『万葉集』の時代からある短歌が、令和でブームに! 装丁もおしゃれな歌集が続々発売され、文学作品の同人誌即売イベントでも短歌スペースが大盛況。なぜ今「短歌」が人気なのか。紀伊國屋書店の書店員で短歌の棚を担当している梅﨑実奈さんにお話をお聞きしました。
「一読しただけで意味がわかる短歌」とSNSの相性のよさ
――最近、歌集を購入する人が増えたり、SNSで短歌を発表する人が増えるなど、短歌への注目度が上がっていますが、どうして今、「短歌ブーム」が起こっているのでしょうか。
梅﨑さん:まず、とても大きいと感じるのは「SNSとの相性のよさ」です。
昔に比べ、今の短歌はとても意味を取りやすくなっています。昔は文語体の短歌も多かったのですが、今の平積みにしている歌集の新刊は、8割程度が口語、つまり話し言葉で作られたもので、言葉の難しさに引っかかることがない作品が多いことが特徴です。
また、人気のある現代歌人の代表歌は「読みやすい」ものが多いです。詩的な飛躍がそこまで大きくなく、一読しただけで意味がわかる短歌がとても増えている。内容も、エモーショナルなものや共感を呼ぶものが多いですね。
このような特徴がSNS、特にX(旧Twitter)と相性がいいんです。歌集を出されている歌人の方々の歌が、X上で流れていることも多いですね。視界に入った瞬間にピンとくるような歌が、短歌に興味がなかった人のTLに流れていく。そこで「いいな」と感じた方が、少しずつ短歌に興味を持つようになる。そうやって、漫画や映画のようなエンタメのジャンルのひとつとして「短歌を読む」のを楽しむ方が増えてきたのだと感じます。
昔は発表の場が少なく、選ばれた歌人の短歌が短歌雑誌に掲載されるか、短歌の「結社」というものに入会し、会の雑誌に投稿して選ばれたものが掲載される、という形が主だったんです。それがここ10年ほどで、SNSなどで発表する人がじわじわ増えてきて……それが今芽吹いているのが、この短歌ブームなのではないかと。
その他にも、雑誌『ダ・ヴィンチ』での穂村弘さんの読者投稿型の短歌連載「短歌ください」の存在、「自分に歌集を買う」という体験の特別感、「まだ一般的ではないエンターテイメント」である短歌を自分は知っているといううれしさ、なども流行の一因かなと私は考えています。
紀伊國屋書店の詩歌コーナーのメインの棚には、明るくポップなデザインの歌集が並ぶ。
――書店ではどのような歌集が人気なのでしょうか。
梅﨑さん:最近短歌が気になり始めた、という方は話題になった本を買われる方が多い印象ですね。岡野大嗣さん、木下龍也さん、岡本真帆さん、上坂あゆ美さんの歌集が人気です。みなさんSNSを活用してらっしゃるので、SNSで短歌を読んで興味を持ち、書店にいらっしゃるのだと思います。
この4名の歌人は、作風はさまざまではありますが、やはり「読みやすい」という共通点があります。レトリック的にうまい言い回しの短歌が多いのも特徴です。
ちなみに、その先駆者は俵万智さんの短歌だと思います。俵万智さんの『サラダ記念日』は、発売当時はまだほとんどなかった「口語で書かれたわかりやすい短歌」で280万部の大ベストセラーですから。
岡野大嗣さん(@kanatsumu)
▶︎倒れないようにケーキを持ち運ぶとき人間はわずかに天使
木下龍也さん(@kino112)
▶︎愛された犬は来世で風となりあなたの日々を何度も撫でる
岡本真帆さん(@mhpokmt)
▶︎平日の明るいうちからビール飲む ごらんよビールこれが夏だよ
上坂あゆ美さん(@aymusk)
▶︎メイド喫茶のピンクはヤニでくすんでて夢なんて見ない自由があった
短歌はタイムパフォーマンスよく心を癒せるエンターテイメント
――短歌を読み、共感を覚えて救われたり、明るい歌に元気をもらったりすることで、メンタル面にもポジティブな影響がありそうです。
梅﨑さん:短歌ブームと、「読んで心が癒やされること」は結構直結していると私は考えています。最近の短歌で、いろんな人から「この歌いい!」と引用されているものは特に、明るい歌が多い。元気をもらったり、共感したり、いい言葉を見ることによって救われることもあると思います。
そして、歌集って疲れていても読めるんです。例えば小説だと、頭からちゃんと読んで、ストーリーを理解し、覚えておかないといけない。これってけっこうエネルギーが必要ですよね。
でも歌集は基本的に、どこから読んでも、少しだけ読んでも大丈夫。開いたページの1首を読むだけでもいい。それだけで心に響く言葉が見つかることもあります。
もちろん歌集も掲載する順序を考えて編まれていて、そこにも作者の意図や個性があるのですが、それでも「1首だけじゃまったくわからない」というふうにはなりません。
エネルギーがないときに鑑賞するエンターテイメントとしても、短歌はぴったりです。伝えたいことが31文字にギュッと濃縮されているので、時間やエネルギーをかけなくても楽しめる、癒やされる。これもタイムパフォーマンスを重視する現代にマッチしている部分ですね。
創作のハードルが低い気軽さもブームの要因。「推し短歌」にも注目!
――「自分でも作ってみる」という方も増えているようですが、道具もいらず、季語も必要なく、短くてよいという手軽さからなのでしょうか。オタクのための短歌入門書『推し短歌入門』(左右社)も話題だと聞きます。
梅﨑さん:確かに、小説や漫画を書くことや映画を撮ることよりは、はるかにハードルが低く、気軽にチャレンジできますよね。
それに、素敵な短歌を読むと、きっと真似したくなるんだと思います。木下龍也さんや岡本真帆さんの短歌は、するすると頭の中に入ってくるので、自分でも作れそうな気がしてしまうのかも。
でも、そう簡単にはいかないんですよ(笑)。
理解しやすくて心に残る短歌を作るのは、実はかなり大変です。シンプルでわかりやすいのは、練りあげられているから。お二人のようなクオリティのものを作るのは、すごく難しいと思います。歌人の皆さんはすごく細かいところまで考え抜いています。ひとマス開けるか開けないか、漢字にするかひらがなにするか……。そんな繊細な推敲を繰り返し、磨き上げた31文字が歌人の1首です。
でも、そのような作業を自分でやってみる、というのは新鮮で楽しいと思いますよ。仕事でメールや書類を作成するときのものとは全く違う形の「言葉選びの悩み」。自分の新しい面と出会える可能性もあります。最初はうまく作れなくたっていいんです。
作ってみたくなったとき、『推し短歌入門』はきっかけとしてよさそうですね。推しについて短歌にするって、きっと始めやすいし、楽しいと思います。私が扱っている短歌の棚でも、かなりのスペースを使って並べていますし、買っていかれる方も多いです。
作品や推しキャラ・人物の二次創作や、対象への思いを、「短歌」として表現する「推し短歌」がじわじわブームに!
梅﨑さんおすすめの「2冊目に選んでほしい歌集」
――最後に、梅﨑さんおすすめの歌集を教えていただきたいです!
梅﨑さん:せっかくなので、先ほどあげた最初の1冊に選ばれやすい4名の歌人以外の歌集をおすすめしたいと思います。歌集を1冊買ってみて、もっとハマりたいと思った方に向けて、6冊ご紹介します。
東直子『春原さんのリコーダー』¥770/筑摩書房
これは私が大好きな東直子さんの歌集で、何回読んでも、ちょっと切なくて怖くて心に響く歌が多いです。リズムがとても素敵で、魔法がかかってるみたい。しかも文庫になっていて手に取りやすい。個人的に、これはかなり読んでほしいです!
グッときた一首▶︎「そら豆って」いいかけたままそのまんまさよならしたの さよならしたの
山川藍『いらっしゃい』¥2,530/KADOKAWA
これはめずらしい「笑える」歌集です。フリとオチが効いていて、くすっとできる。仕事や女性だからこその悩みの歌も多いので、yoiの読者の方も共感しやすい一冊ではないかと思います。
グッときた一首▶︎「天国に行くよ」と兄が猫に言う 無職は本当に黙ってて
山崎聡子『青い舌』¥2,310/書肆侃侃房
テーマは「子育て」。子育て短歌は「子どもかわいい!」という歌になりやすいのですが、この本は少し不安で不穏なんです。そこに切実さがある。「子育ては楽しいだけじゃない」という方にも。ただの共感でもなく、単純に救われるでもない、不思議な感覚になるイメージです。
グッときた一首▶︎舌だしてわらう子供を夕暮れに追いつかれないように隠した
谷川由里子『サワーマッシュ』¥1,980/左右社
この歌集を読むと、楽しい気分になれます! もやもやしている自分の手をさっと引っ張って、ぐいぐい前に進んでくれるような頼りがいがある。すごくキュートで爽やかな歌集です。
グッときた一首▶︎風に、ついてこいって言う。ちゃんとついてきた風にも、もう一度言う。
大森静佳『カミーユ』¥2,200/書肆侃侃房
世の中に対する怒りや悲しみのようなものがギュッと濃縮され、情念を強く感じさせる歌集です。いわゆる「わかりやすい」短歌でない作品が多いのですが、とにかく圧倒的な迫力があって、おすすめです。「これはどういう意味なんだろう」と考えながら短歌を読んでみたい方に。
グッときた一首▶︎時間っていつも燃えてる だとしても火をねじ伏せてきみの裸体は
働く三十六歌仙『うたわない女はいない』¥1,980/中央公論新社
今注目の女性歌人36名が「労働」をテーマに詠んだ歌を1冊に収録したものです。様々な職業の方がいますし、見開きに短歌8首+労働エッセイという構成で、読み応えがあります。岡本真帆さんや上坂あゆ美さんなど、今勢いのある方もたくさん参加されているので、この歌集を買って「好きな歌人探し」をしてもいいかもしれません。
グッときた一首▶︎業界の未来を語るおじいさんおじさんおじさんおじいさんおじ (浅田瑠衣)
撮影/細谷悠美 取材・文/東美希 企画・構成/木村美紀(yoi)