今、日本女性の9人に1人がかかる乳がん。検査の結果、「乳がん」と言われたらどうしたらよいのでしょう。もしものときに、慌てずに対処するために知っておくべき情報を、乳がんの治療現場で長年診療を行なっている乳腺外科医の片岡明美先生に聞きました。命と乳房を守るために、正しい情報にアクセスできるヘルスリテラシーを高めておきましょう。
がん研有明病院乳腺外科医長
1994年、佐賀医科大学卒業。九州大学医学部第二外科、国立病院機構九州がんセンター乳腺科などを経て、2016年より現職。日本がん治療認定医機構がん治療認定医、日本外科学会指導医、日本乳癌学会乳腺指導医。検診マンモグラフィ読影認定医師、認定NPO法人ハッピーマンマ理事、認定NPO法人乳房健康研究会理事、日本乳癌学会評議員、日本サポーティブケア学会妊孕性部会メンバー。
もしも乳がんが見つかったら
増田:検査の結果、乳がんを告知されたとき、多くの方が戸惑い、不安になり、混乱すると思います。私自身も乳がんを経験したことがありますが、診断を受けたときは戸惑い、不安になりました。万が一のときにできるだけ慌てずに対処するために、今から知っておいたほうがいいことを教えてください。
片岡先生:乳がんが見つかったら、「早く治療して、がんを体から取り除きたい」と希望されると思いますが、急いで治療を始める必要はないのです。まずはご自分の乳がんの状態や性質を知って、それに合わせた治療をよく考えて、選ぶことが大切です。
増田:乳がんの治療は、現在どのような内容になっているのでしょうか?
片岡先生:乳がんの治療の基本は、手術、放射線、お薬が三大治療となっています。その方の乳がんの性質やタイプによって、これらを組み合わせて行います。何通りものやり方があり、オーダーメイドに近い治療が行われています。
早期だと、手術だけで済むこともあります。また、今は、術後のことを考えて、できるだけ乳房の見た目もきれいに手術するようになっています。もしも乳房を全摘しなくてはならない場合でも、乳房再建が保険適用になっています。
医師から乳がんの告知と同時に治療の説明を受けても、頭が真っ白になってしまい、どうしたらいいかすぐには決められないこともあると思います。しかし、乳がんの多くはそれほど早く進行するがんではなく、治療に関しても、一刻を争うほど急いで行わなければならないものはほとんどありません。何がご自分にとって最善の治療かは、その場ですぐに決めず、医師と話し合ってじっくり決めていけばいいのです。治療する病院や治療法を決めるときは、焦らず時間をかけて、納得いくまで考えて大丈夫です。
治療する医療機関を探すには?
増田:乳がんとわかってから、治療する病院を探す人も少なくありません。治療先を探すときに、知っておくとよい情報はありますか?
片岡先生:乳がんの治療先を探すときには、乳腺の専門医を見つけることが大切です。乳腺外科のある病院が近くにあればいいのですが、病院案内に「乳腺外科」が標榜されていなくても、中規模以上の病院の多くには乳がん治療を専門にしている医師がいますので、病院に尋ねてみてください。乳がんの治療では、退院後、10年間くらい通院治療をする場合も考えられます。できるだけ通いやすい医療機関を検討するほうがいいでしょう。
日本乳癌学会が認定している乳腺専門医のいる全国の医療機関は、
●【日本乳癌学会】ホームページ
https://www.jbcs.gr.jp/modules/elearning/index.php?content_id=7
に「認定施設」として掲載されていますので参考にしてみてください。
間違った情報に惑わされないために
増田:乳がんの情報は大量に出回っており、玉石混交の中、どれが正しく必要な情報なのかがわかりにくくなっています。信頼できる情報を見極めるコツはありますか?
片岡先生:治療を始める際に、まず自分自身の乳がんの特徴や治療計画について知ることがとても大切です。そのために、わかりやすく正しい情報を取捨選択する必要がありますね。
患者さん向けにわかりやすくまとまっているのは
●「国立がん研究センターがん情報サービス
https://ganjoho.jp/public/index.html
です。乳がんとその治療に関する基本的な情報や、地域でがん治療を行える病院がどこにあるのか、何件ぐらい治療をしているのかなど医療機関についての情報が得られるほか、がん情報サービスが発行しているさまざまな小冊子も無料で見ることができます。
また、乳がんの診療ガイドラインを発行している
●「日本乳癌学会」のホームページ
https://www.jbcs.gr.jp/
も参考になります。「乳がんQ&A」では、「手術で乳房を失ってしまうの?」「抗がん薬の副作用で、髪の毛は抜けてしまうの?」「治療費用はどのくらいかかるのだろう」「仕事は続けられるの?…」「治療はどのくらいの期間かかるのだろう」など、患者さんから寄せられた質問をもとにしたQ&Aを掲載しています。こちらを参考に治療の内容を理解し、見通しが立つことで、安心できることも多いと思います。
増田:
●「LINEでわかる乳がん」
https://www.nyugan.jp/recommend/line_lp.html?category=00
にも、公益財団法人がん研究会有明病院が監修した「乳がんの基礎や検査、治療に関する内容」や「Q&A」「体験者の声」などがわかりやすくまとまっていますね。LINEの友だち登録をするだけで、無料で見ることができて便利だと思いました。
治療を考えるときに必要なこと
増田:情報があふれている現代、不確かな情報や間違った情報、時代遅れの情報も多くなっていると感じます。特に、がん治療の情報では、代替治療(療法)や、ガイドラインに沿っているとはいえない「○○を飲んだらがんが小さくなった」「○○療法でがんが消えた」といった治療内容を目にすることがあります。
片岡先生:そうですね。「標準治療」についてはぜひ知っておいていただくといいと思います。がん治療においては、「標準治療」を受けることが基本です。「標準」という言葉から「特上・上・並」のランクで「並」にあたるような治療ではないかとイメージする人もいますが、標準治療は「並」の治療ではありません。たくさんの臨床試験の結果をもとにして、さまざまな検討が重ねられ、専門家の間で合意が得られている最善(ゴールドスタンダード)の治療法なのです。ご自身の乳がんにおいて、今行われている標準治療が何かを知っておくことは、治療法を決めるときに大事なポイントになります。
●「日本乳癌学会」の「患者さんのための乳がん診療ガイドライン2019年版
https://jbcs.xsrv.jp/guidline/p2019/
では、それぞれの人にとっての「標準治療」がわかるように解説されています。これを参考に、主治医とよく相談してください。また、主治医の話を聞いてもよくわからない、または納得がいかない場合は、セカンドオピニオンを聞きにいくのもいいと思います。
乳がんになっても妊娠・出産はできる?
増田:将来、妊娠・出産の希望がある場合、乳がんの治療後に妊娠・出産することは可能でしょうか?
片岡先生:以前は、「妊娠が乳がん再発の危険性を増やすのでは?」とか、「抗がん剤によって赤ちゃんに異常が起こるのでは?」といった漠然とした不安から、抗がん剤治療後の妊娠はあきらめるべきという雰囲気がありました。
けれども、さまざまな研究の結果、このような考え方は正しくないことがわかってきました。乳がん治療後の妊娠や出産、授乳によって、乳がんが再発しやすくなるという証拠はありませんし、赤ちゃんに異常が起こる頻度が高まることはないこともわかっています。
ただ、抗がん剤の中には、卵巣機能に傷害を与えて、月経を止めてしまうものがあって、治療後に自然妊娠ができなくなることがあります。ですから、妊娠を望む人は、年齢にもよりますが、乳がんの治療前に卵子や卵巣組織を凍結保管しておいて、治療後にそれで受精卵を作り妊娠する治療をするほうがいいかもしれません。ただし、乳がんのお薬による治療は5~10年かかる場合もありますので、できるだけ若いうちに卵子や卵巣の凍結保管をしておいたほうが良いでしょう。卵子や卵巣の凍結は35歳以下でないと難しいでしょう。
将来、子どもが欲しいという希望のある方は、乳がんの治療前から主治医や生殖医療の専門医と相談して、妊よう性温存(妊娠・出産できる力を残すこと)という選択肢があることも知っておきましょう。43歳未満の女性の妊よう性温存治療には各自治体から助成金がありますし、乳がん治療後の妊娠も開始時43歳未満なら不妊治療として健康保険が適用できます。妊よう性温存、その後の妊娠どちらにも43歳未満という年齢制限があることに注意が必要です。
妊よう性温存についても、
●「患者さんのための乳癌診療ガイドライン2019年版」(日本乳癌学会)
https://jbcs.xsrv.jp/guidline/p2019/guidline/g9/
に詳しく掲載されています。また、
●「乳がん患者の妊娠・出産と生殖医療に関する診療の手引き 2017年版」(日本がん・生殖医療学会編)
http://www.j-sfp.org/dl/JSFP_tebiki_2017.pdf
なども参考になるでしょう。
乳がんになっても仕事は続けられる?
増田:職場にどう話せばいいのか、仕事はこれまでどおり続けられるのかなども、不安になると思います。乳がんとわかったら、仕事はどのように考えればよいでしょうか?
片岡先生:今、がんは働きながら治療できる病気になりました。がん治療中であっても仕事を続けることは可能です。しかし、がんの診断を受けて驚き、混乱したまま、「仕事はもう無理だ」「周囲に迷惑をかける」と思い込み、仕事を辞めてしまう人がいます。特に乳がんは、早期であれば95%が治る病気です。がんのために仕事を辞める必要はありません。仕事を辞めてしまうと、治療費などの経済的不安を抱えたり、治療後に再就職先が決まらずに苦労される人もいます。
乳がん治療は、手術では入院しますが、放射線治療や抗がん剤などのお薬による治療は外来での通院が中心で、治療をしながら仕事を続けることが可能になっています。仕事を続けるか辞めるかの判断は、即決しないこと。
落ち着いて、自分の治療計画、勤務先の休暇制度や働き方の選択肢、仕事に対するあなたの気持ちを整理しながら考えてください。家族やがん相談支援センターや職場(産業医や人事)、患者会などにも、ぜひ相談してみましょう。
がん診療連携拠点病院に設置されている
●「がん相談支援センター」
https://ganjoho.jp/public/institution/consultation/cisc/cisc.html
では医療ソーシャルワーカーや社会保険労務士など、就労に関する専門家が相談を受けています。また、
●国立がん研究センターがん情報サービス「がんと仕事」
https://ganjoho.jp/public/institution/qa/index.html
も参考になると思います。
増田:片岡先生、もしものときのために、役立つ情報をありがとうございました。正しい情報にアクセスできれば、知識が力となって、乳がんを怖がらずに乗り越えられるのではないでしょうか。次回は、みなさんが気になる乳がんに関する話題をQ&Aで伺っていきます!
取材・文/増田美加 イラスト/帆玉衣絵 内藤しなこ 撮影/伊藤奈穂実 企画・編集/木村美紀(yoi)