甲状腺とは、私たちの体の中でどんな働きをしているのでしょう。甲状腺に異常があるとどんなことが起こるのでしょうか。
実は、甲状腺の病気は圧倒的に女性に多く、とても身近な病気なのです。誤ったイメージを持たれやすい甲状腺の病気。正しい知識を得るために、甲状腺の専門病院「伊藤病院」内科の福下美穂先生にお話を伺いました。
伊藤病院内科医長
1999年、埼玉医科大学医学部卒業。2003年、埼玉医科大学大学院医学研究科博士課程修了。埼玉医科大学病院内分泌糖尿病内科病院助手、埼玉医科大学病院輸血細胞移植部助教を経て、2009年より伊藤病院内科勤務。2011年~2019 年4月名古屋甲状腺診療所(旧大須診療所内科)勤務を経て現職。日本内科学会専門医、日本内分泌学会専門医、日本甲状腺学会専門医、日本糖尿病学会専門医。
甲状腺は、体の中でどんな働きをしているの?
増田:甲状腺がのどにあることは多くの人が知っていると思いますが、具体的にどんな役割や働きがあるのかを教えてくださいますか?
福下先生:甲状腺は、のどぼとけのすぐ下にあって、ちょうど蝶が羽を広げたような形で気管を抱き込むように付いています。大きさはタテ約4cm、厚さ約1㎝、重さは15~20gです。
福下先生:人の体では、女性ホルモン、男性ホルモン、副腎皮質ホルモンなど、さまざまなホルモンが作られています。甲状腺は、ホルモンを作る臓器である内分泌器官のひとつです。食物(おもに海藻)に含まれているヨウ素を材料にして、甲状腺ホルモンを作っています。
甲状腺ホルモンは、私たちが元気に過ごすための源です。胎児の頃には細胞分化を促し、生まれたあとの成長期には、脳や神経を発達させ、骨の成長を促します。また、糖質、タンパク質、脂肪などを分解して必要なエネルギーを作り、体温を適切に保つ新陳代謝の機能も担っています。脳、心臓、肝臓、骨、筋肉、精神、神経に至るまで、全身の臓器や細胞に作用するのが甲状腺ホルモンなのです。
増田:甲状腺ホルモンは、私たちが元気に生きるために欠かせないホルモンなのですね。甲状腺ホルモンは、すべて甲状腺から分泌されているのでしょうか?
福下先生:はい。甲状腺ホルモンは甲状腺から分泌されます。体内では、血液中の甲状腺ホルモンがいつも一定の値を維持できるような仕組みが働いています。
これをコントロールしているのが、脳の下垂体から分泌されている甲状腺刺激ホルモン(TSH)です。TSHは、甲状腺を刺激して、甲状腺ホルモン(T4、T3)の分泌を促す働きをしています。血液中の甲状腺ホルモン(T4、T3)が多くなりすぎると、下垂体からの甲状腺刺激ホルモン(TSH)の分泌が抑えられ、T4、T3の分泌を減少させます。逆に、T4、T3の血中濃度が低くなると、TSHの分泌量が増えて、T4、T3の分泌を促そうとします。
こうした仕組みをフィードバック機構といいますが、これによって血液中のT4、T3の量は、つねに一定の範囲を維持できるように調節されているんです。
増田:女性ホルモンのフィードバック機構と同じですね。卵巣から分泌される女性ホルモンをコントロールしているのは脳の視床下部、下垂体から出るホルモンですが、甲状腺刺激ホルモンもそれと同じような働きをしているのですね。
参考資料/伊藤病院(ITOHOSPITAL©️)
甲状腺ホルモンのバランスが乱れるとどうなる?
増田:体内で生命維持に欠かせない大切な働きをしている甲状腺ホルモンが乱れてしまうと、どうなるのでしょうか?
福下先生:甲状腺ホルモンのバランスはとても大切です。多すぎても、少なすぎても、さまざまな不調が出てきます。その症状を下記にまとめました。
【甲状腺ホルモンが多すぎる場合】
甲状腺ホルモンには新陳代謝を高める作用があります。増えすぎると、全身の代謝が活発になりすぎて、いろいろな症状が出てきます。これらの症状が起こる代表的な病気は、甲状腺機能亢進症の「バセドウ病」です。
心臓:胸がドキドキして脈拍が速くなります。少しの運動でも動悸、息切れがします。
消化器:腸の働きが活発になり下痢をしやすくなります。食欲が増しますが、食べても痩せてしまいます。
体温:安静にしていてもエネルギーが燃えている状態になるので体がほてって汗をかきやすく、皮膚が湿っぽくなります。
骨:骨を溶かす働き(骨吸収)が強まり、骨のカルシウムが減っていきます。
精神:イライラ、興奮しやすい、落ち着きがない、根気が続かない、集中力がないなどの状態になります。高齢者ではうつっぽくなることも。
疲労:過剰にエネルギーを消費するため体力を消耗して、疲れやすくなります。
月経:月経量が少なくなったり、無月経になったりする人も。
【甲状腺ホルモンが不足する場合】
甲状腺が不足すると、新陳代謝が低下することによるさまざまな症状が出てきます。これらの症状が起こる代表的な病気は、甲状腺機能低下症の「橋本病」です。
心臓:鼓動が弱く、脈拍数も少なくなります。
消化器:胃腸の働きが弱まり、食欲が低下しますが、食べなくても太ってきます。便秘も起こります。
体温:体温が低くなり、寒がりに。汗をかかないため、皮膚が乾燥してカサカサになります。
精神:うつっぽくなり、何をするのもおっくうになって気力が低下します。声がかれ、話し方もゆっくりになります。認知症と間違えられることも。
むくみ:顔や手足がむくみ、顔つきが老けたようになります。
月経:月経不順や無月経に。
甲状腺ホルモンの乱れによって起こるさまざまな症状について、医師の福下美穂先生に伺いました。
甲状腺の病気が起こる原因は?
増田:甲状腺ホルモンのバランスが乱れると、本当にさまざまなところに影響してくることがわかりました。なぜ、このような甲状腺ホルモンの乱れが起こるのでしょうか?
福下先生:甲状腺の病気の原因はすべてが解明されているわけではないのですが、自己免疫との関連がわかってきています。
免疫は、外から入ってくる外敵(ウイルスや細菌)から自分の体を守るために備わっている仕組みです。私たちの体は、体内におかしなものが入ってくると、異物(自分のものではない)かどうかを見極めて、排除する働きがあります。ところが、自分の細胞や成分なのにそれを異物と間違えて認識してしまい、それに反応する「自己抗体」を作ってしまうことがあります。この自己抗体によって起こる病気が自己免疫疾患といわれるものです。甲状腺ホルモンの分泌が乱れるバセドウ病と橋本病は、代表的な自己免疫疾患です。
この自己免疫疾患は、遺伝との関連も考えられています。バセドウ病や橋本病になりやすい体質を受け継ぐこともあるのです。けれども、なりやすい体質を親から引き継いだとしても、必ずしも発病するとは限りません。
ほかにも環境や年齢など、複数のリスクも関連しています。例えば、ウイルス感染、アレルギー(花粉症など)、妊娠、薬剤、ストレス、喫煙など、さまざまな環境因子が加わることで、免疫が異常に働いて自己抗体が作られ、発病すると考えられています。
増田:甲状腺ホルモンの乱れが起こりやすい年齢があるのですね? 妊娠との関連もあるということは、女性のほうが多いのでしょうか?
福下先生:はい、自己免疫性疾患が女性に多いため、甲状腺の病気も女性に多いのが特徴です。
バセドウ病は、20~30代で発病する方が多く、次に多いのが40~50代での発病です。バセドウ病の男女比は1:4で、女性に多い病気ですが、男性でも起こり得ます。橋本病は、20~50代の年齢で発病する方が多く、男女比は1:10~20と、圧倒的に女性に多い病気です。
甲状腺の病気を早く見つけるポイントは?
増田:甲状腺ホルモンが過剰に分泌されたり、不足したりするときに起こる症状だけだと、いつもの不調、と見逃しそうです。早期に発見する方法はあるのでしょうか?
福下先生:確かに甲状腺の病気はなかなか見つけにくく、ほかの病気と間違えやすいこともあります。でも、甲状腺の病気は、早く発見して早く治療を始めるほど、その後の経過がよいのです。早く見つけるポイントをお話しますね。
①首のはれ
最も多いのが、首のはれに気づいて受診される方です。甲状腺は厚さ1cmの平たく柔らかい臓器で、はれがなければ触ってもほとんどわかりませんが、少しはれると手で触れるようになります。さらに大きくなると、首を見るだけではれがわかるようになります。鏡を見て自分で気づくこともあれば、まわりの人に指摘されて気づく方もいます。
【甲状腺のはれの見分け方】
・首の前部、のどぼとけの下、鎖骨の上に、はれやしこりがないかを見て、触って、確認します。
・あごの下に変化があっても、甲状腺の病気ではありません。
・男性の甲状腺は、女性よりも下にあります。
②気になる症状
前述した、甲状腺ホルモンが過剰な場合と不足する場合に起こりやすい症状があれば、受診して医師に診てもらいましょう。
⇒【甲状腺ホルモンが多すぎる場合】を参照
⇒【甲状腺ホルモンが不足する場合】を参照
③健診や人間ドックで
健康診断や人間ドックなどの際の医師の触診で、小さな首のはれが見つかることが増えています。また、オプションになっていることが多いですが、人間ドックなどで甲状腺ホルモン値の検査(血液検査)を受けて、異常が見つかることもあります。
増田:気になる症状は、むくみや便秘、疲れなど、女性なら誰もが起こしやすい症状です。間違えやすい病気にはどんなものがあるのでしょうか?
福下先生:甲状腺ホルモンはほとんどの臓器に影響を及ぼすため、症状は全身にさまざまなかたちで現れます。甲状腺の病気は、この症状の多様さのために間違えやすいのです。
ドキドキする、脈が速い、息が切れるなどは、心臓病と間違えやすいでしょう。バセドウ病は血圧が高くなる傾向があるため、高血圧症と間違えられることも。また、水をたくさん飲む、食べても痩せるなどから、糖尿病と間違えられることもあります。さらに、更年期症状も多種多様な症状が出現するため、バセドウ病や橋本病との見極めが難しいところです。
しかし、受診していただき血液検査をすれば、甲状腺の機能が低下しているか、亢進しているかなどがわかり、診断も的確にできます。ぜひ、不安な気になる症状があったら専門医を受診してください。
甲状腺専門医は、総合病院では内分泌科か内分泌代謝科、あるいは内科、外科に置かれている場合もあります。また、甲状腺疾患だけを専門にしている医療機関もあります。日本甲状腺学会ホームページに全国の認定専門医施設が都道府県別に掲載されていますので参考にしてください。
増田:ありがとうございました。甲状腺ホルモンの働きと、バランスがくずれたときに起こる症状がよくわかりました。女性に多い甲状腺の病気、気づいた症状があったら、早めに病院を受診したいですね。次回は、甲状腺機能の低下を起こすことがある「橋本病」について、引き続き、福下美穂先生に伺います。
取材・文/増田美加 イラスト/帆玉衣絵 内藤しなこ 撮影/伊藤奈穂実 企画・編集/木村美紀(yoi)