との間に横たわる、わかり合えなさを超えていく。大きな反響があったインタビューです。
5:大切な人を亡くすなど、あまりにも大きな喪失に直面したときに
高松美咲『スキップとローファー』
横井さん あまりにも大きな喪失に直面したときって、自分の心の傷の深さがどれくらいなのかすらわからないと思うのです。だからこそ、無理して本もマンガも読まなくていい。まずは自分のペースでゆっくり休んでほしいなと思います。
もし「何か読みたいな」と思えるようになったなら、おすすめしたいマンガはたくさんあります。スクールライフ・コメディ『スキップとローファー』もそのひとつ。天然な主人公・みつみにやわらかく感化されて、周囲の人たちが少しずつ変化していく様子が描かれます。
「私はね 志摩くん 多少ド派手に転ぶことが多い人間だけど そのぶん起き上がるのもムチャクチャ得意なんだから!」。ちょっと面白いけどかっこいい、みつみの名ゼリフです。転んでも、立ち上がる力をわけてくれるヒロインなのです。
作者の高松美咲さんは、創作について「大人になると、人の死などの大きな喪失にぶちあたる瞬間がどうしてもあります。そのときに失ったものに目を向けるのではなくて、『今まで私って満ち足りていたんだなあ』と考えることもできるんじゃないかと思うんですね。そうやって自分が生かされてきた感覚を思い出させる作品作りをしていきたいです」と話してくれました。その言葉通り、人生って素敵なものだなと素直に思えるマンガです。
【この作品もおすすめ!】
◆斉木久美子『かげきしょうじょ!!』
「膝を抱えて部屋の隅で泣いたことも何度もありました」(斉木さん)。斉木久美子さんの挫折だらけの経験から生まれた、少女たちのきらめく成長物語。
◆末次由紀『ちはやふる plus きみがため』
大ヒット作の続編の主人公は、自分が一番を目指すのではなく、誰かのために頑張ろうとする子どもたち。人に頼ることの大切さ、難しさが丁寧に描かれています。
◆谷口菜津子『ふきよせレジデンス』
「この話は、自分自身の希望にもしたかったから絶対ハッピーエンドにしようと決めていました」(谷口菜津子さん)。生と死が描かれていますが、ほっとするあたたかさがあります。
横井さん 最後に。2023年10月から始まったyoiでの連載は、これが最終回です。「心・体・性」というyoiが掲げるテーマに共感しながら、永遠の謎である物語のはじまりに迫るべく、自由に、真摯に、楽しく、たくさんのお話を聞かせていただきました。ここではすべての回を紹介しきれていませんが、ほかの回もぜひご覧いただけたらうれしいです。読者の皆さま、取材を受けてくださったマンガ家の皆さま、そして心から信頼する担当編集者・国分美由紀さん。ありがとうございました。またいつか、どこかでお目にかかりましょう。
マンガライター
マンガについての執筆活動を行う。2025年春より、東北芸術工科大学准教授。
■公式サイト https://yokoishuko.tumblr.com/works
画像デザイン/齋藤春香 取材・文/横井周子 構成/国分美由紀