乃木坂46を卒業後、心理カウンセラーとして活躍する中元日芽香さん。1期生として活躍するなかで心身の不調に悩んでいたという彼女が、心理カウンセラーというセカンドキャリアを選んだ理由とは? さらに、“推される側”を経験し、“推す側”のメンタルにも寄り添ってきた彼女ならではの視点で、推し活とメンタルヘルスの関係について語ります。

中元日芽香

心理カウンセラー&メンタルトレーナー

中元日芽香

1996年4月13日生まれ、広島県出身。2011年からアイドルグループ・乃木坂46のメンバーとして活動し、2017年に卒業。早稲田大学で認知行動療法やカウンセリング学などを学び、2018年にカウンセリングサロン「モニカと私」を開設。心理カウンセラーとして活動を始め、今に至る。著書に『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』『なんでも聴くよ。中元日芽香のお悩みカウンセリングルーム』(共に文藝春秋)。現在、ポッドキャストサイトPodcastQRにて、パーソナリティを務める『中元日芽香の「な」』を配信中

インタビュー【元乃木坂46・中元日芽香の現在地】

「私が心理カウンセラーというセカンドキャリアを選んだ理由」

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――心理カウンセラーを目指したきっかけは、どんなことだったのでしょうか?

私自身が心理カウンセラーさんにお世話になって、救われたことがいちばんのきっかけですね。

不調の裏側に実は自覚できていない悩みがあり、それを解決できていないことがストレスとして積み重なっていることや、まわりと比べすぎてコンプレックスが強くなってしまっているなど、心に大きな負担がかかっていることを、カウンセラーさんとお話しすることで知ることができました。それが、体の症状としても出てきてしまっていると、教えてもらいました。

もともと、乃木坂46を卒業後は芸能活動をしていこうとは思っていませんでした。とはいえ何をしようかというのも決まっていませんでした。そんななかで、心理カウンセラーさんに出会ったことで「ああ、すごく素敵なお仕事だな」「もっとカウンセリングの文化が広まったらいいな」と思うようになったことが、現在のキャリアにつながっています。

初めは元乃木坂46のメンバーという肩書きがどう見られるのか不安に思うこともありました。しかし今では、「カウンセリングの文化やメンタルヘルスの大切さを広めるために役立つかもしれない」と思っています。実際、クライアントさんのなかには、「ウェブニュースを見て来ました」と言ってくださる方もたくさんいらっしゃいますし、カウンセリングに抵抗がある人の抵抗感を減らすことができているかもしれません。

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――中元さんが、カウンセラーとして大切にしているのはどんなことですか?

私自身の先入観や考えを押し付けない、ということです。答えは相談者さんご自身が持っていると思っていて、それを引き出すお手伝いをさせていただいているという心がけでいつもやっています。なのでお話を聞くときは自分自身がどう考えているかではなく、目の前のクライアントさん一人一人の、これまで生きてきた人生やその方が持っている常識などをなるべく聞かせていただいて、その世界により添った上で一緒に問題解決をするのか、愚痴や不安や悩みを吐き出してもらうのか、どんなお手伝いができるのかと考えます。

1時間話したことで、人生が変わったとまではいわなくても、前向きになるきっかけやひとつの要素になれたらうれしいなあ、という気持ちでお仕事をしております。

「さまざまな距離感を心地よく感じるのも、私自身が友達に依存していないから」

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――相談に来られる方は、どのような方が多いですか?

私に相談してくださるのは中学生から50代までと、年代は幅広いです。とくに多いのは20代後半から40代のビジネスパーソンです。

働き始めてからの数年は、誰しもが現場に慣れることに精一杯で。同じような悩みを抱える人が多いため、共有しやすく日常的に発散できるんです。しかし20代後半を境に、転職を考えたり・結婚を意識したり・体調の変化が現れたり…とライフステージの変化で、悩みがパーソナルな内容にシフトします。すると、人と共有しずらくなり、一人で抱え込んでしまう、という傾向が高くなるように感じます。

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――「子供の頃に思い描いていた大人像になれていない」という声もよく聞きます。中元さんは大人になってからのほうが、自分らしくいられているとおっしゃっていましたが、そういった葛藤はありましたか?

私は25歳の誕生日を迎えたときに、同じ理由で自分に絶望しました(笑)。四半世紀も生きてしまったけど、私は何かを成し遂げられたのだろうか?と。10代から芸能のお仕事をする中で「若いのにしっかりしてるね」と言っていただくことが誇らしかったんですけど…しっかりしていて当然の年齢になったことで、誇れることをひとつ失ってしまった感覚もありました。


でもまわりを見渡してみると、いい意味でいくつになっても無邪気さのある大人がたくさんいてとても魅力的だったんです。それぞれのペースで生きる大人たちの姿を見て「年齢は生きてきた年数のラベル以上でも以下でもないんだ」と思えたし、心から救われました。

漠然と今の自分に満足できない人も、きっと心の奥には何らかの「理想像」があるはず。まずは、それを明確にすることから始めてみてはいかがでしょうか。「なぜそうなりたいのか?」→「そうなるためには何が必要?」→「今の自分には何が足りない?」…と丁寧に突き詰めて、ひとつずつ達成していくのが近道だと思います。わかりやすい理想の指標として、結婚・出産・昇進などがあります。しかし自分だけの努力では達成できないため、家事をきちんとこなす・楽しめる趣味を見つける、など、自分次第で達成可能なことを含めることがオススメです!

連載【中元日芽香の「推し活とメンタルヘルス」】

<vol.1>推す側、推される側の“距離感”とは?

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「推しに対して、この情熱の傾け方は違うのかな」と悩んでしまう――心理カウンセラーとして、よく受ける相談です。

例えば、推しに対して直接あるいはSNSなどでネガティブなことを言ってしまい、後悔しているというお悩み。友人や家族が相手だったら、後日、後悔した発言について、自分の気持ちはこうだったと伝えたり、相手はどう思ったかをたずねたりすることができるでしょう。そこで誤解を解いて仲直りができます。

けれど、推しに対しては一方的なコミュニケーションになることが多いので、“答え合わせ”ができない。だからすごくモヤモヤしてしまい、カウンセリングで話しに来たという方もいます。

応援するということは、お金や時間、つまり自分のエネルギーを費やすこと。そういう特別な存在だからこそ、独占したくなったり、まるで推しがもうひとりの自分であるかのように、関係性に線引きができなくなってしまう危険があります。

そんなときカウンセリングでは、自分を第三者の視点から見ることをすすめています。感情的・衝動的になっていたら一度立ち止まって、スマートフォンを置き、SNSから離れてみる。相手が友人や家族だったら同じことをするかな? 距離感がゼロになってしまっていない?と、問いかけてみる。推しとの距離感を見失っているときは、きっと自分の中が推しでいっぱいになってしまっている状態。空気を入れ替えるような気持ちで、実生活でリアルにコミュニケーションがある人と連絡をとることもいいと思います。

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実は、推される側にとっても「距離感」はとても重要。SNSが発達した今、アイドルは非日常の存在ではなく親近感が湧く相手になりました。ステージ上のパフォーマンスだけでなく、インタビューやMCで垣間見せる人格、SNSで発信するプライベートや本音も含めて見られる存在です。乃木坂46のメンバーだった時代を振り返ってみると、その「見せる自分」と「ファンが求める自分」の距離感をはかれなくて、悩んだ時期がありました。

私は人の意見を気にしてしまう性格でした。「この前のステージ元気なかったね」「この間してた髪型、そうじゃないほうが好き」という言葉に、もっとこうしたらいいのかな、もっと期待に応えたいな、と悩んでしまう。きっとあの頃、推される側としての「私は私をこう見せたい」という軸が揺らいでいたのでしょう。当時の私にアドバイスをするなら「自分の軸を持った上で、ファンの方と接することができていれば、もっと自分らしく生き生きと仕事ができていたんじゃない?」。ステージでの見せ方も、SNSの使い方も、メンタルの持ち方についても、「自分」の軸をしっかり持っていないと、他者との距離をはかれないのです。

推されるときは『自分は自分』という軸をはっきり持つこと。推す相手に対しても自分を重ねすぎないこと。それは、推す側・推される側双方にとって健康な考え方へつながります。距離感をはかることは、自分と推しのメンタルを守ることにつながると考えていただけたら幸いです。

<vol.2>推し活できれいになれる? “承認欲求”の落とし所と落とし穴

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推し活で、“きれい”に対するモチベーションが上がり、自分磨きになる。心身の健康がアップする。このことについて心理学的には、幸せホルモンと呼ばれるいくつかの脳内物質との関係が考えられます。

幸せホルモンのひとつは、ドーパミン。「推しを見て興奮した、エキサイトした」という感情を持った時や、「推しにいいことがあってうれしそう」と感じた時、自分に現れます。もうひとつは、オキシトシン。これは、「推しを見ていて癒された」と感じた時。あるいは、推しと実際に会話をするなどの触れ合いを通して出てくるものです。

これらの脳内ホルモンが分泌されると、ストレスの発散につながります。活力が生まれ仕事や日常生活で、いろいろなことを頑張ろう!と、いきいきとしてくるのです。

注意しなければいけないのは、推し活の頑張りすぎがストレスの原因になってしまうこと。推し活で睡眠が減ってしまう、推しに会いたくて仕事を頑張りすぎてしまう……など。自分の健康をないがしろにしては、ストレスがたまり免疫力も下がるばかり。体調が悪くなると心も元気がなくなってきます。きれいになる努力も「推しに認めてもらいたい」という承認欲求だけで頑張ることはとても危険です。

「推しに会うためにきれいにならなきゃ」ではなく「自分がきれいになって、推しに会いに行ったら楽しいな」と、“自分が自分に対してしたいこと”が先行しているといいな、と思います。承認欲求よりも、自己肯定感を高めることが、とても大切です。

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アイドルだった当時の写真を見ると、なんだかいつも似たような表情をしているように感じます。当時は、「ファンの人はこういう顔が好きかな?」というところから表情を作っていた記憶があります。

アイドル時代の写真を見比べてみると、今のほうが「私はこんな人間です」という気持ちで撮影に臨めているように思います。

「こう見られたい」というより「自分はこういう表情をするのだな」と思う割合が大きくなってきたようです。見てくれた人がどう思うかは自由。よく思ってくれたらもちろんうれしい。そんな自然体が身についたのかもしれません。
 
今はだから、美容に関しても、ものすごく高価なものや、流行っているものを使おうと思うことがなくなりました。自分の肌に合うものを探すのも楽しいし、季節に合わせてケアを変えるのも楽しい。ジムにも通っていますが、現役時代の「痩せなきゃ」という切迫感はなくて、「体力をつけよう」「運動して汗をかくっていいな」という気持ちでやっています。そのほうが結果的に続いていますね。
 
これが私自身の承認欲求とのつき合い方。自分のことを大切にしながら、自分を高める。結果として、相手がほめてくれる。この順番を守れたら、推す側も、推される側も、きっと心身や生活自体の「きれい」が高まるように思います。

<vol.3>推し活と現実生活、バランスのとり方を考える

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推し活専用のSNSアカウントを持っている方からお話を聞いたことがあります。
会社では上司と呼ばれる立場だけれど、そのアカウントを名乗っているときはみんな対等に接してくれることがうれしいし、普段は知り合えない職業や年齢層の人とも「推し」という共通点で気軽に話ができるという楽しさもあるそうです。

推し活で、現実の生活とは違う「ここだけの自分」の顔を持つ。メンタルヘルス的にいい効果につながる可能性があると思っています。

現実の中で、人はいろいろな顔を持っているものです。家族といるときの顔・友達といるときの顔・会社での顔・学校での顔など推し活での顔もそのひとつ。それぞれを使い分けることで、自分を守ることにつながると思います。

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「推し活のときの自分」と「現実の(仕事や、誰かの前での)自分」に境界を保ち、健全に切り替えるにはどうすればいいか? 
自分の中に「推し活」「仕事」「恋人の前」など、いくつかに分かれた部屋があると想像してみましょう。仕事でつらくなったら「仕事」の部屋を出て、「推し活」の部屋に移動する。推し活を楽しんだらドアを閉め「仕事」の部屋に入って「仕事の自分」に戻る…。このとき重要なのは、それぞれの部屋のドアをきちんと開け閉めするということです。

推し活・仕事・プライベートをすべて同じ「部屋」に入れてしまうと、どれかひとつで失敗したとき、自分の切り替えがうまくできなくなってしまいます。会社でのダメージを受けとめる仕事の自分と、プライベートな自分をドアひとつ隔てることで、ネガティブな感情を引きずらずにいられる。これが、自分の内面を守ることにつながります
そして、推し活で楽しんだ後、現実に戻る自分が「しんどくなっていないかな?」「現実で足りていないことを、推し活に頼りすぎていないかな?」と考えることができたら、一番いいのではないかと思います。

<vol.4>推し活と卒業について考える

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推し活を豊かなものにするためにも「好きな対象・コンテンツには、いつか終わりが訪れる」という心持ちでいるのがいいのでは、と思っています。「推しが存在するのは当たり前」ではなく、「推しが存在してくれてありがとう」という気持ち。その方が、目に映る姿、ひとつひとつの楽曲、映像、発信する言葉を大事にしようと思える気がします。

“推される側”だった私自身も、それは同じです。アイドルという仕事は大好きでしたが、始めたときから私にとって20年、30年とできる仕事ではないと思っていました。いつか卒業するときが来ると思っていたから、アイドルとして活動していた数年間が、そのとき推してくれたファンの皆さんが、よりかけがえのないものになったと感じています。

考えてみれば、推し活に限らず、リアルな生活にも「卒業」は数限りなく起きることです。転校や転勤などさまざまな理由で、それまで近くにいた人が目の前からいなくなってしまう、行きつけだったお店がなくなってしまう、なんてこともあります。そんな中で、推し活だけが一生続くということは考えにくい。何事も「いつかお別れがある」という前提を受け入れたうえで「今、応援する」「今を一生懸命大切にする」。そうすることで、「卒業」のときを迎えても、メンタルに与えるダメージは少なくなるのかなと思います。


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何かを失って悲しいという感情に対して、「考えないようにしよう」と無理に切り替えるのは、自然な気持ちの流れではないように思います。情報が供給されないから、今まで以上に「推しはどうしているだろう?」と想像する時間が増えるのは仕方のないこと。

もちろん、新しい情報を求めてずっと追いかけてしまい、本人が望んでいない情報を拡散するようなことは決してあってはいけません。けれども、さみしいという感情は自分の心から自然に湧いてきた本音だし、今まで一生懸命応援してきたからこそ生まれるもの。無理に押し込めず、心の中で推しのことを考え、思い、想像するのは悪いことではないと思います

そうして、考える時間が少しずつ短くなっていくのを待ちましょう。「時間ぐすり」とよく言われますが、まさにそうで「つらいことを忘れなきゃ」「考えないようにしなきゃ!」とシャットダウンしてしまうより、ゆっくりと受け入れてゆくほうがつらくないのでは。カウンセリングでは、そんなお話をすることもあります。

そのプロセスを経て、推しに対して「ありがとう」という感情が生まれたり、そして、推しの今の生活を尊重できるようになったりしたらいいですよね。「卒業」という決断には人柄がそれぞれに表れるものです。まっすぐに受け止め、認めることで、最終的に推す側・推される側の素敵な関係性が生まれるように思うのです。

<vol.5>推す側と推される側の新しい出会い

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10代の頃、推される側であるアイドルとしての職業意識もあって、新しい出会いに警戒心がありました。

新しく出会う人に自分をさらけ出すことは怖かったし、自分を守るためにも出会いを広げたくありませんでした。もしかすると、この「自分を閉じていたい」「明るく頼りになる自分だけを見せたい」という気持ちは、その後の適応障害にもつながってゆく部分だったのかもしれません。メンタルバランスを崩して休養期間をいただいたとき、マネージャーさんの紹介で出会ったのが、心理カウンセリングでした。

「自分の悩みを打ち明け、弱い部分を見せる必要なんてない」と思っていた私の価値観を、カウンセラーさんは大きく変えてくれました。アイドルの先をどう生きていけばいいかわからず、セカンドキャリアのイメージがわかなかった自分が、初めて「次はこれをやってみたい!」と思えたのです。この出会いは、アイドルという仕事をやりきって次のステップへ踏み出そう、という決意の扉を開いた幸せな経験でした。

そうして、心理カウンセラーになって数年がたち、つい先日結婚しました。旦那さんとの出会いのタイミングにも、自分の心の自然な変化を感じています。

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今、アイドルを卒業して6年が経ち、心理カウンセラーとしての活動も同じくらいの長さになろうとしています。最近では、カウンセラー中元日芽香を知り、後からアイドル中元日芽香の映像や楽曲に出会う、という方も少なくありません。過去のレジェンドアイドルと呼ばれる方々を、リアルタイムでは触れて来なかった2000年代生まれの人たちが推す、という話もよく聞きます。

「アイドル時代の“ひめたん”がすごく素敵で、動画を遡って見ています」と言われると、不思議だけど、とてもうれしくて感激します。アイドルから新しいステップに進んだことで、その人は以前の私を見つけてくれたわけですから『出会ってくれてありがとう』という気持ちでいっぱいになります。今の自分、過去の自分の両方を見て、“どちらが良かった”ではなくて、それぞれを認めてもらえると、推される側はきっとうれしく感じるはずです。

もうひとつ、推しが卒業して、別の新しい推しに出会う、いわゆる“推し変”をする方におすすめしたい考え方は「新しい推しを過去の推しの身代わりにしない」ということ。例えば、Aさんで実現しなかった目標を、Bさんに託して応援していると、結局Aさんのことを引きずったままで、Bさんをまっすぐに推せていない。これは少しいびつな関係性に思えます。前の推しとの思い出は丁寧に整理して、新しい推しとの関係性はきちんと一から作り上げる。そうした気持ちでいられるとヘルシーだし、推す方・推される方が共に気持ちよく進んでいけるのではないでしょうか。

<vol.6>“欲望”との向き合い方

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食欲・睡眠欲のように生命維持にとって必要な欲に加えて、仕事や勉強、推し活などでさまざまに生まれる欲。それは欲望・欲求・夢や目標という言葉に置き換えてもいいでしょう。欲を持つことは、エネルギーにつながります。欲がある人は「自分がこうなりたい」というイメージが明確にできて、それをかなえるステップを具体的に描きやすいようにも思います。

「推しの限定ブロマイドを絶対手に入れたい! 推しのライブツアー会場を全制覇したい!」という“推し欲”を「平日の仕事を頑張ろう!」というやる気につなげていく方は多いかもしれません。けれど、欲は用法・容量を守って適切に付き合わないと暴走してしまうことも


「睡眠を削って、夜な夜な配信をチェックする」「グッズを買うために食費を抑える」という状態だと、ヘルシーな推し活から遠のいている恐れがあります。

推しが生活の一部になっている方には、自分の生活で“推し欲“がどのくらいの比重を占めているか、そのウェイトを量ってみることをおすすめします。推しへの欲が、睡眠欲や食欲などと比べて突出してしまっていないか?アンバランスになっていないか?と考え見つめ直すこと。それは自分のメンタルヘルスをチェックするバロメーターになりそうです。

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心理学には、“同一視”というキーワードがあります。自分自身の存在を対象に重ね合わせて、物事を感じたり考えたりするという状態。推し活であれば、「推しにうれしいことがあると、自分のことのようにうれしい」「推しがSNSでたたかれたりしていると、自分もつらい」という共感がそうだといえます。

また、同一視は、「自分がかなえられなかった欲望・願望を相手に託す」という形でも起こります。例えば「野球選手になりたかったけれど、自分はなれなかった、だからその分、あの選手に活躍してほしい」というファンの心理。「アスリートやアイドルになりたい」という共通の夢でなくても“なりたかった自分像”を推しに重ねて、推しの成功を願うことも同一視のひとつです。

同一視が過剰になるとメンタルバランスをくずす一因になることは、この連載の第1回「推し活と距離感」第3回「推し活と現実生活」でも語ってきました。推し活と現実の距離が近すぎて自分が見えなくなってしまうような状態は、ヘルシーとはいえません。欲についても同じことがいえます。

推しが夢をかなえることが自分の夢、という気持ちは素敵です。けれど本来、人はそれぞれ育ってきた環境や、今おかれている立場も違うもの。推しと自分の「こうしたい」という欲を想像の中で重ねすぎて、自分の100%を傾ける支えにしてしまうことは要注意。推しを失ったときに、一人で立っていられなくなる恐れがあるからです。

ヘルシーに推すためには「自分が自分自身で、本当に求めているもの」を見つめて、地に足をつけて一人で立つ、そんな姿勢が大切なように思います。

推される側も「自分自身がこうしたい」という欲を持つことは、とても大事。アイドル時代を振り返るとそう感じます。


推される側は、人気が高まるほど、たくさんのファンからの期待を受け止めます。私自身も「こうなって!」というファンの方々の欲に流されすぎずに、「自分が自分でこうなりたい」という欲を持っていたら「精神的にもっと強くいられたかな」と思います。

<vol.7>推し活と“自尊感情”。自己肯定感を高める「自分への推し活」のススメ

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推し活をする中で「他のファンに比べて推しに貢献できていない私なんて」「私がちょっと応援したって、推しの力には全然なれないかも」という思考につながってしまうときは“ヘルシーな推し活“の黄色信号。自分自身が楽しいかどうかより、他人と比べてできていないことが気になってしまうーーそれは“自尊感情“が下がっている状態といえるからです。

「みんなライブに行けて羨ましい」「忙しくてオンエアを見逃しちゃったけど、SNSではみんな盛り上がっているな」という気持ちは、余裕のなさや焦りを呼び起こします。それよりも「自分がこの機会に参加できてすごくよかった」とか「今回のTV放映を見られて楽しい気持ちになったな」と、自分の中での満足度に重きを置いてみると、メンタルがポジティブに変わってくるのかなと思います。

推し活をしていてよかったな~、という感情にフォーカスしてみると「〇〇推しの自分、今日も元気!」「〇〇を推してる自分も推せる!」と、自分肯定感が高まってくるはず。そんなふうに、自分もアゲることのできる推し活は、健全だし、より長く気持ちを保つことができるのではないでしょうか。

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“自尊感情”と“自己肯定感”は、どちらも同じ意味で「ありのままの自分が、ただここにいるだけでいい」ということ。「自己肯定感を高めるには、運動をしたり、メイクやおしゃれをしたり、ポジティブなことをしないといけないのかな?」というのは実は誤解で、本来は「自分がどうあっても、何もしていなくても、存在するだけで尊い」という意味なのです。

自尊感情という言葉を分解してみると“自分を尊いと感じる”――“尊い”という感覚は推し活をしている人にはよくわかるはず。推しに対する感情を思い出してみてください。「推しが活動している、いや、推しがこの世に存在しているだけでありがたい」という気持ちになることはありませんか? つまり、自尊感情を持つこととは「推しを尊いと思うように、自分自身も尊いと思えること」と言い換えることができるように思えます。

「推しが尊い」というのは特別な感情ですよね。推しがいてくれるだけで元気になれる。だから、ステージで頑張っている姿を見せて、SNSを更新してくれるだけですごくうれしい。自分に対しても同じように「自分、尊い」と思えたら素敵だと思うのです。何にもしていない自分でも、かっこ悪くてもいい。さらにごはんを食べて、家の掃除もした。それだけですごい! 「自分、そんなところ最高だぞ!」と声をかけてあげてみましょう。自分への推し活です!

<vol.8>人を癒すためには癒されていなくっちゃ。推し活と癒しの関係

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最近カウンセリングでも、癒しにまつわる相談を受けることがあります。例えば、“スペシャルな癒し”を取るのが時間的にも金銭的にも難しくて、体と心の疲れが取れないというお悩み。そういうときは家のお風呂にお湯をためて、いつもよりちょっと長くマッサージしてあげるなど、“日常の癒し”を少し増やすことをおすすめしたりします。

とはいえ「癒しの時間を持ったほうがいいと言われても、自分が何に癒されるかがわからない」というときもあります。「試しにコーヒーを丁寧に淹れてみたけれど、なんかちょっと違うなあ」なんて思ったり「趣味を何か見つけてみたらいいよ! と誘われたけれど、どうしよう」とモヤモヤしたり……私にもそんな経験があります。「癒されなきゃいけないのかな?」という気持ちが重荷になることだってあり得ます

そんなときは、人に流されず誰かからのプレッシャーを感じずに「自分が何を好きだったかな?」「何に癒されるのかな?」と楽しく考えられる時間を持つことがまず大事。そこで「自分にとっては、これが癒しなんだ」というものを見つけられたらいいのではないでしょうか。

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自分自身のアイドル時代を振り返ると、当時の私は「自分は癒す側」という意識がすごく強かったことを思い出します。歌を歌うことで自分が癒されていたはずなのに、だんだん「ファンの皆さんを癒さなければ」という義務感が強くなって疲弊してしまったことも。自分だけ休むことはできないと感じて、“一人温泉旅行”なんて思いつきもしませんでした。

“アイドル”がなりたい自分になるため、夢を叶えるために一生懸命な姿は、きっと本人が思っている以上に、たくさんの人に癒しを与えているのだなと。今、自分もアイドルグループの推し活をしている最中なので、特に感じることです。だから「無理して人を癒そう」なんて思わなくても大丈夫、自分はこれがしたいんだという軸を大切にするだけでいいんだよ。そんなふうに、あの頃の自分に言ってあげたい。そして、推される側の人たちも、きちんと癒される手段をいくつか確保できていますようにと願っています。

現在、私がしている心理カウンセリングもまた、言葉を通じて相手を癒す仕事といえます。けれど今は、誰かを癒すためだけに日々生活するのではなく、私自身が癒される側へなることも大切にしています。癒す側の自分がトゲトゲしていたら、きっと相手にも伝わってしまう。自分自身の肩の力が抜けているからこそできるアドバイスがある。自分が癒やされ、満たされた状態でいることで、多くの人への癒しにつながる。いい循環になるのではないかなと思います

<vol.9>推し活とお金

中元日芽香 連載 アイドル 推し活 メンタルヘルス 心理カウンセラー 元乃木坂46 お金

昔も今も感じることですが、推し活とお金は切り離せないかもしれないけれど、お金を費やさないと推し活ができない、ということではありません。推し活にたくさんお金をかけられない人が、推しに貢献できていないかも、と自信を喪失しないでいられるといいな、と思います。

例えば私は、ブログにコメントがたくさん来ているのがうれしくて、アイドル活動をするうえでのモチベーションにもなっていました。生身の人が書くコメントって、あたたかさがちゃんと伝わってきます。CDや握手会のチケットの売り上げだけでなく、コメント数が増えていくことでも自分の存在が浸透していることを感じることができました。「推しを応援したい」という気持ちは、お金を介さなくても言葉や行動で表現したり、受け取ったりすることができると思うのです。

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一人一人、お金の事情は違って当たり前。学生か社会人か、家族と住んでいるかどうかなどで、推し活に使える金額には差が出てきます。ヘルシーな推し活を目指すなら、他人の「これだけ課金した」という情報を必要以上に取りに行く必要はないのではと思います。もし目に入ったとしても「人は人だよね」と冷静にジャッジして、自分なりの推し活を楽しむことが大切なのではないでしょうか。

逆に、推しへの課金の成果をSNSに投稿している人は、自分の推し活のメンタルについて振り返ることが必要かもしれません。SNSへの投稿が承認欲求を満たすためだけの行為であれば、この先も課金し続けないと心が満たされないことになります。エスカレートする課金を止められなくて、どこかで疲れてしまわないといいな、と少し心配になります。
 
推し活には、お金かけた分、特別なコンテンツを味わえる幸せももちろん用意されています。ファンクラブ会員限定、メルマガ購読者限定などの情報を手に入れることで、また仕事を頑張ろう、という活力やエネルギーに変換されることもあるでしょう。「自分が幸せを感じられる」「特別な時間を過ごすことができる」などの目的のためにお金を使うことは、日々の癒しにもつながります。だからこそ、推しへの課金は自覚が大事。純粋な応援の気持ちで、自分の心を満たせるかどうか、そこにフォーカスすることで、推しへの消費行動はより豊かな体験に還元されるのではないかなと思います。

<vol.10>推し活を通じたシスターフッドを考える

中元日芽香 連載 アイドル 推し活 メンタルヘルス 心理カウンセラー 元乃木坂46 友達 シスターフッド 同期

乃木坂46に所属していたアイドル時代、私は“ひめたん”、万理華は“まりっか”と呼ばれていました。第一印象、私から見た彼女は、常に一歩先を行っているような存在。そして彼女は当時、私を見て「ツインテールで可愛らしくアイドルしているのに、中身めっちゃドライじゃん! おもろい、この子!」と思っていたのだそう。「いったいこの子は何を考えて何に関心を持っているの?」と気になって、ぐいぐい話しかけてきました(笑)。「いやいや、そんな私なんて」と、私はやんわり押し返してみたりして(笑)。それでも私の心のガードを蹴破って、押し開いてきてくれたんです。彼女のアタックがなかったら、現在こんな関係にはなれていないかもしれません。

好きなものやスタイルも、もとから似ているわけではない二人。けれど、よくよく深い話をしていくと「なんだか私たち、すごく近いわね」と頷き合ってしまう。具体的には、仕事をしていくうえで大事にしたいこと、それから、もともと内面に持っている繊細さに共通点を感じます。人の根っこのところが近いんだなと思います。

13年の付き合いになり、私はカウンセラー、彼女は俳優になりました。今となっては、仕事も普段過ごしている環境も全然違っています。けれど、数カ月に1度は、どちらからともなく会おう、となり、仕事の話、将来の話、生き方の話をしています。会うと「大事にしていきたいのはここだよね」「こういう生き方していきたいよね」と盛り上がり、最後にいつも「そんな今の私たち、イケてるよね!」なんて言って、笑い合っています。

10代の多感な時期を同じグループで過ごして、乗り越えた体験や当時の気持ちを共有している彼女と私。その後の人生のひとつひとつの選択、進んだ道はそれぞれです。けれど今やお互いが人生や人格をつくるひとつの大切なパーツになっています。転機があるたび、一緒に話を聞いて、喜んだりしたい。そんな関係に名前をつけるなら、シスターフッドがしっくりきます。

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私と万理華が、時々こうしてインタビューやラジオなどでお互いのことをお話したりすると、ファンの方々から「やっぱりまだ仲がいいんだね! 尊い!」というコメントをいただくことがあります。卒業してからも、そうして私たち二人を見守ったり、思い出してくださったりすることも、とてもうれしく感じます

アイドルグループを見ていると、みんなで和気あいあいと仲良さそうな様子にもグッときますが、「このツーショットが尊い!」という気持ち、ありますよね。映像配信などのアイドルの1対1サシトークで、特別な空気感が見える瞬間や、きっとこの二人、オフでも話せることがたくさんあるんだな、って想像できる会話。スポーツ選手がチームで励まし合ったり、個人選手が讃え合ったりするライブ映像。師弟や先輩後輩、同期などの関係。どれも目にするたびに、私も温かい気持ちになります。

推しが一人でいても尊いけれど、二人になったらもっと尊い。関係性が推せるって2度おいしいですね。推し活における「シスターフッド萌え」には、私もすごく共感します。

今、現役でアイドル活動している女の子たちのほとんどが私より年下で、見ていると自然と“姉目線”になってしまう気持ちもあります。経験は一人一人違うのだから、簡単に「わかるよ」とはまったく思いませんが、アイドルをしている皆さんが、ただただ今を幸せに過ごしてほしいと願います。私自身、アイドルを精いっぱい楽しんで今があるから、10代、20代の時期にアイドルでいられることはすごく貴重で素晴らしいという実感があります。これもある種のシスターフッドからくる感情かもしれませんね。

そして最近は、推す側、つまり推し活をしている仲間内でのシスターフッドについても、あるなあ、わかるなあ、と思うようになりました。例えば、YouTubeやSNSにいる同性の推し仲間の「この瞬間のXXちゃんエモいよね!」「かっこよくて惚れる!」なんてコメントに「わかる! ここで落ちたよね!」と共感して熱くなったりしています。同性のアイドルを応援している同性同士の、ほのぼのした感想の送り合いは、より身近な“仲間感”が生まれやすくて楽しい! 一方で、自分と推しを重ね合わせる感情もグッと深くなるので、相手と自分を同一視しすぎないよう気をつけたいとも感じます。

同性だからこその近しさ、境遇や立場を超えて、磁石のようにガツンと引き合える関係。そっと見守ったり、憧れや尊敬の目を送り合う、姉妹のような距離感。それらを大切に育てれば、推し活でもリアルでも、とても貴重な一生物になるはず。個として尊重し合うシスターフッドを心がけて、ヘルシーに続けてゆきたいですね。

<vol.11>推し活とソロ活。"おひとりさま"と"ぼっち"の違いとは?

中元日芽香 連載 アイドル 推し活 メンタルヘルス 心理カウンセラー 元乃木坂46 おひとりさま ソロ活

最近、さまざまなアクティビティをひとりで楽しめる「ソロ活」や「おひとりさま」の世界が広がっているようです。先日は、シティホテルの「ひとり推し活プラン」を知って興味を持ちました。推し活のひとり遠征でも安心だったり、誰に気兼ねすることなく大画面で推しの映像を堪能できたりするのはうれしいですよね。共通の「好き」でつながり、ファン同士が協力し合う推し活もいいけれど、「ひとり推し活」の需要も増えてきているのではないかな、と感じます。

「ひとり推し活」のメリットは、マイペースでできるところです。例えばこんな気持ちに思い当たる人は、「みんなで推し活」に疲れてしまっているのかも…。

熱量が高い人たちの中で無理をしてしまう、あるいは「自分の推し活はこれでいいのかな?」と迷ってしまう。過去にもお話ししてきましたが、推し活でメンタルバランスを崩しやすいのは、人と比べてしまうときです。また、ファン同士でのちょっとした意見の相違など、コミュニティでは衝突も起きがち。人間関係が気まずくなって推し活の現場を避けるようになったり、同じファンからの言葉に傷ついてSNSをやめてしまったり、ということも起こり得ます。推しは好きなままなのに、推し活が嫌いになってしまう人もいるかもしれません。


こういうときは、自分のスタンス、自分のペースの「ひとり推し活」をお勧めします。きっと心の波が穏やかな状態で過ごせるように思います。

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私自身は、今も「ひとり温泉」に出かけたり、おうちで「ソロ飲み」をしたり、ひとりで楽しむことが好きなタイプ。グループを卒業してひとりの中元日芽香になったときは、解放感や自由を感じました。「今までよりも髪をいっぱい切っちゃおうかな」「いつもはしなかったネイルの色を塗ってみようかな」と、自分がしたい表現や生き方に挑戦できる。挑戦してみて違うと判断することも自分の責任なんだ。それがわかったことも収穫でした。

一方で、乃木坂46というグループアイドルの一員だったことを思い返すと「ひとりではできない経験ができた」という気持ちでいっぱいです。例えばダンス。ひとりで手を広げるより、十人でバッと広げた姿がそろうと迫力が違う! フォーメーションのバリエーションも増えるし、歌声に厚みも出てきます。そこにファンの皆さんの声援が乗っかって、ライトに照らされ、ステージの演出がさらに盛り上げる。ひとりで表現できることには限りがあって、グループだからこそより多くの人に伝わる表現があると感じました。それが本当に楽しかった。

アドレナリンをドバっと出してライブを終え、自宅やホテルの部屋に戻ってふっと一息つく時間が特に好きでした。みんなから離れてひとりになり、動から静に変わる瞬間のコントラストが現役時代の私には必要だったのかな。これがあったから、みんなのいる場所に元気に戻って行けたのだと思います。忙しすぎて振り返る間もなく次のライブに行くようなときは、もったいないと思ったものです。

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今思うと、この「ひとり時間」は、いい1日を静かに振り返る贅沢な時間でした。みんなで演じる喜びを自分の中で反芻することもありました。これから自分がどうしたい?と問いかけることもありました。そうした習慣は今でも続いていて、自分を仕事や社会とをつなぐ、大切なハブ地点のようになっています。もしかしたら、これが「ひとり反省会」だったら…結果は違っていたかもしれません。

「家でひとり反省会して悩んでしまう」――カウンセリングで何度か相談を受けたことがあります。「みんなでお茶をして、その時は楽しかったけれど、あの人にあのとき自分がかけた言葉、間違っていたかもしれない」「チームでやった仕事、自分があのとき足を引っ張ってしまったかもしれない」などなど。ひとりの時間で悩み始めると、ひとりだけの中で心配事が大きく育ってしまうことがあるようです。

そんなとき、私はこう思います「反省会は、ひとりでしないほうがいい」と。「間違った言葉をかけてしまったかも」と思った相手が友人なら、ぽろっと「あのときの言葉、私、間違ってた?」と聞いてみては? 自問自答するよりもずっとダイレクトな回答をくれるはずです。「全然気にすることないじゃん!」でも「間違っていたと思うから、こうしてほしいな」でも、きっと前に進む答えが見つかるはず。

反省はひとりきりで終わらせない。逆にひとりのときは、よかったこと、うれしかったことを余韻として味わうような、自分を労わる時間にする。おひとりさまを楽しんでいる人は、その辺が上手なのかもしれないですね。

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仲間と一緒にいても「ひとりぼっちだ」と孤独を感じる人、ひとりで推し活をしていても、推しとも推し仲間とも心地いい距離感を感じている人。同じソロ活でも全然違いますよね。「おひとりさまが楽しい」「ひとりぼっちで寂しい」だったら前者を選びたい。私は、みんなといても、ひとりでも、現場にいても、画面越しでも…自分が好きなことに能動的に参加していると感じられる人は、幸せだし強いと思います。逆に、「ファンのチームの輪を乱さないように」とか「この人に負けたくない」という競争心を感じてしまうとき、「ひとりぼっち」感が強くなってしまうのでは。

私自身「ずっとみんなと一緒にいたい!」と感じたように、グループって、実際すごく喜びが多いし、居心地がいいんですよね。ただ、そこからいつか出ていくこともきっと考えなければいけない。「自分がひとりになってもやりたいことってなんだろう?」「何を大事に生きていきたいかな?」と考えておくことで、その後の人生で、大きく迷子になることってないのだろうと実感します。そういう考えに至ったのはやっぱり「ひとり時間」があったからです。

自分にとって何が大事で、何をしたら楽しいか? 自分ひとりの気持ちを大事にできていればきっと、誰かが大事にしていることも守ることができるはず。そんなひとりひとりが集まった「推し活」って、きっと幸せ。それこそがヘルシーな心境なのではないかな、そんなふうに思うのです。

<vol.12>最近、推しへの熱量が減ってきた…推し活の「持続力」とは?

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推し活に以前ほどの情熱が持てない、どうしてだろう? そんなお悩みを打ち明けてくれたのは、この連載の担当編集さんです。「推しのことが今も好きではあるけれど、情熱がピークのときは毎週のように現場に行き、円盤にも配信にもグッズにも課金して、毎日すごく幸せでした。当時の自分の熱量の高さは自分自身がいちばんよく知っているから、逆に今の自分の推し活のハードルになってしまってる。当時の自分が強敵すぎるんです」

なるほど…燃えていたからこそ、燃え尽きることもいつかはありえます。どんな推し活にも「あの頃には戻れない」という気持ちが訪れる時期があるでしょう。燃え尽きるまで推し活ができた自分と推しに感謝して“いい思い出”に納めてみるのもひとつの答え。推しが卒業するなどの実質的なお別れや、推し活にちょっと疲れてしまった。そんなときは、一度、推し活から離れて、休んでみるのはどうでしょうか。こうしたアドバイスは、これまでの連載でもしてきました。

ただし、今回のお悩みは、推しへの気持ちがフェードアウトしていく少し前の段階。推し活から卒業する気にはならないけれど、以前の自分の元気に比べて、なんだか今はときめきが少ない…そんな寂しさを解消して、生活に彩りをもたらす“いい塩梅”の推し活を続けるにはどうすればいいだろう? 一緒に探っていきましょう。

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アイドルをはじめ、同時代の生身の人間を推していると、推しも自分自身も年を重ねて、いろいろな経験を通じて成長することを感じると思います。最初に出会ったとき、推しに感じたときめきは変わってくるかもしれない。それにつれて熱量がフェードアウトしていったり、推し変したり、別グループを推したり、などなど、推しの形が変化することは、自然なことですよね。

私が乃木坂46に属していた当時のファンの方々にも、さまざまな“その後”があります。今もグループとして推してくださっている方、“あの時代”が好きで、今は現場に行ったり行かなかったりという方…そのなかで「ライブで今のメンバーが昔の曲やってくれてうれしい」「当時の推しと仲のよかった後輩が、過去の曲を歌い継いでいて熱い!」という声を聞くと、なんだかうれしく感じます。

きっと皆さん、数年前と同じ気持ちで推し活をしているわけではなくて、ペースや熱量は落ち着いている。でも、こうして懐かしい気持ちを味わううちに、推される側が復活のきっかけを与えてくれることもありそうです。何気なく聞いた新譜が自分にとって神曲だと気づいたり、新メンバーの中に気になる子がいたり。少し離れて視野を広く持つと、自分の推し心を再燃させてくれる種が見つかるかもしれませんね。

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私自身、年を重ね今の仕事をするようになってから新しい推し活を始めました(連載第5回参照)。出会いは偶然。深夜、何気なく見ていた番組から流れていた曲に、「なにこの曲、めっちゃおしゃれ!」と思ったことから。さまざまな曲を視聴し「この曲の作詞家さん、一緒だ!」などと、そんなふうに知ることも楽しくて! 新しい世界が生活に加わり、日常にうるおいが増えた喜びがとても大きかったです

ちなみに私の最初の“推し”は、小学校1年生のときに出会った「モーニング娘。」さんでした。広島での野外ライブを見に行ったことが本当にハマったきっかけ。その頃のメンバーの方は全員年上。今思えば中学生くらいだったと思うんですけど(笑)、小学生の私にとってはすごく大人っぽくて、かっこいいお姉さんだなと思っていました。グッズの鉛筆を大切に使ったりして、今思えば可愛い推し活でした。

それから何年もたった今、私の“推し活”を復活してみて、変わること、変わらないことの両方を感じます。当時は年上だった推しの対象は、今や自分よりも年下だけれど、輝いている人を見て「尊い」と感じる気持ちは、変わらずいいな、と思います

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ふたたび始まった私の推し活、たくさん課金して全現場にも行く、なんてことはできていません。でも毎日、曲をBGMにしながら「これまでの毎日は、どんな曲を聞いていたんだっけ?」と思うくらいに暮らしを彩ってくれています。

考えてみると、推しに出会ったのは本当に偶然。でも、きっと今の私だから「この推しがいいな、推したいな」と思えたのだと感じます。人生でさまざまな経験をすることで感性は育ってゆきます。「この曲いいな、なんでだろう?」とキャッチして、そこから知識を広げて深掘りできたのは、今このタイミングだったから。推す対象が変わっても変わらなくても、推しの魅力は、自分の心が映し出すものなのだと思います。

過去の自分を推し活のライバルに見立てて、復活しなきゃと無理するのではなく、推しも自分も一緒に成長、変化してきた道を確かめられる。推しがいることでなんとなく毎日穏やかに楽しいし、偶然の燃料投下で、ときめきがぐっと燃え上がるときもあるかもしれない。時間もお金も使う熱い推し活から、あたたかく見守るゆるい推し活へ。長いファン生活の間で変化し、ある意味“大人”になっていくのは、。とても素敵なことなのではないかなと思います。

<vol.13>推し活はリアルな仕事に生かせる?

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推し活がすっかり世間に定着し、社会的に認められている今、推し活を自分の仕事に生かす人も増えているようです。これまでの連載では「リアルな仕事や日常の息抜き」として推し活をとらえることが多かったので、今回はずばり「推し活は仕事に生かせるのか」というテーマについて考えていきましょう。

推し活はひとつの対象に情熱を傾ける経験。その人の仕事やリアルな人生にポジティブに作用することができると私は考えます。例えば、自分の推しの活動や作品に触れて自分自身の企画のアイディアが浮かぶ、ベースができる、というケースもよく目にします。例えばアーティストの場合、推しへの憧れがインスピレーションになって作品を作ることもあるのでは。実際に推しとセッションをして、プロとしての姿勢に影響を受けたというインタビューも読んだことがあります。推す側、推される側のリスペクトを感じて「ああ、こういうプロ同士の仕事って素敵だな」と刺激になりました。

推し活をきっかけにして自分のキャリアを切り拓く人もいます。乃木坂46に所属していたとき、服飾関係の学校に通う人や、アパレルの仕事をしている人が、アイドルのステージに興味を持って衣装の世界に飛び込んできたり、衣装提供のような形で関わってくださったりしました。プロの世界に飛び込む動機に「好き」があるって素敵です。

アイドルに限らずエンタメの世界には、見えている部分だけでなく裏で携わっている多くのプロがいます。ライブをしていて、そのプロフェッショナルの仕事ひとつひとつの集合体がこのステージなんだと実感することが多くありました。まだ10代でアイドルだった自分自身も、身近なプロフェッショナルな大人たちの仕事に触れて「そのステージに立てる人、そこにいてふさわしい人でいたい、成長しなければいけない」と思ったことを、よく覚えています。今考えると、私にプロとしての意識が芽生えた瞬間かもしれませんね。

中元日芽香 連載 アイドル 推し活 メンタルヘルス 心理カウンセラー 元乃木坂46 キャリア プロ

私の場合は、推される側のアイドルから、セカンドキャリアとして心理カウンセラーになりました。当時の私は21歳。ジャンルの違う新たな職業に挑戦するとき、多くの人が経験する学生時代の就職活動などを経ていないことに少し負い目を感じる時期もありました。けれど、私が選択したのはたった1つの自分だけのルート。わくわくする気持ちと、自信をもって前を向いていこう! という気持ちのほうが強かったと思います。

初めは無我夢中でしたが、だんだんとアイドルの仕事よりも、心理カウンセラーとしての仕事の期間のほうが長くなり、アイドル時代の私をリアルタイムでは知らないクライアントの方も増えてきました。私をきっかけに、乃木坂46の過去の映像を見てアイドルの推し活に興味を持ってくれる方もいらっしゃるようです。また、現在の自分を発信することで、乃木坂46時代のファンの方からも、「元気そうな姿を見られてうれしい」「やりたいことが見つかったんだね」など、好意的な反応をいただくことがあります。

講演会などのオファーをいただいたときに「アイドル時代に推していました」「グループのファンでした」と言ってくださる方もいらっしゃいます。私のことを詳しく知ってくださっていた方と、セカンドキャリアの心理カウンセラーとしてご一緒できると、素直に「心理カウンセラーとアイドルの仕事、両方をやっていてよかったな」と思います

中元日芽香 連載 アイドル 推し活 メンタルヘルス 心理カウンセラー 元乃木坂46 セカンドキャリア

セカンドキャリアをスタートした当時は、アイドルと心理カウンセラーとは全く別の仕事だと考えていました。アイドルは「みんなに元気を与えたい」と外に向かう仕事。一方、心理カウンセラーは、人知れず静かなところで、一対一で心に向き合うというイメージ。だから、アイドルで得た経験を生かす、ということよりも、1から勉強し直すぞ、という気持ちでした。ところが、心理カウンセラーの仕事を始めてみると、アイドル時代に培ったスキルや鍛えられた力が「ここで生きるのか」と感じることが多くありました。

そのひとつがコミュニケーションスキルです。カウンセリングの仕事では、10代から50代後半の方まで、広くお話を聞かせていただきます。年長の方からすると、社会人1年目ぐらいの年の私が相手で大丈夫なのかな? 私もきっと緊張してしまうだろうな、と不安だったのですが、これはアイドル時代の経験にすごく助けられました。10代の頃から、ファンの方の年齢層も幅広く、スタッフさんはほぼ全員年上。初対面の方を含め、さまざまな年代の方々と現場や握手会で接してきたことが、今でも私のコミュニケーションを支えてくれています

もうひとつは発信力です。臨床心理士の方とお話する機会があったのですが「カウンセリングについて知ってもらうにも、なかなか多くの人に響くように伝えられない」、「専門分野と発信を両立するのは難しい」とおっしゃっていました。確かに、経験豊富なカウンセラーさんや名医と呼ばれる方々でも、メディアで流暢におしゃべりできるかというと、緊張される場合も多いのだと思います。私は現在Podcast番組「中元日芽香の『な』」のパーソナリティを務めていますが、ラジオでの発信が昔から好きで、楽しんで取り組ませていただいています。10代の頃から触れていたメディアを使って、メンタルヘルスについて関心を持つきっかけを作れたらうれしいと思いました。心理カウンセリングについて知っている人と知らない人、専門家と悩んでいる人、その2者間をつなぐような役割が今の私にできることであり、以前の仕事で得た財産でもある、と思っています。

中元日芽香 連載 アイドル 推し活 メンタルヘルス 心理カウンセラー 元乃木坂46 後輩 事務所

さて、アイドルを卒業するとき、私は所属事務所を辞めるつもりでいました。この先やろうとしていることは芸能界とは全然違う業種です。「バックアップしてもらうことは難しいと思うので会社を離れます」と伝えました。すると当時のマネージャーさんは「事務所に残りながら、日芽香がやれることってあるんじゃない? 前例はないけれど一緒に考えていこう」と言ってくれました。会社としても、私が進むメンタルヘルスに関わる分野は、アイドルや芸能の世界にこそ必要だと考えてくれたようです。

あれから時間がたちましたが、私にとっては15歳で入った同じ居場所でステップアップしていけたことはとてもよかったと感じています。さまざまなメディアと距離が近いのは芸能事務所の強みだし、一方で、カウンセリングに関しては自分のやりたいようにと任せてもくれています。乃木坂46のグループが成長していくにつれ、卒業後に芸能活動だけではない分野で活躍するメンバーも少しずつ増えてきました。

グループの後輩たちも、アイドルのその先の進路を考えるときにさまざまなことを思うようです。「俳優になりたいわけじゃなくて…でも自分は何になりたいだろう?」とセカンドキャリアに悩むメンバーたちに「こんな道もあるし、まわりが誰も進んでないところにも道がきっとあるよ」と示せる、そんな先輩の一人でいられたらいいな、と考えています。