子宮内膜症のおもな症状は、「痛み」と「不妊」。痛みや不妊は、日常生活や仕事、さらには人生にも大きな影響を及ぼします。もうひとつ心配なのが、子宮内膜症のチョコレートのう胞の「がん(悪性)化」です。この3つの大きな問題にどう対処すればよいかを、産婦人科医の百枝幹雄先生に伺いました。
ひどい生理痛や腰痛は、なぜ起こる?
増田:子宮内膜症は重い月経痛を招くとのことですが、それ以外にどんな問題があるのか、詳しく教えてください。
百枝先生:子宮内膜症では、それぞれの女性のライフステージによって何が問題になるのかが異なり、それによって治療方針も変わってきます。まず、子宮内膜症の症状として、特徴的なのはひどい月経痛や腰痛です。
子宮内膜症は、卵巣や膀胱、直腸、腹膜など、あらゆるところに起こりますが、発症した場所では、子宮内膜症の組織が増殖することで、出血や炎症を繰り返します。このような炎症は、子宮を強く収縮させるプロスタグランジンという物質の分泌を増やし、これが強い月経痛の原因になります。
また、子宮内膜症の組織と子宮周辺の臓器が癒着することによる引きつれや炎症によっても、痛みが起こります。痛みは内臓の神経を通して伝わるので、腰痛として感じられることもあります。また、子宮内膜症の組織が直腸と子宮のあいだにできると、排便痛や性交痛が起こります。
【子宮内膜症が発生しやすい場所】
子宮内膜症が特に発生しやすい場所は、卵巣、ダグラス窩、腹膜など。卵巣に起こった子宮内膜症は、「卵巣チョコレートのう胞」と呼ばれます。
将来、不妊になるのでは、と心配です
増田:子宮内膜症の影響として、将来、不妊になるのでは? と不安に思っている人も少なくないと思います。不妊症との関係はどうなのでしょうか?
百枝先生:子宮内膜症であっても、軽症であれば自然に妊娠できます。しかし、子宮内膜症で、卵管の周囲に癒着が起こると、卵管が卵子を取り込めなくなり、受精ができなくなってしまいます。また、癒着がなく、炎症があるだけでも子宮の周囲の環境が悪くなり、妊娠しにくくなります。子宮内膜症の患者さんの約半分に不妊症があるといわれています。
さらに、卵巣に子宮内膜症ができる「卵巣チョコレートのう胞」も、不妊と関係があります。卵巣チョコレートのう胞では、卵巣にできた子宮内膜症の組織から出血した血液が、卵巣内にたまります。血液の水分が吸収され濃縮して古くなると、溶けたチョコレートのようになるので、卵巣チョコレートのう胞と呼ばれています。
卵巣チョコレートのう胞になると、卵巣で卵子が育ちにくくなったり、卵巣と卵管が癒着して卵管の動きが悪くなったり、排卵した卵子を取り込むことができなくなったりします。そのために、不妊になる可能性が高まってしまうのです。
卵巣チョコレートのう胞と卵巣がんは関係する?
増田:卵巣チョコレートのう胞は、一部、がん化するという話を聞きますが…
百枝先生:卵巣チョコレートのう胞は、卵巣がんの発生にも関係しているんです。子宮内膜症はもともと良性ですが、卵巣がんを発生させる可能性が約1%※あるといわれています。卵巣にできた子宮内膜症の組織から出血した血液に、卵巣がさらされる期間が長ければ長いほど、また年齢が高くなるほど、がん化する可能性が高まります。
がん化に関しては、さらに疫学的に高いレベルのエビデンスを作るため、日本産婦人科学会で長期的な調査を行なっているところです。現段階では、卵巣チョコレートのう胞がある場合、目安としては4センチ以下なら様子を見て、10センチ以上であれば手術を行います。5~9センチのグレーゾーンに関しては、一人一人の状態を診て対応していきます。
しかし、卵巣チョコレートのう胞の病歴が長くなるにつれて、がん化の可能性がより高くなるため、40歳以上になったら、なるべく早く手術をしたほうがいいと思います。
※kobayashi H,et al.Int J Gynecol Cancer.2007
どのような検査で、どうやって診断するの?
増田:つらい月経痛があって、子宮内膜症の不安がある人は、婦人科を受診したほうがいいですね。婦人科では、どんな検査をして、子宮内膜症を診断するのでしょうか?
百枝先生:まず、つらい月経痛がある方は、それだけで「月経困難症」という病気です。月経痛の陰に、子宮内膜症や子宮筋腫などの病気が潜んでいる可能性もあるので、月経痛がつらいときは、婦人科へ行くことをおすすめします。
婦人科での子宮内膜症の診断は、問診を大切にします。痛みの特徴や場所によって、子宮内膜症のできている場所がある程度、想定できるからです。問診票には、初潮年齢、前回の月経開始日、月経周期、月経痛の様子、月経量、性交痛や排便痛などの月経痛以外の痛み、出産経験などを記入します。医師は問診票を見ながら、さらにお話を伺います。
内診に抵抗や恐怖感がある女性には、内診なしで、問診と腹部からの「超音波検査」、必要に応じて「MRI検査」をして診断することも可能です。あまり不安がらずに受診してください。
増田:月経痛の頻度や症状を記録して病院に持参することも役に立ちますか?
百枝先生:そうですね、出血、痛み、その他の症状があった場合に、症状の程度を記入する月経手帳(ペインダイアリー)というものがあります。続けて記録をつけることで、痛みの程度、症状と月経や排卵との関係がわかり、治療をしている場合は治療効果を確認するのにも役立ちます。こちらを参考にしてください。⇒ a_gekkei.pdf (u-tokyo.ac.jp)
百枝先生(右)が病院長を務める愛育病院で。左は増田美加さん。※取材中は適切な距離をとり、マスク着用のうえインタビューを行いました。
総合母子保健センター愛育病院病院長
東京大学医学部卒業。医学博士(東京大学)。米国国立衛生研究所(NIH)留学。東京大学医学部産婦人科講師、聖路加国際病院女性総合診療部部長、同院副院長を経て、現職。日本産科婦人科学会専門医、日本生殖医学会専門医、日本産科婦人科内視鏡学会技術認定医、日本女性医学学会専門医ほか。日本エンドメトリオーシス学会代表幹事、日本子宮内膜症啓発会議理事長。女性の活躍やQOLの向上を目指して月経や妊娠・出産・育児を医学的側面からサポートするため、手術を含む診療とともに、NPO法人日本子宮内膜症啓発会議の実行委員長として多くの社会啓発活動を行なっている。
セルフケアでできることは? 冷えたらいけない?
増田:つらい月経痛がある人が、日常生活で気をつけることはありますか? セルフケアで痛みを弱めることはできないのでしょうか?
百枝先生:セルフケアで痛みをある程度、軽減することは可能です。お腹や腰を温めて、冷えないようにするのはいいと思いますよ。使い捨てカイロなどでお腹や腰を温めると、血液循環がよくなって痛みが楽になります。また、足湯や半身浴などで下半身の血液循環を改善することも、月経痛にはある程度、効果があるでしょう。運動も、骨盤内の血流を改善する効果があるのでおすすめです。
ストレスがあるとより痛みを強く感じたりしますし、また、栄養に偏りがあっても血流が低下しますので、ストレスを避け、栄養バランスを整えることも大切です。
増田:月経痛があってもガマンして、痛み止め(鎮痛剤)を飲まない人もいます。痛み止めは、あまり飲まないほうがいいのでしょうか?
百枝先生:月経痛がある場合は、痛み止めを飲んでください。痛みに苦しまないで済むだけでなく、いつもどおり勉強や仕事ができるようになります。運動もできるので、血行をよくして痛みが楽になることもあります。薬の副作用を心配する人もいますが、月経期間中だけの服用なら、あまり心配しなくていいでしょう。
痛み止めを飲んでも効果がないという人は、薬が合っていないか、飲むタイミングがよくないのかもしれません。痛み止めは、痛みが強くなってからでは効きにくくなります。「ちょっと痛い」くらいで、早めに、効果が長時間続くタイプの痛み止めを飲むことが重要です。
また、飲みすぎると効かなくなる、クセになると思っている人もいますが、薬に慣れて効かなくなるということはありません。ただし、以前は効いていたのに、最近、痛み止めが効かなくなったという人は、子宮内膜症が進行している可能性もありますので注意が必要です。
増田:具体的なセルフケアについてお話しいただき、ありがとうございます。次回は、複数ある子宮内膜症の治療法の選び方について、引きつづき、百枝先生に伺います。
取材・文/増田美加 イラスト/itabamoe 内藤しなこ 撮影/山崎ユミ 企画・編集/浅香淳子(yoi)