毎年、9万8千人近い日本女性が新たに乳がんと診断されています*1。けれども、乳がんは早期発見すれば治すことのできるがんです。今回は、乳腺外科医の片岡明美先生に、早期発見のための“エビデンスのある乳がん検診”について伺いました。
*1 国立がん研究センターがん情報サービス2019年データ
乳がん検診は、何歳からどんな検査を受ければいい?
増田:乳がんは早期発見がとても大事と聞きました。早期発見するためには、どのような検診を何歳から受ければよいのでしょうか?
片岡先生:乳がんは、無症状のうちに検診を受ければ早期発見につながり、適切な治療によって治る確率が高くなります。そのために受けるべき乳がん検診の頻度と内容は、「40歳以上の、2年に1回、マンモグラフィ(乳房X線検査)検診」です。
ほとんどの市町村(自治体検診)では、検診費用の多くを公費で負担していて、一部の自己負担で検診を受けることができます。今のところ国の指針では、乳房の視触診だけの検診は推奨されていません。視触診を実施する場合はマンモグラフィと併用します。
マンモグラフィ検診は痛くてイヤ、という方がいらっしゃいますが、乳がんの死亡率を減らすという意味で有効性が科学的に確認されているのは、現状ではマンモグラフィだけです。欧米では、マンモグラフィによる乳がん検診を受診する人が60~80%いて、乳がん死亡率は減少し続けています。けれども日本では、乳がん検診受診率が約40%。そして乳がんで亡くなる人は増え続けています。ぜひ、40歳になったら乳がん検診を受けてください。
乳がん検診を受ける施設を探している方は、「日本乳がん検診精度管理中央機構で認定を受けた放射線技師、医師のいる施設」(https://www.qabcs.or.jp/mmg_g/list/ )を参照してみてください。
【海外と日本の乳がん検診受診率(50〜69歳)】
資料:OECD Health Statics 2022
スウェーデン 2019年・調査データ、アメリカ 2019年 ・ 調査データ、イギリス 2020年・事業報告、オランダ 2020年・事業報告、 韓国 2020年・調査データ、ニュージーランド 2021年・事業報告、オーストラリア 2020年・事業報告、日本 2019年・調査データ
※海外では乳がん検診は50歳以降が多いため、50~69歳の乳がん検診受診率を比較しています。
20代、30代の乳がん検診はどうすれば?
増田:日本女性の乳がん検診は40歳からでいいとのことですが、20代、30代女性の乳がん検診はどうすればいいのでしょうか?
片岡先生:20代、30代の女性は、乳がん検診を受ける必要はありません。乳がん検診は、乳がん罹患率の低い年代で受けると、乳がんの早期発見の利益よりも、命には関わらない良性疾患や生理的な変化のために、精密検査が必要となってしまう不利益のほうが問題になります。20代30代で受けると総合的にみて利益(メリット)より不利益(メリット)が上回ります。20代、30代ではむしろ、子宮頸がん検診を受けることのほうが重要です。
がん検診は、何歳から何年に1回の頻度で、どのような検査を受けたらいいのか、ということまでエビデンス(科学的根拠)があります。乳がん検診の場合は「40歳から2年に1回のマンモグラフィ検査」が、検診を受ける利益があり、不利益が最も小さくなる内容なのです。検診はやりすぎると不利益をともなう場合もあるので、やりすぎはNGです。ただし、20代、30代のうちでもいつもと違う症状を感じたら(→Vol.39【気になる自覚症状チェックリスト】)、すぐに乳腺外科の専門医を受診してください。
増田:がん検診の不利益とは、どのようなことがあるのでしょうか?
片岡先生:不利益には、いくつかあります。代表的なものを挙げますね。まず、検診によってがんが100%見つかるわけではないという点です。どのような優れた検診でもある程度の見逃しがつきものなのです。
あとは、過剰診断によって、行きすぎた検査や治療を招く可能性があります。検診によって「がん疑い」と言われる人が増加すると、精密検査をする人が増加します。また、治療の対象とはならないような微小ながんでも発見されれば、手術や薬物治療が行われることがあります。
また、受診者の心理的影響もあります。精密検査が必要ということで、「がんかもしれない」と不安を感じることもありますね。
さらに、検診にともなう偶発症の問題もあります。例えば、X線による放射線被曝です。検診の放射線による悪影響は極めて低いのですが、まったく何も起こらないとは断言できません。そのため、放射線被ばくによる影響の可能性がある若年者(40歳未満)は、がん検診の対象から除外されているのです。
増田:ほかに、20代30代の女性が気をつけるべきことはありますか?
片岡先生:血縁に乳がんや卵巣がんにかかっている方が複数いたら、遺伝性や家族性の乳がんになる可能性もありますので、心配な場合は乳腺外科専門医を受診して相談してください。母親や姉妹などの血縁者に乳がんになった人がいる場合は、その人が乳がんにかかった年齢から10歳前の年齢になったときに、乳腺専門医を受診して相談するのもいいでしょう。
今、自分の乳房に日頃から関心を持って、乳房を意識して生活する「ブレスト・アウェアネス」が大切といわれています。これは乳がんの早期発見につながる、女性にとって大切な生活習慣です。40歳以降はもちろんですが、20代、30代の女性でもブレスト・アウェアネスを心がけることは重要です。
【ブレスト・アウェアネスの4つのポイント】
1. 自分の乳房の状態を知る
2. 乳房の変化に気をつける
3. 変化に気づいたらすぐ医師へ相談する
4. 40歳になったら2年に1回乳がん検診を受ける
【乳房のセルフチェック】
チェック1:見る
チェック2:触る
チェック3:つまむ
チェック4:仰向けで
参考資料:はじめよう!月に一度のマンマチェック | 認定NPO法人 J.POSH 日本乳がんピンクリボン運動(j-posh.com)
マンモグラフィは痛くて…。超音波だけではダメですか?
増田:乳がん検診で、マンモグラフィではなく超音波を受けている方もいます。マンモグラフィは痛いからと超音波を選択している人も見受けますが、超音波検査だけでもいいのでしょうか?
片岡先生:国の指針として推奨できる乳がん検診は、マンモグラフィを単独で受けることです。超音波だけや、マンモと超音波を併用する方法は、検診を受けても死亡率を減少させる効果を判断する証拠が不十分で、検診を受けることによる不利益が上回るとされているんです。市町村などで行う対策型検診(住民検診)でも、実施することはすすめられていません。
けれども、マンモグラフィを受けてさえいれば万全ということではありません。検診で“異常なし”と判定されても、自覚症状を感じたり、以前と違って気になることがあれば、乳がん検診を待たずに乳腺専門医のいる医療機関を受診することが大切です。
乳がん検診の啓発や、乳がんで悩む人のための活動も一緒に行なっている片岡明美先生(左)と増田美加さん(右)。
がん研有明病院乳腺外科医長
1994年、佐賀医科大学卒業。九州大学医学部第二外科、国立病院機構九州がんセンター乳腺科などを経て、2016年より現職。日本がん治療認定医機構がん治療認定医、日本外科学会指導医、日本乳癌学会乳腺指導医。検診マンモグラフィ読影認定医師、認定NPO法人ハッピーマンマ理事、認定NPO法人乳房健康研究会理事、日本乳癌学会評議員、日本サポーティブケア学会妊孕性部会メンバー。
マンモグラフィでしこりが見えにくい高濃度乳房とは?
増田:マンモグラフィでは、しこりがあっても、ほとんど映らない 「高濃度乳房(デンスブレスト)」というタイプの乳房があります。アジア人には多いといわれていますが、自分が高濃度乳房かどうかはどうすればわかるのでしょうか?
片岡先生:がん検診は100%正確ではなく、マンモグラフィで乳がんを見つけにくい乳房(高濃度乳房)があることも知られています。乳房は、 脂肪や乳腺組織で構成されていますが、このうち乳腺組織の割合が高いタイプを高濃度乳房といいます。
日本女性の高濃度乳房の割合は、4割~7割といわれています。また、閉経後や肥満の方で高濃度乳房の人は、脂肪性乳房の人と比べると、乳がんになるリスクが高くなるという研究結果も報告されています*2。
乳がん検診はマンモグラフィが国際基準ですが、乳腺の密度が高い人は、検診の精度が低くなるという課題があります。そこで、高濃度乳房の方には超音波検査を組み合わせて乳がんのしこりを見逃さないようにしようという検診方法も考えられています。
現在、約7万6000人の40代の日本女性を、マンモグラフィだけを受けたグループと、マンモグラフィに超音波を加えたグループに無作為に分けて比較する大規模な臨床研究が行われています。その中間結果では、がんの発見率はマンモに超音波を加えたグループのほうが1.5倍高かったと報告されています。しかし、死亡率を減少させる効果はまだ認められていないため、引き続き経過観察が必要とされて、最終的な結論は出ていません。
*2 Nishiyama K, et al. Influence of breast density on breast cancer risk: a case control study in Japanese women. Breast Cancer. 2020;27(2):277–83.
増田:だからといって、マンモグラフィを受ける意味はないということではないのですよね?
片岡先生:もちろんです。高濃度乳房でなければマンモグラフィでしこりは見えますし、高濃度乳房の方でもしこりは見えなくても、初期乳がんのサインでもある微細石灰化はわかります。
増田:自分が高濃度乳房かどうかは、マンモグラフィを受けたときに聞けば教えてもらえるのでしょうか? そして、もし高濃度乳房なら、どうしたらいいでしょうか?
片岡先生:はい。最近では、検診結果に高濃度乳房かどうかを記載している医療機関も出てきています。結果に記載されていない場合は、検診を受けた医療機関や自治体に問い合わせれば教えてくれます。
もしも高濃度乳房なら、検診結果に「異常なし」と記載されていても、乳がんのしこりがないとは言い切れません。ブレスト・アウェアネスをご自身で行なって、しこりに気づいたら乳腺外科専門医を受診するか、あるいは専門医に相談して、マンモグラフィにプラスして超音波を受けてもいいでしょう。
【マンモグラフィの診断では、放射線科医は4段階に分けて診断します】
マンモグラフィの画像を診断するときに、放射線科医はマンモグラフィの画像を4段階に分けて診断します。マンモグラフィでは乳腺は白く映りますが、しこりも白く映るため、乳腺密度が濃い右の2つの高濃度乳房は、しこりがあっても見えにくい乳房です。
増田:ありがとうございました。検診は100%正確ではないことを知って、自分の乳房に関心をもってチェックすることがとても大切ということがわかりました。次回は、乳がん検診を受けて、「精密検査」と言われたときにどうしたらいいかを、引き続き片岡先生にお尋ねします。
取材・文/増田美加 イラスト/帆玉衣絵 内藤しなこ 撮影/伊藤奈穂実 企画・編集/木村美紀(yoi)