国際女性デーを記念したスペシャル企画の第2弾は、昨年、光文社新書より『アートとフェミニズムは誰のもの?』を上梓し注目を集める写真研究者の村上由鶴さんと、アイドルグループ「アンジュルム」の元メンバーで、現在はソロで音楽活動をしながら、アイドルや美術に関する情報発信を精力的に行っている和田彩花さんが登場。アートやフェミニズムへの関心、大学院への進学など、多くの共通点を持つ同世代の二人に、お話を伺いました。
(左)写真研究者・村上由鶴さん(右)オルタナティブアイドル・和田彩花さん
今回対談したのは村上由鶴さんと和田彩花さん
写真研究者
むらかみ・ゆづ●1991年、埼玉県出身。日本大学藝術学部写真学科助手を経て東京工業大学環境・社会理工学院 社会・人間科学コース博士後期課程在籍。日本写真芸術専門学校非常勤講師。公益財団法人東京都人権啓発センター非常勤専門員。2023年8月に、『アートとフェミニズムは誰もの?』(光文社)を出版したほか、共著に『クリティカル・ワード ファッションスタディーズ』(フィルムアート社)がある。POPEYE Web「おとといまでのわたしのための写真論」、The Fashion Post「きょうのイメージ文化論」など、さまざまなメディアで連載中。写真やアート、ファッションイメージに関する執筆や展覧会の企画も行うなど、多岐にわたる活動を展開。
オルタナティブアイドル
わだ・あやか●1994年8月1日生まれ、群馬県出身。アイドルグループ『スマイレージ』(のちに『アンジュルム』に改名)のメンバーとして活躍。2019年6月にグループを卒業してからは、ソロで音楽活動を続けている。また、アイドル活動の傍ら、大学院で学んだ美術に関する情報発信も行なっている。さらに、2022年からパリに留学し、昨年帰国した。近年は、アイドル界が抱える労働や差別の問題解決に向けた活動にも力を入れている。
アートとフェミニズム、大学院への進学。二人の共通点と興味を持ったきっかけ
——お二人は今回が初対面だそうですが、お互いにそれぞれのことが気になっていらしたと伺いました。
和田さん:村上さんのことは、ネットで本を探しているときに、新書『アートとフェミニズムは誰のもの?』を見つけて知っていました。そして最近も、オンライン報道番組『ポリタスTV』で、彫刻家兼評論家の小田原のどかさんと対談されている映像を拝見して。「素敵な方だな」と思っていたところにちょうどこの対談のお話が来たので、お会いできてうれしいです。
村上さん:見ていただいていたんですね、うれしいです。私は、TBSラジオ『アフター6ジャンクション(※現・アフター6ジャンクション2)』に和田さんがご出演なさっているのを聴いたときから、ずっと気になる存在でした。
和田さんは、“アートとフェミニズムについて考える人なら全員通る”と言ってもいい、若桑みどりさんの『イメージの歴史』を紹介されていましたよね。私自身、あの本は去年出版した『アートとフェミニズムは誰のもの?』を書く際に参考にした一冊で、「これを紹介するとは…!」と驚いたのを覚えています。
もともと、和田さんがアートに興味を持ち始めたのはいつ頃なんでしょうか?
和田さん:15歳のときですね。ある日、仕事の入り時間を間違えて少し暇ができたので、母と一緒に、三菱一号館美術館の開館記念展『マネとモダン・パリ』に行ったんです。そのときに、19世紀のフランスの画家・マネの作品に衝撃を受けて。
それまでは勝手に、“美術作品は美しいもの”というイメージを持っていたけれど、そこで展示されていた絵画には、黒が多用されていたり、倒れた人が描かれていたり…美しいだけではなかったんですね。そこからアートに心奪われてしまい、大学と大学院ともに美術史を専攻しました。村上さんは?
村上さん:私は大学で写真学科に入学したのですが、作品づくりをしていく過程で、いわゆる「広告などでよく目にする写真」と「写真が使われている現代美術」の間にある隔たりがすごく気になるようになったんです。
そんな中、あるときフランス人写真家、ソフィ・カルの『ヴェネツィア組曲』という作品に出合いました。それは、ソフィ・カルが見知らぬ男を尾行して撮影した写真作品なんですが、その続きとして、ソフィ・カルが探偵を雇って自分を尾行させる作品がある。「探偵が撮る写真が作品になるなら、そもそも写真家とは何なのか」と衝撃を受け、写真についてさらに突き詰めて考えたいと思うようになりました。
また大学の卒業制作に取り組む過程で、ゼミの先生から「これでは卒業させられない」という評価を受けたことも、学びを深めたいと考えるようになった理由のひとつです。自分ではとても気に入っていた作品でもあったので、「自分の作品について、私は十分に語る言葉を持っていない」と感じたんですね。結局大学院から博士課程に進み、今は写真の研究や現代アートに関する執筆だけでなく、人権啓発の仕事もしています。
大人になりたいのに、子どもっぽいままでいることを望まれる。そんなときフェミニズムアートに出合った(和田さん)
——アートの他に、お二人のもうひとつの共通点といえば、「フェミニズム」です。村上さんは主に写真や現代アートを通して、和田さんはアイドルや音楽活動を通してフェミニズムについて発信していらっしゃいます。お二人が、そもそもフェミニズムに興味を持ち、今の発信をするようになるまでには、どのような経緯があったのでしょうか。
村上さん:私の場合、ミランダ・ジュライやレナ・ダナム、エマ・ワトソンなど、海外セレブたちが女性の人生について語る姿に、大きな影響を受けたと思います。また大学生の頃、当時13歳で雑誌「Rookie」を立ち上げたダヴィ・ゲヴィンソン(Instagram/@tavitulle)がとても注目されていて、彼女がフェミニズムについて発信していたのを見て、フェミニズムはおしゃれなものなのだと感じていました。
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村上さん:そこから自分でも調べるようになりましたが、アートとフェミニズムのつながりについて考え始めるようになったのは、大学院に入ってからです。その時期、国際芸術祭『あいちトリエンナーレ2019』で開催された企画展『表現の不自由展・その後』に対して抗議や脅迫があってわずか3日で中止になったことをはじめ、「アートに対する思い込みによって、社会にきちんと受け入れられていない」と感じる出来事が多くありました。
先ほど、和田さんが「美しくないアートもあることを発見した」とおっしゃっていましたが、まだまだ世間では、“美しくなければアートではない”、“理解できない人は相手にしていない”という認識が根強くある気がしています。同じように、フェミニズムも、“怒っている女性たちの負け惜しみ”、“フェミニストは感情的で怖い”といった印象がつきまとっている。
実際、どちらも難解で、権威主義的かつ排他的に見えてしまうという問題は抱えていると思います。アートとフェミニズムのフィールドを行き来しながらこの問題について考察し、発信することで、どちらに対しても、社会からの理解を深められるのではないかと思ったことが、著書のテーマにつながっています。
和田さん:村上さんが発信されているアートとフェミニズムの関係性、とても面白いと感じました。私もフェミニズムに興味を持ったのは18〜19歳、大学生の頃です。当時は、アイドル活動をしながら大学に通っていたのですが、私が身を置いていたアイドル業界は、“アイドルらしさ”や“女らしさ”が強く期待される社会。それにとても違和感があって、反発もしていた。
同時にその頃、自分のアイデンティティやセクシュアリティについても迷いがあり、つねにモヤモヤした感情を抱えていたのを覚えています。
そんな中、大学でフェミニズムの文脈でアートについて学ぶことで、アイドル活動で感じる違和感とつながっていることに気づいたんですよね。そこからは、図書館でフェミニズムの本を読み漁る日々が続きました。
村上さん:そのときに出合ったフェミニズムアートで印象的なものはありますか?
和田さん:現代美術作家・やなぎみわさんの写真作品「フェアリーテール」シリーズかなあ。“老い”と“若さ”をテーマにした作品で、はじめて見たときは「怖い」という感覚に陥りましたが、同時に、自分の中にある偏見や固定観念に気づいたんです。
というのも、私はアイドル業界にいたときに、ずっと幼いままでいることを期待されていて、それがすごく嫌だったんです。自立した大人になりたいのに、いつまでも子どもっぽいままでいることを望まれる。
その状況に心苦しさを感じていたときにこの作品に出会い、若さが女性の価値のすべてではないことや、老いも含めた人生の多様性を感じることができました。
村上さん:その“若さ”や“幼さ”を求められると感じたのはどんなときだったんでしょうか。
和田さん:例えば、「前髪を切りなさい」と言われたとき。やっぱり前髪があると、可愛らしい印象になるので、18〜19歳の、子どもと大人の境目くらいの時期にすごく言われた記憶があります。とはいえ私は反抗していましたし、自分がやりたいようにやっていましたね。もともと私は自分の意見がかなりあるタイプで。
だから、とにかくこの時期は、まわりから押し付けられる“こうあるべき”に対してすごく憤りを感じていて、ラジオや自分のブログで、その想いについて度々話していました。
でも、ひとつよかったことは、まわりにいたメンバーが、わりと私と同じようなマインドの持ち主で、同じように憤っていたこと。そして、周囲に言われたスタイルに従うのではなく、自分が着たい服、したい髪型やメイクを貫いて、お互いに“いいね”と言い合いまくっていた。大人たちに自分が守りたいことを侵害されずに活動できていたことは、本当によかったなと思います。そのときの経験が、アイドルと人権について発信する今の活動につながっています。
村上さん:そんな仲間がそばにいるって心強いし、すごく素敵なことですよね。
和田さん:ジェンダー関係なく、同じマインドの人はやっぱりつながれると思うんです。自分が違和感を感じたことを共有していくことで、まわりの人と支え合えると思うから。
大きな変革のために諦めずにひとりひとりが自分のできる行動をし、思考し続けるプロセスこそがフェミニズム(村上さん)
——アートやフェミニズムが抱える問題に向き合い続けていると、「この状況を変えることはできないのではないか」と、時に無力感を抱いてしまう瞬間があるのではないかと想像します。お二人はそんな気持ちと、どのように向き合っているのでしょうか?
和田さん:夫婦別姓の導入など、なかなかスムーズに進まずもどかしい気持ちになることもありますが、自分はわりと前向きに活動できていると思っています。むしろ、トークイベントなどで同じような志を持った人に会うと本当に感動して、ポジティブに頑張ろうと勇気をもらえる。
村上さん:そういう仲間がいるのは心強いですよね。私は、フェミニズムを長期戦だと考えています。じわじわと広がる草の根的な活動であり、変化にはとても時間がかかる。すぐに現状を変えることはできなくても、大きな変革のために諦めずに一人一人が自分のできる行動をし、思考し続けるプロセスこそがフェミニズムであると考えているし、次の可能性につながると思っています。
例えば先日、勤務している人権啓発の施設で、性的マイノリティの方の人権について講演会を開催したことがあったんですが、あるご年配の参加者から、「LGBTQ+には反対です」という感想が届いたんです。他者のセクシュアリティは「反対」するような対象ではないわけで、私としては残念に感じたのですが、活動をしていく中でこういう経験はたびたびあるんですよね。
和田さん:えー! そんなことがあったんですね。
村上さん:そのときは、「思考が固まってしまった人の意識を変えるのは難しいのかな」と一瞬絶望しかけますが、ほかの人にとっては、性的マイノリティについての理解を深めるきっかけになったかもしれない。これは、ポジティブシンキングすぎるかもしれませんが、諦めそうになったときは、啓発の見えない可能性を考えるようにしています。
和田さん:なるほど…。それは書面で届いた感想で直接お話することはできなかったと思うのですが、例えば目の前に相手がいる場合、もし相手の発言に傷ついたり違和感を感じたのであれば、私は我慢して飲み込まず、正直に気持ちを伝えるようにしているかも。とはいえ、意見を言うことが権力関係を作ってしまっていないか、ということには自覚的でいたいと思っているのですが。
それから言葉選びにも気をつけているかもしれません。大学院時代は、「自分が発信する言葉をつねに疑え」と教授から言われていたので、「今発しようとしている言葉は適切か」を意識しながら伝えるようにしているかなあ。
村上さん:わかります。私も違和感を感じたときは、できるだけ言葉を選んで、丁寧に気持ちを説明ことは心がけていると思う。例えば以前、フェミニズムにとても関心が高い方が、“結婚する側のあちら側”と“結婚しない側の私たち”という対立構造を作って、結婚を選択する人を非難するような表現をしていたことがあり、それに少し違和感を抱いたんですね。
でも、やっぱり現在の日本の状況だと、結婚することで金銭的にもメリットがあるし、生存戦略として結婚せざるを得ない人もいる。もちろん、結婚したいという夢を抱いている人もいる。だからそのときは、「“日本の婚姻制度の問題”と“その人が結婚を選ぶこと”は別物だと思う」という自分の意見を伝えて一緒に考えましたね。
写真が生み出す権力関係、アイドルの労働問題…。これから二人が向き合いたいこととは
——お二人の発信に、希望をもらったり共感する人も多いのではないかと思います。これまでのご活動や研究を踏まえて、お二人は今後、どんなことに取り組んでいきたいと考えていますか?
村上さん:私は、写真が暴力になることについて研究を深めていきたいと思っています。というのも、写真芸術について文章を書くなかで、カメラや写真そのものの暴力性について、考える必要があると思っています。特に、スマホの登場によって、写真は“鑑賞するもの”から、“誰もが撮影し、撮影され、SNSに投稿するもの”に変わってきていて、それに伴って写真に関連するトラブルが起こりやすくなっていますし、写真の持つ影響力も変わってきているんです。
例えば、“リベンジポルノ”において、写真が“脅し”や”暴力“の道具になる経緯について研究していて。なぜ裸の写真を撮るのか、なぜ撮らせてしまうのか、それが親密な関係性を示す記録から、どう凶器に変わっていくのか…。リベンジポルノという特殊な状況でなくとも、カメラを向けられると、被写体は自然と言われた通りにポーズをとってしまいますよね。「右向いて」と言われたら、右を向いてしまうように、カメラの存在が被写体の主体性を奪い、撮影者が一種の権力を持ってしまうことがある、とか。
和田さん:面白い…! 私はずっと“写真を撮られる側”だったので、村上さんの研究、とても興味があります。それこそ昔、ある撮影で、“お姉さん座り”のポーズを上から撮らせてほしいと言われた経験があって。絵画で「下から見上げるようなアングルだと、服従しているようにも見える」という画角について勉強していたので、できるだけ上目遣いの受け身な見え方にならないように自分で調整していましたね。
村上さん:なるほど。撮られてきた側ならではの経験、という感じがします。和田さんは、今後挑戦してみたいことはありますか?
和田さん:私は、アイドルのユニオン(労働組合)を作りたいですね。アートの世界には、現代美術に携わるアーティストによるユニオンがあって、不当な搾取やハラスメントのない環境整備をしていこうという動きがあるんです。でも、不当な搾取や人権について考えなければならないアイドル業界には、今それがありません。アイドル文化が根付く日本で業界全体が健全に発展するためにも、絶対にユニオンはあったほうがいいと思うんです。
村上さん:それ、すごくいい。アイドルは、事務所との契約とか、交渉事項も多そうだし…。
和田さん:そうなんです。頼れる場所を作りたいなと。
村上さん:私は、研究の傍ら、人権啓発の仕事をしているのですが、労働者の権利を守るための組合活動は本当に重要だと感じています。アイドルの業界のユニオンができること、楽しみにしています!
村上さん&和田さんが推薦! 「フェミニズム」に興味を持ったら読みたい一冊
村上さんセレクト『説教したがる男たち』/レベッカ・ソルニット著
『説教したがる男たち(原題:Men Explain Things to ME)』¥2640
/レベッカ・ソルニット著、ハーン小路恭子訳(左右社)
村上さん:ソルニット自身が体験した「マンスプレイニング(manとexplainの合成語で、男性が相手を見下したような態度で物事を説明したり、解説したりすること)」について綴られたエッセイ。具体例が多く読みやすいので、自分がこれまでに体験したモヤモヤの原因に気がつくきっかけになります。
また読み進めるうちに、“女性の声が奪われ、抑圧されることは、命に関わる危険をもたらすかもしれない”ということがわかってくる。フェミニズムののっぴきならない必要性も感じられるので、まわりの人によくおすすめしている一冊です。
和田さんセレクト 『「女らしさ」とは何か』/与謝野晶子
『「女らしさ」とは何か』/与謝野晶子(青空文庫)
和田さん:青空文庫に掲載されている与謝野晶子さんの評論『「女らしさ」とは何か』は、自分が抱えるモヤモヤを人に伝えたくても言語化できなかったときに出合ってハッとした本です。当時、18〜19歳で、まわりのスタッフに『私が言いたかったことはコレです!』と、この本のリンクを送ったのを覚えています。誰でも無料で読むことができるので、おすすめです。
画像デザイン/前原悠花 取材・文/海渡理恵 撮影/上澤友香 企画・構成/種谷美波(yoi)