yoiクリエイター「くどうあや」さんが、東京国立近代美術館で開催されている「ヒルマ・アフ・クリント展」をレポート! アートギャラリーで働いているくどうさん目線で、見どころをご紹介します。

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くどうあや

アートギャラリースタッフ/ライター

くどうあや

アートギャラリーで勤務する傍ら、都内の美術大学で社会問題に関心を持って活動や研究を行う。イラストと文章を書くことが趣味です。

今回紹介するのは、現在東京国立近代美術館で開催中の「ヒルマ・アフ・クリント展」です。 本展は、ヒルマ・アフ・クリントのアジア初となる大回顧展。展示されている作品140点はすべてが日本で初公開です

自然主義的な作品が主流であった1900年頃から抽象作品を描いて発表していた彼女は「抽象絵画の先駆者」とも言える存在でした。アフ・クリントの作品の魅力は、彼女が抽象絵画を始めたとされる他の画家たちよりも早い時期に制作を行っていたことに加え、その作品が独自の方法で生み出された点にもあります。

本展では、アフ・クリントが生涯を通して制作してきた作品群を年代順に紹介しています。

ヒルマ・アフ・クリント、ハムガータン(ストックホルム)のスタジオにて

ヒルマ・アフ・クリント、ハムガータン(ストックホルム)のスタジオにて、1902年頃 
ヒルマ・アフ・クリント財団 By courtesy of The Hilma af Klint Foundation

スピリチュアルでモダンな作品群

アフ・クリントの作品を見て印象的だったのは、多くの作品に共通して、丸や渦巻きといったモチーフが規則的に描かれている点です。

それらのモチーフには、友人たちとの活動が大きく関わっているようです。彼女は特に親しくしている4人の女性たちと「5人(De Fem)」というグループを作り、毎週金曜日に交霊術を行っていました。アマリエル、アナンダ、グレーゲルと呼ばれる霊的存在からメッセージを受け取っていたのです。 

ヒルマ・アフ・クリント展 De Fem 展覧会

「5人(De Fem)」は霊的存在との交信を目的とした集まりであったため、当初はアフ・クリントの作品制作とは直接結びついていませんでしたが、活動を通じて受け取ったメッセージを、自動書記や自動描画によって記録していきます。

本展においても、絵画作品のほかに記号のようなドローイングが描かれたノートが展示されています。ノートを見るとそれぞれの形には一定の法則があり、特定のメッセージを記録していることがわかります。

例えば青色は女性性、黄色は男性性と色に意味性を与えていたり、十字架や草花、螺旋、オウム貝、文字などのモチーフが繰り返し記録されていたりするのです。

圧倒的な存在感を放つ大作10点

会場で特に大きな存在感を放っていたのが〈10の最大物〉です。部屋の中央4面に並べられた作品は高さが3m超あり、薄いピンクやオレンジが使われた軽やかな作品であるにもかかわらず、近くで見ると圧迫感を感じるほどに迫力がありました。 こんなに大きな作品でありながら、アフ・クリントは10点をわずか2カ月で描き上げたというから驚きです。

10点の作品はそれぞれが、幼年期、青年期、成人期、老年期と人生の段階を表しており、時系列に合わせて展示をされています。展示室を歩きながら順に見ていくと、作品同士に特定の円や曲線、草花や共通する色が連続して登場しており、作品には連続性が見て取れます。

ヒルマ・アフ・クリント展 De Fem 展覧会 2

これらの作品は「神殿のための絵画」という193点の作品からなるグループに属しており、アフ・クリントはこれらの作品を飾る螺旋状の神殿を建設する計画を持っていました。実現はしなかったものの、計画をまとめたノートもあり、作品のあり方について深く考察していたことがうかがえます。

ひとつひとつの記号的なモチーフに、顕微鏡を覗いて微生物を見た時のような感覚を持ちました。彼女の作品は非常に抽象的でありながらも精密に人間の存在を描いているのかもしれません。

そして、彼女にとっては作品制作自体が、私たちの想像する作品制作とは違った概念を持っているものなのかもしれないと考えさせられました。 

交霊術や研究を通した「未知のエネルギー」の探求。作品はそこから生まれた思想を伝えるための媒体となることができると考えていたのではないでしょうか。

ヒルマ・アフ・クリント展 De Fem 展覧会 作品

ヒルマ・アフ・クリント 《祭壇画、グループX、No. 1》 1915年 油彩、箔・キャンバス 237.5×179.5cm 
ヒルマ・アフ・クリント財団 By courtesy of The Hilma af Klint Foundation

神智学から人智学へ、オカルト的でアカデミックな世界

展覧会の後半からは、アフ・クリントが関心を持った人智学から生まれた作品群が展示されています。彼女は学生時代から神智学(神秘的直観によって神の啓示にふれようとする思想)に関心を持ち続けていたのですが、後に人智学(人間存在の法則をよりよく理解し科学的考察に基づいて精神世界を探求する思想)へと傾倒していき、多くのリサーチとそこから生まれた作品群が残されています。 

〈原子シリーズ〉や《穀物、花、コケ類、地衣類》などをみると科学や生物にも関心があったことがわかり、研究者としての彼女の知見の深さを感じ取ることができます。

現代になってからこれほど彼女の作品に注目が集まったのは、いわゆる“オカルト”という概念として包括することのできない、学問としての「目に見えないエネルギー」の存在についての深い洞察と実践があったからなのではないでしょうか。

ヒルマ・アフ・クリント展 De Fem 展覧会 作品 ポピー

ヒルマ・アフ・クリント 《ポピー》 制作年不詳 水彩、インク・紙 58×35.5cm 
ヒルマ・アフ・クリント財団 By courtesy of The Hilma af Klint Foundation

制作に至るまでの過程を知った上でアフ・クリントの作品を見ると、ひとつひとつの作品に彼女のメッセージを受け取るためのヒントがちりばめられており、それらは非常に計画的に作られていることがわかります。彼女の作品は、それぞれが壮大な世界観の上に作られた宗教画なのだと気づかされました。  

実際、アフ・クリントの財団の理事長は、作品は一般公開せずに「精神の探求者」たちだけに見せるべきだという主張を繰り返しているそうです。

神殿の建設プランや、計画的に作られた膨大な作品群を見ると、彼女が実現しようとしていたものは私が想像しているものよりも遥かに壮大な世界だったのかもしれません。

アフ・クリントは、死後20年は作品を公開しないよう希望していたと言い伝えられており、未来の人々が作品を見たときに作品を解釈するための記録をノートに残してたと考えられます。

未だ多くの謎が残るアフ・クリントのスピリチュアルな世界。ゆっくりと作品を眺めながら世界観に浸ったり、作品を読み解くヒントとなる記号を知ってから作品を解釈してみたり、何度も訪れたくなる展覧会でした。

アフ・クリント展 東京国立近代美術館

『ヒルマ・アフ・クリント展』
会期:2025年3月4日(火)〜2025年6月15日(日)
会場:東京国立近代美術館(東京都千代田区北の丸公園3-1)

開館時間:10:00〜17:00(金・土曜は10:00〜20:00)
公式HP:https://art.nikkei.com/hilmaafklint/

イラスト・取材・文/くどうあや