甲状腺の機能が低下する橋本病とは、どのような病気なのでしょうか。橋本病は20代後半から50代女性に多い病気といわれています。予防法や治療、妊娠への影響などの気になる疑問を、甲状腺の専門病院「伊藤病院」内科の福下美穂先生に伺いました。
伊藤病院内科医長
1999年、埼玉医科大学医学部卒業。2003年、埼玉医科大学大学院医学研究科博士課程修了。埼玉医科大学病院内分泌糖尿病内科病院助手、埼玉医科大学病院輸血細胞移植部助教を経て、2009年より伊藤病院内科勤務。2011年~2019 年4月名古屋甲状腺診療所(旧大須診療所内科)勤務を経て現職。日本内科学会専門医、日本内分泌学会専門医、日本甲状腺学会専門医、日本糖尿病学会専門医。
橋本病とはどんな病気? 原因は?
増田:前回、橋本病は男女比が1:10~20と、女性に非常に多い病気だと伺いました。年齢的にも若い世代に多いそうですが、どのような病気なのでしょうか?
福下先生:橋本病は、甲状腺に慢性の炎症が起きている病気で、慢性甲状腺炎ともいわれています。甲状腺の病気の中でも特に女性が多く、年齢別では20代後半以降、特に30~40歳台に多い病気です。
橋本病の原因は、自己免疫の異常です。自己免疫の異常が起こることによる炎症によって、甲状腺がはれたり、甲状腺機能の異常を起こすことがある病気です。けれども、自己免疫の異常がどのようなきっかけで起こるのかについては、いまだにわかっていません。
甲状腺の病気のあるご家族がいらっしゃる女性は、なりやすい体質を持っていると考えられますので、症状がなくても、妊娠時や40歳を過ぎたら、健康診断で甲状腺機能の検査を受けておくといいと思います。
【伊藤病院における橋本病患者の初診時の年齢分布】
(2020年初診時未治療患者、赤が女性、青が男性、男女計2,551例)
参考資料/伊藤病院(ITOHOSPITAL©️)
橋本病の有病率は年齢が上がるにつれ高くなることが知られています。当院の初診患者の年齢分布で30~40代の女性に多いのは、近年、甲状腺ホルモンと妊娠率・流産率の研究が進んできているため、妊娠のための検査で甲状腺のホルモン異常がわかり、受診される方が多くなっていることも一因です。
増田:橋本病を自分で見つけるための自覚症状は、やはり首のはれでしょうか?
福下先生:そうです。橋本病は症状が現れにくい病気で、橋本病になっても甲状腺のはれがあるだけで、甲状腺の機能が低下しない方も多いのです。甲状腺の機能が低下する甲状腺機能低下症になる人は、橋本病患者さんの4~5人に1人です。
【橋本病の甲状腺のはれ】
正常な甲状腺
橋本病のはれた甲状腺
参考資料/伊藤病院(ITOHOSPITAL©️)
はれの大きさは、人によってさまざま。はれの大きさと甲状腺機能が低下するかどうかは連動しません。はれが大きくても機能低下症状がない方もいれば、はれが小さいのに機能低下症状が強い方もいます。
甲状腺ホルモンの不足による症状、病院での検査は?
増田:甲状腺機能が低下すると、どのような症状が出るのでしょうか?
福下先生:甲状腺ホルモンが不足して、甲状腺機能が低下すると次のような症状が起こることが多いです。
・甲状腺のはれ
・体が冷え、寒がりになった
・肌が乾燥し、カサカサになった
・顔や手がむくむ
・食欲がないのに太ってきた
・体が重く、だるく感じるようになった
・昼間も眠く、居眠りをするようになった
・脈がゆっくり静かになった
・髪や眉が抜ける、薄くなった
・便秘になった
・意欲がなくなった
・もの忘れが多くなった
・うつや認知症と間違えられた
・月経異常(月経のあいだが長くなる、量が増える、ダラダラと続く)が起こる
増田:首のはれや、機能低下による症状が見られたら、甲状腺専門医のいる病院で検査したほうがいいですね。病院ではどのような検査をしますか?
甲状腺専門医の探し方はこちら⇒日本甲状腺学会ホームページに全国の認定専門医施設が都道府県別に掲載されていますので参考にしてください。
福下先生:病院では、まず、問診と触診をします。問診では、症状を詳しく聞き、ご家族に甲状腺の病気の方がいるか、喫煙や飲酒の有無、ヨウ素の過剰摂取がないかについても聞きます。触診では、甲状腺にはれやしこりはないかを確認します。橋本病は、甲状腺のはれがあることと、甲状腺に対する自己抗体が存在するかどうかで診断します。同時に、甲状腺ホルモン値を測定して、治療が必要かどうかを確認します。
血液検査では下記の3つを調べます。
(1)甲状腺機能検査
血液中の甲状腺ホルモン「フリーT3」と「フリーT4」濃度と甲状腺刺激ホルモン「TSH」を検査。そのバランスによって、甲状腺機能が正常か、低下しているかを判断します。
(2)自己抗体検査
甲状腺に対する自己抗体である抗サイログロブリン抗体(TgAb)、抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPOAb)の有無を確認します。どちらかひとつでも陽性であれば、橋本病と診断されます。
(3)コレステロール値検査
甲状腺ホルモン値が低い状態が続くと、血中コレステロール値が高くなることがあるため、補完的に調べます。
あとは、甲状腺がはれているかどうか、腫瘍の合併がないかどうかを確認するために、超音波(エコー)検査を行います。
増田美加さん(左)が手に持っているのは、伊藤病院院長の伊藤公一先生が監修された本『改訂版 バセドウ病・橋本病 その他の甲状腺の病気』(高橋書店)です。
どんな治療をするのでしょうか? 日常生活でできることは?
増田:これらの検査で橋本病と診断された場合、どのような治療をするのでしょうか? また、治療すれば治るのですか?
福下先生:甲状腺機能低下症の場合は、不足している甲状腺ホルモンを補充する治療を行います。橋本病と診断されても、甲状腺機能が正常な場合は、基本的には治療は必要ありません。けれども半年から1年に1回程度は受診して、血液検査を受けて甲状腺ホルモンを調べ、甲状腺機能に異常がないかをチェックします。妊娠中など特殊な状況にある場合は、ごく軽度の甲状腺機能低下症であっても内服治療を行う場合もあります。
増田:治療が必要な場合は、どのような治療になりますか?
福下先生:甲状腺機能低下症に対する治療は、お薬の治療になります。適切な量の甲状腺ホルモン薬(商品名:チラーヂンS®、レボチロキシンナトリウム錠「サンド」®)を1日1回内服することで、足りない甲状腺ホルモンを補充するのです。副作用もほとんどなく、安心して飲みつづけられるお薬です。飲んでいくと、甲状腺機能も正常になり、つらい症状なども改善していきます。
増田:日常生活で気をつけることは? 食事や運動などの制限はありますか?
福下先生:甲状腺機能が正常な方や、治療によって甲状腺ホルモン値が正常になっている方は、日常生活の制限はありません。スポーツや旅行などもまったく問題ありません。安心して楽しんでください。
ただ、甲状腺機能低下症が悪いときには、スポーツなど激しい動きをすると筋肉痛が続くことがあります。その場合は、ホルモン値が治療で改善するまで安静にしたほうがいいケースもあります。
食事は、ヨウ素の大量摂取に気をつけてください。ヨウ素は海藻に含まれていて、特に昆布に多く含まれています。昆布を大量にとりつづけたり、昆布水、昆布茶、昆布の粉末、昆布だしなどを毎日継続してとるのは控えたほうがいいでしょう。わかめ、のり、寒天はそれほど多くありません。
また、風邪の予防などの目的でヨウ素含有のうがい薬を大量に使って頻繁にうがいをしたりすると、甲状腺機能に影響が出ることがあります。
アブラナ科の野菜(ブロッコリー、キャベツなど)や大豆製品(豆乳、納豆、豆腐など)を多くとると、甲状腺のはれが大きくなったり、甲状腺機能に影響が出るといわれています。けれども、かなりの量を毎日継続的にとらなければ問題ありません。バランスのよい食生活を心がけてください。
妊娠・出産への影響はありますか?
増田:橋本病は、妊娠を考える世代の女性に多いので、心配する方も多いと思います。妊娠、出産への影響はどうなのでしょうか?
福下先生:橋本病では、甲状腺機能低下症になる方よりも甲状腺機能が正常な方のほうが多いため、それまで気づかずにいて、不妊治療や妊娠を機に初めて診断されることが多くなっています。
妊娠中にいちばん大切なことは、甲状腺ホルモンを正常値にしておくことです。甲状腺機能が低下したままで妊娠すると、流産や早産のリスクが高くなります。妊娠を機に、検査で橋本病がわかったら、甲状腺ホルモンの値を測定して、もしも低下していれば甲状腺ホルモンを補充して、甲状腺ホルモンの値を正常にしておくことが、安全に妊娠・出産するためには大切です。
また、橋本病の方が妊娠を希望する場合、甲状腺ホルモンが正常範囲内であっても、甲状腺刺激ホルモン(TSH)を検査して、その値によっては甲状腺ホルモンのお薬を飲む治療を開始することもあります。
胎児の発育に甲状腺ホルモンは大切な役割を果たし、妊娠時は妊娠前と比べて甲状腺ホルモンの需要が増加します。妊娠前から甲状腺ホルモンのお薬を服用している方も、妊娠後はお薬の補充量の調整が必要です。内服する甲状腺ホルモン薬(チラーヂンS®)が赤ちゃんに悪影響を及ぼすことはありませんので、妊娠がわかってからも内服は中止せずに、早めに病院を受診してください。
産後は、甲状腺ホルモンのお薬の量は妊娠前の量に戻します。お薬を服用していても、授乳して問題ありません。橋本病の方は産後に甲状腺機能が変化することが少なくないため、産後も定期的に通院してください。
増田:自分が橋本病だと、お子さんに遺伝することも考えられますか?
福下先生:遺伝にはさまざまな因子が関与しています。橋本病も家族性で伝わるものではありますが、お母さんが橋本病でも、必ず子どもに遺伝するわけではありません。けれども心配でしたら、14~15歳で1回、検査をしてみるのもいいと思います。家族全員に遺伝するわけではありませんし、全員が甲状腺の病気を発症するわけでもありません。
増田:ありがとうございました。橋本病はお薬でコントロールできることがよくわかりました。正しく治療すれば、怖がる病気ではないこともわかり安心しました。次回も引きつづき福下美穂先生に、甲状腺ホルモンが過剰に分泌されるバセドウ病について伺います。
取材・文/増田美加 イラスト/帆玉衣絵 内藤しなこ 撮影/伊藤奈穂実 企画・編集/木村美紀(yoi)