2023年4月からスタートした竹田ダニエルさんの連載「New"Word", New"World"」。「言葉をアップデートし、世界を再定義する」をテーマに、政治や経済、メンタルヘルスなどさまざまなトピックを紹介してきました。2024年10月には、本連載とyoiで公開した対談記事をまとめた書籍『ニューワード ニューワールド 言葉をアップデートし、世界を再定義する』を発売し、多くの反響をいただきました。連載は、今回でついに最終回。これまで扱ってきたさまざまなトピックを振り返りながら、アメリカに暮らすダニエルさんを取り巻く環境はどのような状況になっているのか、リアルな話を伺います。

竹田ダニエル 連載 New"Word", New"World"

竹田ダニエル

ライター

竹田ダニエル

1997年生まれ、米カリフォルニア出身・在住。カリフォルニア大学バークレー校大学院在学中。エージェントとして日本と海外のアーティストをつなげ、音楽と社会を結ぶ活動を続ける傍ら、ライターとして執筆。文芸誌『群像』の連載をまとめた初の著書『世界と私のA to Z』に続き、2023年秋に『#Z世代的価値観』(いずれも講談社)を刊行。

トランプ再選後のアメリカはどう変わった?

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——本連載ではたくさんの言葉を紹介してきました。連載に登場した言葉にまつわる状況で、変化したと感じることはありますか? 

ダニエルさん:2024年11月の大統領選後、特に変化を感じるのは、「male loneliness」や「SAHGF」の回で触れたような内容と近いですが、若い男性や白人女性の保守化・右傾化が進んでいること。これまでも、Z世代を中心とした若い世代すべてがリベラルなわけではなく、政治の価値観にはさまざまなレイヤーがあるということは伝えてきましたが、トランプ当選後はより保守的で右派の思想が広がっているように感じます。

——2020年から2024年にかけて、民主党から共和党支持に、(思想的な意味で)シフトした人の多くはZ世代の男性と言われていて、保守層が広がっている印象があります。

ダニエルさん:「Male loneliness」の回とも関連しますが、伝統的な男らしさに惹きつけられ、フェミニズムやジェンダー思想に対して抵抗感が強い青年層も多くいます。特にコロナ禍のロックダウン中に保守系インフルエンサーやコンテンツに影響を強く受けた層だとも言われています。

例えば、トランプは「偉大なアメリカを取り戻す」というスローガンのもと、女性の中絶に反対する政治方針を示しています。男性のあいだではトランプを支持することが、いかにマスキュリニティにとって大事かと語られるようになり、「女性は男性の所有物」と主張する過激な右派インフルエンサーの声も大きくなりつつある。そうした動きによって、女性の権利が脅かされるのではないかという不安が高まっています。

もちろんほかにも、移民排除やトランスジェンダーの人々への攻撃など、「白人のシスジェンダー・ヘテロセクシュアルな男性」以外の人口層を敵視するような発言と政策が特徴的です。

——一方で、トランプ支持者には女性も多くいますよね。先ほどおっしゃっていたように、特に白人女性が右傾化している状況に対して、その反発としてのフェムニズム運動などは起こっているのでしょうか?

ダニエルさん性差別や攻撃的な言動を行うトランプが大統領選に当選した後、韓国発のフェミニズムムーブメント・4B運動がアメリカのSNS上でも話題になりました4B運動とは2018年に韓国で始まったもので、韓国語で4つの「B」で始まる単語、「結婚しない(bihon)/子どもを産まない(bichulsan)/恋愛しない(biyeonae)/セックスしない(bisekseu)」を意味しています。多くの女性が4B運動への参加をSNSで表明し、トランプ支持者の男性を非難したんですね。でも、ネット上でのフェミニズムの議論と現実世界の実態は乖離していると感じていて。

というのも、ネット上ではキャンセルカルチャーによって性加害を行った男性がキャリアを奪われたとか、#MeToo運動によってポジティブな変化が起きたと言われているけれど、実際にはミソジニー発言をしたり、性加害で告発された男性がいまだに活躍しているのが事実。例えば、俳優のアンセル・エルゴートは未成年者への性加害疑惑が晴れていないのに、映画『ウエスト・サイド・ストーリー』の主役に抜擢されています。

一方で、トランプ支持者の彼氏や夫との別れや離婚を決意した、という女性たちの声も徐々に増えています。単なる「政治思想の違い」ではなく、差別や抑圧、排除に基づいた価値観の矛先が自分にも向けられてしまうと、その違和感や嫌悪感に耐えられなくなるような人も多いです。

人々のあいだで、無自覚な保守化が進む理由

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——連載では「doomer」や「Sephora kids」など、SNS関連のトピックもたくさん紹介してきました。その後、SNSにまつわる動きはどう変化していますか?

ダニエルさん:Xについていえば、イーロン・マスクが買収してから、環境が悪化していると感じます。たとえば、ケンブリッジ大学英文学の博士課程を修了したことを卒業論文を手に持って報告した女性の投稿に「税金の無駄遣いだ!」といったようなたくさんの批判や怒りのメッセージが寄せられたことがおおいに話題になりましたが、他にも日々たくさんのヘイトコメントや危害を加える発言など、本来しっかりとモデレーションが行われているプラットフォームだったら決して野放しにされないような投稿が、むしろ助長されるような環境になってしまっています。トランプ再選後に肥大化したトキシック・マスキュリニティの影響によって、女性やLGBTQ+の人をいじめていいみたいなムードをSNSで感じますよね。

マスクがXを収益化したことによって、インプレ稼ぎを目的とした過激な発言や、ミソジニーを助長するような言動も目立つようになりました。その背景にはマスクを支持してXに課金している人たちのコメントを表示しやすくしたり、ハラスメントを通報してもなかなか消さないからとも指摘されています。

その結果として、どんな投稿も悪意が含まれているように感じてしまうし、建設的な議論ではなく攻撃と炎上が繰り返されるようなプラットフォームの性質が強まってしまったと感じます。

——SNS上のムードが、悪い方向に向かっているのですね。

ダニエルさんアメリカでは今、熱狂的なトランプ支持者だけではなく、無自覚な保守化がじわじわと広がっていると言われています。たとえば、ピクサーの新しいアニメシリーズではトランスジェンダーにまつわるシーンを削除したとか、A24が2025年に配給予定の映画『Warfare』はイラク戦争をテーマにした作品で、人気俳優を集めて軍人をヒーロー化しているといった話も。こうした「ささやかな保守化」の現象も政治の影響なのではないかと言われています。

トランプが再選して、強い恐怖を抱えているのは女性やLGBTQ+の人だけでなく、移民の人も同じです。トランプ支持者の中には「農業に従事しているまじめな移民だったら、追放しなくてもいい」と思っている人もいるけれど、まじめに働いている移民の人だって、トランプの政策下では追放の対象になってしまいます。最近では学生ビザを保有する留学生が、大学に事前の説明もなくビザを剥奪されるような件も相次いでいるし、「不法移民だから」や「過去に罪を犯したから」強制送還やビザ剥奪をされるわけではない、もはや誰がターゲットにされるかわからないという恐怖と不安のムードが広がっています。

さらに、全米の農業労働者のうち不法移民は4割を超え、建設現場でも貴重な働き手です。しかし、摘発を恐れて出勤を控えているから、収穫されない農作物が放置されていたり、工事が進まないといった問題がすでに起きています。移民の労働力、そして世界中から集まってくる留学生たちの貢献に頼ってきたアメリカの経済が、トランプ政権下でどうなっていくのかも不安な要素ですね。

——自分やまわりの人が声を上げて訴えていかないと、あっという間に権利を奪われてしまいそうです。

ダニエルさん:そう。だから、どうやって抵抗するかにつきるというか。暗い話にはなってしまいますが、デモや署名活動をやってもあまり変わらないと感じている人も多い。それは、日本も同じような状況かもしれませんね。

“絶望の国”アメリカで感じた小さな光

——明るいニュースはありますか? 

ダニエルさん:状況的にはどうしても、絶望的な話ばかりになってしまうんですが…あえて言うなら、自分の身の回りに信頼できるコミュニティを作ろうという動きが少しずつ広がってきていることでしょうか。リアルな場でもオンラインコミュニティでも、相互支援を大事にしようとする動きが広まっています。

あとは、2024年11月22日にアメリカで公開された映画『Wicked』が大ヒット、公開6週目の時点で全世界興行収入の歴代記録を更新し、現在も話題が続いていることは、私は明るいニュースだと思っています。原作は人種差別や階級社会の格差、性的マイノリティ差別、性暴力、ネグレクト、宗教問題などさまざまな社会問題を含んでいて、なおかつ映画版のキャストにはクィアの方が多く抜擢されている。右傾化が進む今のアメリカで、そういったテーマの映画を多くの人が観ていることはすごいと思うし、希望も感じますね。

——連載ではメンタルヘルスについても、「therapy speak」や「venting」の言葉をもとに論じてきました。メンタルヘルス関連で、何か変化はありましたか? 

ダニエルさん:アメリカではここ数年でセラピーがより一般的になりましたが、そこから生まれる問題もいっぱいあって、失敗と学びを繰り返している段階だと思います。日本ではアメリカほどセラピーが身近ではないと思いますが、連載でメンタルヘルスのトピックを扱ったことで、日本の方から「もっと自分のメンタルヘルスをもっと大事にしていいんだって気づきました」というような感想をいただいたのはうれしかったですね。セラピーを受けることだけが正解だとは思わないけれど、そういうオプションがあることを知ったことで、少し気持ちが楽になればと思います。

カルチャーもファッションも政治も経済も、すべてはつながっている

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——今の私たちを取り巻くさまざまな問題はバラバラではなく、つながっているということをこの連載を通じてより強く感じました。ダニエルさんはさまざまな問題をジャンル(SNS、カルチャー、政治、経済など)を横断して語る独自の視点を持っていると思います。そういった視点を持ち続けるために、日々心がけていることはありますか? 

ダニエルさん:私が取り上げているトピックって、自分が当事者であることが多いんです。日常で「なんか嫌だな」と感じたり、「なんでこんなに話題になってるんだろう?」と気になることがあるから調べる。すると、その背景にあるものが見えてきて、政治や経済などいろんな社会問題につながっていく。その気づきを忘れないためにXに綴っているから、音楽の話が政治やメンタルヘルスの話にスライドしたり、映画の話題がフェミニズムや経済問題へとシフトしていると感じられるんだと思います。

日本語で発信する時は、日本にはまだ伝わっていなかったり、話題になってないことを伝えようと心がけています。「アメリカでは『Wicked』のアリアナ・グランデの衣装がかわいくて注目されています」といったような表面的な話じゃなくて、アメリカでなぜこの作品が人気なのか、観客のあいだでどういう議論が起こっているのかといったリアルな状況を伝えることが自分の役割かなと感じていますね。 

——連載で紹介した「mob wife」は、ひとつのファッショントレンドですが、その裏にある思想や経済の仕組み、社会問題が絡めて論じられていて面白いなと思いました。

ダニエルさん:ファッションも社会と切り離されているわけではなくて、つながっていますからね。

私が発信を続けられているのは、自分にできることをやらないと後悔するっていう意識があるからかも。多くの人から注目されたくて発信しているわけではないけれど、私の本や記事を読んで「世界が広がりました!」と言われると、手ごたえを感じられるし、発信し続けていてよかったと思います。私自身、誰かが書いた本やコラムを読んで、新しい考えを知ったり、自分を肯定してもらえたような気分になったことがあるから、私も同じように、誰かの視界が開けるきっかけを生み出せていたらうれしいなと思います。 

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ニューワード ニューワールド 言葉をアップデートし、世界を再定義する

構成・取材・文/浦本真梨子 企画/木村美紀(yoi)