乳がんの原因や予防に関する素朴な疑問、質問から、よくあるものをピックアップし、乳腺外科医の片岡明美先生に伺いました。乳がんについては、自分だけでなく、家族や身近な方のことも気になりますよね。今回は、妊娠・出産、授乳や生理と乳がんの関係、遺伝と乳がんについての疑問も取り上げます。
がん研有明病院乳腺外科医長
1994年、佐賀医科大学卒業。九州大学医学部第二外科、国立病院機構九州がんセンター乳腺科などを経て、2016年より現職。日本がん治療認定医機構がん治療認定医、日本外科学会指導医、日本乳癌学会乳腺指導医。検診マンモグラフィ読影認定医師、認定NPO法人ハッピーマンマ理事、認定NPO法人乳房健康研究会理事、日本乳癌学会評議員、日本サポーティブケア学会妊孕性部会メンバー。
妊娠・出産と乳がんは関連する?
増田:女性は女性ホルモンにさらされている期間、つまり生理がある期間が長いほど、乳がんにかかりやすいと聞きます。妊娠・出産する経験が多いと、乳がんになりにくいのでしょうか?
片岡先生:出産と乳がんの関連については、世界中で非常に多くの研究が行われてきています。
まず、出産経験のない人は、出産経験のある人と比べて乳がんになるリスクが高いことが“確実”とされています。日本でいえば、出産経験のない人とある人を比較した場合、出産経験のない人の乳がんリスクは、出産経験のある人のおおよそ2.2倍となっています。また、出産回数が多い人ほど乳がんのリスクは減り、5回以上の出産経験のある人は、経験のない人と比べると、乳がんにかかるリスクが約半分になります。
そして、初産の年齢が高い人と比べると、初産の年齢が若い人ほど乳がんになるリスクが低いことも“ほぼ確実”とされています。初産の年齢が若い人ほど乳がん発症リスクは減少しますが、30歳以上で初産の人は、出産経験のない人と比較して、乳がんのリスクは高いとされています。
ただし、出産経験がある人、初産年齢が若い人、たくさん出産経験がある人が乳がんにならないということではありません。また、出産経験がなかったり、初産年齢が高いからといって、必ず乳がんになるわけでもありません。
授乳経験と乳がんは関連する?
増田:授乳についてはどうでしょうか? 授乳した経験があると、乳がんになりにくいのでしょうか?
片岡先生:授乳経験のある人は、授乳経験がない人と比較すると、乳がんを発症するリスクが低いことは“確実”とされています。授乳の期間が長いほど、乳がん発症リスクが低くなることも“確実”です。
先進国では、開発途上国に比べて乳がん発症率が高いといわれていますが、これは出産数が少ないこと、授乳期間が短いことが関連しているのではないかと考えられています。今の日本の平均出産数である1~2人では、授乳したからといって乳がんリスクが大きく下がるとは考えにくい。授乳した経験があってもなくても、40歳になったら乳がん検診を適切に受けることが大切です。
初経や閉経と乳がんリスクとの関連
増田:妊娠・出産中や授乳している期間は生理が止まり、女性ホルモンにさらされている期間が減るため、女性ホルモンに由来する乳がんのリスクが少し減るということだと思います。だとすると、初経が早く閉経が遅い人は、乳がんになりやすいのでしょうか?
片岡先生:初経年齢や閉経年齢と乳がんを発症するリスクとの関連についても、とてもたくさんの研究が報告されていますね。それらの研究によると、初経の年齢が早い人ほど、乳がんにかかるリスクが高くなることは、“ほぼ確実”です。また、閉経する年齢が遅い人ほど、乳がんリスクが高いことも、“ほぼ確実”とされています。
けれども、初経が遅いから閉経が早いからといって乳がんにならないということではなく、また初経が早いから閉経が遅いから必ず乳がんになるわけでもないことは、妊娠・出産、授乳の場合と同じです。
乳がんは遺伝する?
増田:9人に1人が乳がんにかかる時代ですから、血縁に乳がんの方がいる人も増えています。遺伝性の乳がんを心配する人もいますが、乳がんと遺伝の可能性について教えてください。
片岡先生:確かに、乳がんには遺伝性のものがありますが、一般的に、乳がんはライフスタイルや女性ホルモン、食生活などの環境要因の影響が複雑に関係して発症していると考えられています。
私が勤務するがん研有明病院の乳がんの患者さんの54%に遺伝性の可能性があるとして遺伝学的検査を行なったところ、陽性だった方はこのうちの5~10%(10%以下)でした。これは、「一般社団法人日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構(JOHBOC)」という専門機関が発表している数字とほぼ同じです。
5~10%が遺伝性というのは乳がんにかかった人の中での数字ですから、乳がんにかかっていない方の遺伝性乳がんの確率はもっともっと低い割合です。乳がん患者さんの90~95%は、遺伝以外の要因が関与していることになります。
増田:乳がんになった人の5~10%が遺伝性とのことですが、遺伝的な要因があるかどうかはどうすればわかるのでしょうか?
片岡先生:専門的な詳しい遺伝学的検査が必要です。遺伝学的検査は、乳がんや卵巣がんになった方(患者さん)が希望する場合に、遺伝カウンセリングを受けたうえで採血によって行います。検査でBRCA1、BRCA2という遺伝子の変異が見つかった場合に、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)ということになります。HBOCとわかれば、その患者さんの乳がんあるいは卵巣がんに対してどのように治療するか、その後の予防や検診はどうするかを考えて進めていきます。
また、その患者さんの血縁の方に同じ遺伝子の変異が伝わっているかどうかを、採血による遺伝学的検査で調べることもできます。
血縁に乳がんの人がいると、乳がんにかかりやすい?
増田:血縁に乳がんになった方がいると、乳がんを発症するリスクは高くなるのですか?
片岡先生:血縁者に乳がんになった方がいる場合、その患者さんとご自身との血縁関係が近ければ近いほど、また乳がん患者さんが家系内に多くいればいるほど、その人が乳がんにかかるリスクは高くなります。
世界中の数多くの研究をまとめて検討した結果では、親、子、姉妹の中に、乳がん患者さんがいる女性は、いない女性に比べて2倍以上乳がんになりやすいとされています。また、祖母、孫、おば、めいに乳がんの患者さんがいる女性は、いない女性に比べて、約1.5倍の乳がん発症リスクがあることもわかっています。
ただし、現在の遺伝学的検査では、血縁に乳がん、卵巣がんの方が複数いてリスクが高そうな方でも、BRCA1、BRCA2の遺伝子変異はなく、HBOCではない、とされることもあります。現在の検査では特定されていない遺伝子変異もあるため、調べてもわからない可能性も少なくありません。
その場合は、「わからないけれど遺伝性があるのかも」と思って自分の乳房に関心を持ち、ブレストアウェアネスでいつもと違う変化があったら乳腺外科を受診することを忘れないようにしましょう。心配が強ければ、症状がなくても乳腺外科を受診していただいていいと思います。
●参考資料/『遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)をご理解いただくために ver.2022_1』
一般社団法人日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構(JOHBOC)
https://johboc.jp/wp/wp-content/uploads/2022/02/hboc_ver_2022_1.pdf
更年期障害の治療に使うホルモン補充療法(HRT)の影響は?
増田:女性ホルモン由来の乳がんがあるということで、女性ホルモン剤の影響を心配する人もいます。更年期障害の治療に用いられるホルモン補充療法(HRT)は、更年期の症状に対する治療のファーストチョイスですが、乳がん発症リスクと関連がありますか?
片岡先生:更年期に起こる不調やさまざまな症状に苦しむ女性にとって、ホルモン補充療法(HRT)は、重要な治療の選択肢だと思います。
さまざまな研究によると、ホルモン補充療法の中でも、エストロゲンとプロゲステロンを併用して使う方法では、乳がん発症リスクはほんのわずかですが高くなることが確実とされています。
ただし、リスクを高める程度はほんのわずかですので、不調を我慢してつらい毎日を送り、QOL(生活の質)が下がるよりは、使うことによる利益とのバランスを考えて、婦人科医と相談して選択することは悪くないと思います。もしも心配なら、ガイドラインを守って必要最小限を適切に使えばいいのではないでしょうか。また、ホルモン補充療法以外にも更年期の症状への治療法はあります。漢方薬や抗不安薬といった治療の選択肢も考えてみてもいいですね。
低用量ピルと乳がんとの関連は?
増田:避妊やつらい生理痛を改善する目的で使う「低用量ピル」も女性ホルモン剤ですが、乳がん発症リスクと関係しますか?
片岡先生:低用量ピルを使うことで、乳がんを発症するリスクはわずかながら高くなる可能性があります。けれども、低用量ピルが乳がん発症リスクを高めるのはほんのわずかです。
更年期のホルモン補充療法と同様、低用量ピルを使うことによるメリットとのバランスを考えて、使用するかどうかを選択しましょう。つらい月経痛の改善や子宮内膜症の予防、生理のコントロール、避妊などのメリットを考えれば、低用量ピルを選択してQOLを上げるのもいい選択だと思います。不安があれば産婦人科医とよく相談してみてください。
増田:当事者視点に立ってたくさんの質問にお答えくださって、ありがとうございます。6回にわたって、乳がんについて詳しく教えていただきました。増えている乳がんですが、乳がんを正しく知って、早期発見できるヘルスリテラシーをこれからも高めていきたいと思います。
●参考資料/『患者さんのための乳癌診療ガイドライン2019年版』日本乳癌学会
https://jbcs.xsrv.jp/guidline/p2019/guidline/
取材・文/増田美加 イラスト/帆玉衣絵 内藤しなこ 撮影/伊藤奈穂実 企画・編集/木村美紀(yoi)