人間に生まれつき備わっている回復力や強みを6つのチャンネルに分けた、ストレスコーピング(ストレスに対処する方法)のモデル「BASIC Ph」。6つのチャンネルである「Belief(信念)」「Affect(感情)」「Social(社会)」「Imagination(想像)」「Cognition(認知)」「Physiology(身体)」のうち、どれを自分が得意としているのかチェックする方法とその生かし方を、BASIC Ph JAPAN代表の臨床心理士、新井陽子さんにお聞きしました。
BASIC Ph JAPAN代表
臨床心理士、公認心理師。BASIC Ph JAPAN代表。日本EMDR学会所属。公益社団法人被害者支援都民センター勤務。東日本大震災の復興支援に関わり、その際にBASIC Phとその提唱者・ムーリ・ラハド博士と出会う。
得意なBASIC Phチャンネルの調べ方①まずは自分のストレス発散法を10個書き出してみる
――「BASIC Ph」を使いたいと思ったときに、どうすれば自分の得意なチャンネルを知ることができるのでしょうか。
新井さん:簡単な方法をひとつお伝えします。「仕事でミスをした」「パートナーとうまくいかない」「友達とケンカした」など、ちょっとしたうまくいかないことが起きたとき、自分がどのようなことをしているかを思いついた順に10個ほど書き出してください。
書き出すものはどんなことでもOKです。大きなことでも、小さなことでも大丈夫ですが、具体的に書き出してみましょう。例えば「電話をかける」「深呼吸する」「ストレッチする」のような行動でもいいし、「関わる人の気持ちを考える」のような思考でもいい。また、「ずっとぐるぐる心配している」のような、直接解決につながらなかったり、ストレスが発散できないようなことでもOKです。いいことだけではなく、「できればやりたくないけど、でもやってるな」「人には知られたくないな」ということも、よくやっていることは書き出してください。
得意なBASIC Phチャンネルの調べ方②チェックリストからよくやる行動をチェック!
新井さん:書き出したものを、以下にあるリストからどのチャンネルに分類されるかをチェックしてください。全く同じものが載ってなければ、近いものがあるチャンネルを当てはめてください。また、確認しながら「あ、この対処法、結構やってるな」というものを見つけたら、それもプラスしてカウントしてOKです。それほど厳密でなくて大丈夫ですから、楽しみながらチェックしてみてください。
終わったら、チェックした対処方法をチャンネルごとに数えてください。ある程度偏りが出てくるはずです。対処方法の数が多ければ多いほど、「得意なチャンネル」になります。人によって1〜3個ほど、得意なチャンネルが見つかると思います。
Belief(信念)
社会的理想、倫理的価値、自己信頼感、宗教的信念などにより、アイデンティティを明確に確立することに基づく能力。
【行動例】
出来事に意味付けする。自他を信じる。神に祈る、運命を信じる。「何とかなる」と楽観視する。「ま、いっか」と諦める。自分自身の価値を信じる。経験の意義を探究する。逆境から成長すると捉える。なりたい姿を思い描く。自己啓発本を読む。伝統儀式への参加や礼拝・お祓い。縁起を担ぐ。神社仏閣巡り。座右の銘や格言を信じる。使命感を持つ。自分を鼓舞する。
「〜するべきだ」と考える(べき思考)。自責思考。何かや誰かを盲信する。不合理な信念でも信じ続ける。迷信的思考。ただ耐える。
Affect(感情)
起きた問題に対して泣く、怒る、悲しむ、落ち込む、笑うなどの直接的な感情表現のほか、感情について考えることや、作品や場所、人などによって感情を引き出すことも含まれる。
【行動例】
悲しむ、怒る、泣く、笑うなど様々な感情を表出する。落語やコメディ・お笑いを見て気分転換する。感動する・共感する映画を見て感情を表す。お化け屋敷、絶叫マシーンなどで気持ちを発散させる。日記や文書に気持ちを書く。絵を描く、何かを造る。誰かに気持ちを聞いてもらう。毛布などに包まり安心感を得る。
八つ当たり。感情を隠したりないものにする、罪悪感を持つ。後悔をする。落ち込む。
Social(社会)
親しい誰かと接したり、誰かと作業をしたり、新しいコミュニティを探したり、人や社会とのつながり、役割によって回復する。逆に社会との遮断も含まれる。
【行動例】
家族やパートナーと過ごす。誰かと会う。誰かに相談する。SNSなどで発信する。誰かとつながる。サークルやボランティア活動などを通じて人とつながる。興味関心があることでつながる。父親としての役割や課長としての役割など、役割があることで、困難に対処する。
人から距離を取る。引きこもる。
Imagination(想像)
空想や想像を使うチャンネル。ものの見方を変化させる。頭の中で想像することだけでなく、映画や小説やゲームなどファンタジーの世界に没頭する、創作活動や演じることも「想像」。
【行動例】
現実にはできないことを空想の中でやってみる。別の見方や意味づけができないか再考する(リフレイミング)。ファンタジーやイマジネーションの力を使った気晴らし。コンサートやミュージカルや美術館などアートに触れる。ファッションや創作活動、演劇などクリエイティブな活動。テレビや映画などを観て、想像力を活性化する。ごっこ遊びやテーマパークに行く。
現実逃避的な空想。ギャンブルなどに依存。自分の心を切り離す。
Cognition(認知)
情報収集や問題解決に向けた思考、優先順位をつけるなど、問題に向き合って回復につなげる。他にもクイズやパズル、謎解きなど頭を使うストレス発散も含まれる。
【行動例】
情報を収集し、論理的な分析、優先順位などを考えて現実的な戦略を立てる。やることリストを作る。ブレーンストーミングをする。タイムラインを考える。データを活用する。言語化、可視化する。計画を立てる。本を読む。資格を取る。過去の経験から解決策を探る。クイズやパズル、謎解きゲームなど。
考えることを放棄する。批判的に思考する。
Physiology(身体)
「身体を動かす」「身体に働きかける」チャンネル。自身の身体の動きだけでなく、マッサージやマインドフルネス、お酒や煙草など、身体に影響を与えるものも含まれる。
【行動例】
体を動かす、スポーツをする。散歩する。食事やおやつを食べる。薬やサプリをとる。お酒を飲む。タバコを吸う。寝る。料理を作る。お風呂に入る。マッサージ。深呼吸や発声。掃除する。セックス。ストレスが身体症状として出る(胃痛・頭痛・皮膚炎など)。
過度な運動。飲みすぎる。自棄食い。拒食。過剰な服薬。自己破壊的な行動。
得意なチャンネルを中心に、ストレスコーピングに役立てよう
――自分の得意なチャンネルの中に書いてある行動が、自分に向いているコーピングということですね。
新井さん:そのとおりです。得意なチャンネルの中に今はやっていないけれど興味があるものを見つけられたなら、次にまた「回復する」機会があれば、試してみると良いと思います。
――行動の中には、先生がPart2でおっしゃっていたとおり「本当はやめたいのにやってしまう」「人に見せたくないな」「その場はしのげても状況が悪化するのではないか」と思うようなものが含まれています。これもコーピングとして選んでいいものなのでしょうか。
新井さん:コーピングに「いい/悪い」はない、というのがBASIC Phの考え方の特徴です。まずは、ご自身のチャンネルを知るというアセスメントに利用してみましょう。その上で、現実的にその対処方法は、適応的でないと感じられたら、「より安全に」「より長く生き延びる」ために別の方法を選ぶことが役立つと思います。
その別の方法を選ぶ際に役立つのがBASIC Phなんです。つまり、ご自身の得意なチャンネルの中から、別の安全な方法を選べばよいのです。得意なチャンネルの中にある別の方法は、チャレンジしやすいものです。
例えば、依存症や自傷行為についての書籍をたくさん書かれている精神科医・松本俊彦先生は、その著書※の中で、自傷する人にとって「自傷は『死にたいくらいつらいいま』を生き延びるのに役立っている」のだろうと書かれています。
つまり、心があまりに苦しくて辛い時に、身体を傷つけることは、一時的に心の痛みが身体の痛みに変わるので、その瞬間は、生き延びることができるのです。ですが、生き延びるために身体を傷つけていると、いつかは生き延びるためにしていた行為に自分が振り回されてしまうという本末転倒な状況がやってきてしまいます。
BASIC Phでは、生き延びるための自傷行為を非難することはなく、身体を傷つける行為は、Phのチャンネルと捉えることができますから、その人の得意なチャンネルの一つがPhだと考えるのです。そして、Phに含まれる別のバランスの良い対処法を考えていくのです。
※松本俊彦 著『自分を傷つけずにはいられない 自傷から回復するためのヒント』(講談社)
隣接するチャンネルを使うのもおすすめ
――得意なチャンネル以外も、使うことはできるのでしょうか?
新井さん:Vol.1でもお話ししましたが、基本的に人間はすべてのチャンネルを使えます。得意不得意があるだけで、Bが多かったからと言って、「私はBの人だ」というわけではないんです。
なので、得意なチャンネルの具体例を試してみても対処や回復できない場合は、他のチャンネルを取り入れてみると、うまくいくこともあります。もとからうまく使えているチャンネルを伸ばすのもひとつの手ですが、不得意なところを伸ばしてみるのもいいかもしれない。一覧を見て、ピンときたチャンネルにチャレンジしてみてください。
どのチャンネルを増やすか迷った場合は、ヒントがあります。「BASIC Ph」の、「得意なチャンネルの両隣にあるチャンネルは伸ばしやすい」という特徴です。隣接した領域が名前の上でもちゃんと隣同士になっているんですよ。Bの方だと「A」と「Ph」が、自分に合っている可能性が高いチャンネルになります。
得意なチャンネル同士や隣接するチャンネル同士を組み合わせた対処法もおすすめです。例えば、「神社仏閣をお参りしながら散策する(B+Ph)」「幸せになる将来を願う(B+A)」のように。そうすればレパートリーは無限大ですよ。より回復力になるものを探してみてください。
【参考】
B+A:人生の中で自分にとって大きな意味を持つポジティブな記憶を思い出す
S+I:推しのコンサート(ライブ)に行く、友達と一緒にカラオケにいく
I+S:写真をインスタグラムに投稿する、友達と一緒に創作活動をする
I+C:小説を書く
C+I:戦略ゲーム、小説を読む
C+Ph:計画的に掃除をする、歩きながら考える
Ph+C:毎日体重をチェックする、カロリーや栄養量を考えて食事をする
Ph+B:目標を決めて運動する
提唱者の推しチャンネルは「Imagination(想像)」!
――6つのチャンネルの中で、これは身につけておくと良いというものや、特に回復力が強いものはありますか。
新井さん:人それぞれ向き不向きもありますし、どれで回復しやすいかは人それぞれですが……実は提唱者のムーリー先生の推しチャンネルは「Imagination(想像)」なんです。これは空想や遊びのチャンネルで、日本人が忘れがちなチャンネルでもあります。使いこなしている人は意外と少ないかもしれません。
例えば、絶望の淵でホロコースト禍に生きた人たちは、人々が集い、歌を歌い、演劇をして過ごしていたという記録が残っています。これは「S」と「I」のチャンネルを使ってその瞬間を生き延びようとしていたと考えられます。
特に、「Imagination(想像)」の可能性は無限大です。
例えば、現在の暮らしは30年前の人々から見たらまるでSFの世界のようでしょう。スマートフォンなんて、『ドラえもん』の道具のように感じるかもしれません。SFの世界を現実のものにした現代のテクノロジーは、「Imagination」の賜物だともいえます。この、ファンタジーを現実に変える力である「Imagination(想像)」を自身のケアに使えたら、とても心強いと思いませんか?
一見、「これは無理だろう」という解決策を思い浮かべられることが、「Imagination(想像)」の強みです。荒唐無稽のように思える空想から、新しい発見や発明のように、問題対処への斬新なアイデアを見つけられるかも可能性がある。さらに、空想の中でその独創的な方法をリアルなものに感じられれば、問題解決の糸口になるでしょう。今までのやりかたが通じないような状況ならば特に、「Imagination(想像)」による斬新なアイデアが、より役立つかもしれません。
「Imagination(想像)」は可能性と自由度を大きく広げてくれるチャンネルです。だから、ムーリー先生の推しチャンネルなんです。
また、起きてしまった出来事を「Imagination(想像)」の力を使い、違う形でとらえ直すこともできます。私は臨床心理士として犯罪被害に遭われた方の支援に携わることが多いのですが、被害に遭われた方は最初は「自分が悪かったんじゃないか」「こうしてれば被害に合わなかったのではないか」と自分を責めてしまうことが少なくありません。
ですが、カウンセリングのプロセスの中で、彼女たちの中のその出来事の意味付けがぐるっと変わる瞬間がある。「あのときを生き抜いた私は力がある」と、悲しみから自分の強さを感じられる体験に変化するんです。
見え方が変わるのって「Imagination(想像)」の回復力なんです。見方を変える。体験に対するイメージを変える。
だからもしよければぜひ、不得意な人も、創始者の推しチャンネルである「Imagination(想像)」も伸ばしてみてください。きっと、あなたの強みになり、どんな問題が起きたとしても、きっと回復する力になってくれるはずです。
参考文献:『緊急支援のためのBASIC Phアプローチ――レジリエンスを引き出す6つの対処チャンネル』(遠見書房)ムーリ・ラハド,ミリ・シャシャム,オフラ・アヤロン 編
佐野信也,立花正一 監訳
新井陽子 角田智哉 濱田智子 水馬裕子 丸田眞由子 岡田太陽 柳井由美 訳
取材・文/東美希 イラスト・企画・構成/木村美紀