「転職に正当な理由はいらない」仕事を変えても自分の心と体を守るには？【『転職ばっかりうまくなる』著者ひらいめぐみさんインタビュー後編】

——好きな仕事に就けることは幸せなことでもありますが、仕事に懸命に取り組むほど、自分と仕事の境目がどんどんあやふやになってきてしまうこともありますよね。仕事とのよい距離感のとりかたを教えてください。

ひらいさん：仕事や職種、会社と自分の人格が密接につながりすぎてしまうとキツいですよね。何事も距離が近すぎると息苦しくなってしまい、純粋に楽しめなくなってしまうので。「私に向いている仕事はこれなんだ」という思いが強くなるほど、たとえ休職しても、体調が戻るとまた会社に戻ろうとしてしまう。

そうならないために、好きの“担保”をたくさん用意しておくようにしています。好きなものがひとつだとそれはそれでつらくなってしまうから、いろんな小さな“好き”を用意しておく。

転職を繰り返していた会社員時代は、執筆が仕事とは異なる好きなことで、それが息抜きにもなっていたんですが、今は本職になったので、別のものを探しています。陶芸とか、散歩とか、キャンプとか、音楽鑑賞とかどんなことでもいいのかなって。好きなんておおげさなものでなくても「やりたいか、やりたくないかでいったら、やりたい」くらいのスタンスでもいいのかもしれません。10%でもいいから仕事に介入されない、“自分だけ”の部分を持っておくのがよいと思います。

じつは今、フリーランスの編集・ライターとして働くかたわら、倉庫でのバイトも週1回続けているんです。文章を書く仕事を続けるためには、「書かない時間」が必要だと感じていて。フリーになったら、必ず文章以外の仕事もしようと決めていたんです。それに、月々の固定収入がある安心感もあります。

それこそ私にとって、倉庫での作業は「やりたいか、やりたくないかでいったら、やりたい」仕事です。家から通勤まで１時間以上かかるし、冬は寒く夏は暑い。不便に感じることはいくつもあるのですが、本業と別の軸を持てるのは心地よいです。もう２年以上同じ場所で働いています。

——「今辞めたら会社に迷惑をかけてしまうかも」「もう少し我慢したら環境がよくなるかも」と悩んでいるうちにどんどん辞められなくなる方も多いと思います。

ひらいさん：はじめての転職が最も勇気がいることなのですが、一回転職すると「働く場所はここだけじゃなかったんだ」「案外こんなものなんだ」と気づけます。実際に転職しなくても、転職サイトを見てみるだけでもいいかもしれません。「あれ、今の会社って意外と条件いいのかも」と気づけることも。友達の悩みを聞くこともありますが、アドバイスできることは「辞めたいと思ったら辞める」ということだけ。辞めることに正当な理由なんてなくていいんです。

また自分が我慢して働くことは、下の世代にさらにつらい思いをさせてしまう可能性につながるのかもな、と最近考えています。会社が嫌なのに居続けることで結果的に、その環境を許容していることにもなってしまうので。

私が辞めたことで、環境がよくなっている会社もあります。上の人たちの間で話し合いがされたのか、「より働きやすくなった」と元同僚から聞きました。転職することは自分勝手なことではない、ということは伝えたいですね。

——健やかに今の仕事を続けていくために、何か心がけていることはありますか？

ひらいさん：今の仕事は「やりたいこと」を実現できてはいますが、この先どんな仕事をしているかは自分にもわかりません。まったく異なる仕事をしているかもしれません。

まず大事なのはどんな仕事に就くかよりも、自分がみじめな思いをしないこと、そして自分を極めること。自分の心と体を守れるのは、自分しかいませんから。これは体調を崩して休職をした私が身をもって感じたことです。

繰り返しになりますが「辞めたくなったら辞める」「仕事はあくまでも人生の一部である」というのを大前提にしています。市場価値で、人生が決まるわけではないので。むかつくことがあったら、好きなヒップホップアーティストのリリックを聞いて、勇気をもらうこともあります。

今の仕事を続けるために、体力をつけなきゃと思ってジムに通いはじめたのに、動けなくなって救急車で運ばれてしまったことがあり……。私の場合は、食生活の改善が課題かもしれません。集中するとグミばっかり食べてしまうので（笑）。

取材・文／高田真莉絵　構成／渋谷香菜子