今や日本女性にとって身近な病気になってきた乳がん。読者の皆さんのまわりにも、乳がんに罹患した方がいらっしゃるのではないでしょうか。乳がんに関する素朴な疑問、質問から、よくあるものをピックアップしました。食事や生活習慣は、はたして乳がんとどのくらい関係するのでしょうか? 乳腺外科医の片岡明美先生に伺いました。
がん研有明病院乳腺外科医長
1994年、佐賀医科大学卒業。九州大学医学部第二外科、国立病院機構九州がんセンター乳腺科などを経て、2016年より現職。日本がん治療認定医機構がん治療認定医、日本外科学会指導医、日本乳癌学会乳腺指導医。検診マンモグラフィ読影認定医師、認定NPO法人ハッピーマンマ理事、認定NPO法人乳房健康研究会理事、日本乳癌学会評議員、日本サポーティブケア学会妊孕性部会メンバー。
大豆は乳がんの予防になる?
増田:食事や生活習慣と乳がんとの関係についての疑問、質問が、数多く私のもとにも寄せられます。よく聞かれるのは食事に関することです。食事を変えることでがん予防はできるのでしょうか? 食事関連の質問で特に多いのは、大豆や大豆イソフラボンについてです。これらは、乳がんを予防するために役立つのでしょうか?
片岡先生:塩分をとりすぎない、熱いものは冷まして食べることは重要ですが、基本的に食事だけでのがん予防は難しいですね。検診による早期発見と早期治療を目指しましょう。
ただ、大豆食品(納豆、豆腐、味噌、大豆など)や大豆イソフラボンについては、これらをとることで、乳がんを発症するリスクが低くなる可能性があるといわれています。
増田:大豆食品を意識してたくさんとると、より乳がんの発症リスクが低くなる、ということも考えられるのでしょうか?
片岡先生:はい。大豆食品をたくさん摂取することで、乳がんの発症リスクが低くなることがわかってきました。
増田:では、大豆イソフラボンのサプリメントでも、乳がん発症リスクが低くなるということでしょうか?
片岡先生:大豆イソフラボンが乳がん発症リスクを下げるといっても、サプリメントのような形で大量摂取したときの安全性や効果はわかっていません。現状では、乳がん発症リスクを下げるために大豆イソフラボンのサプリメントを摂取することはお勧めできません。
厚生労働省は、通常の食品の摂取量から判断して、イソフラボンサプリメントの服用は1日30mg以下にとどめることを勧めています。大豆イソフラボンは通常の大豆食品から摂取するようにしましょう。
増田:乳がんを予防するために、健康食品やサプリメントをとるのは勧められないということですね?
片岡先生:はい。乳がん予防の目的で健康食品やサプリメントを摂取することはお勧めできません。健康食品はあくまでも食品で、薬ではありません。食品の中から、がんの予防に役立つ“可能性”があると考えられる成分を抽出し、サプリメントとして売られているものもあります。しかしこれらは、あくまで食品。当然、乳がんを予防する効果はありませんし、副作用についても十分に調べられていないのです。
乳製品は乳がんと関係ある?
増田:牛乳、ヨーグルト、チーズなどの乳製品と乳がんとの関係はどうでしょうか? 「乳製品をとると、乳がんにかかりやすくなる」と考えている人もいるようです。
片岡先生:乳製品を摂取することによって、乳がんのリスクはむしろ低くなる可能性があります。
以前は、乳製品は乳がんの発症リスクを高めるという研究報告や、逆に低くするという研究報告など、さまざまありました。けれども近年の研究で、乳製品全般を多く摂取している人は、乳製品摂取が少ない人と比べて乳がんを発症するリスクが少しだけ低くなることが報告されました。ただし、牛乳を単体で飲むことについては確かな傾向はなく、その効果はわかっていません。食品ですから、牛乳もその他の乳製品も偏らずバランスよくとることがいいと思います。
太っていると乳がんになりやすい?
増田:脂肪が多い、肥満傾向の人は、乳がんになりやすいのでしょうか?
片岡先生:肥満は、乳がん発症リスクを確実に高めます。乳がんだけでなく、肥満はさまざまな生活習慣病(糖尿病、脂肪肝、高血圧、心筋梗塞)の大きな原因にもなります。また、子宮体がん、大腸がん、膵臓がん、突然死のリスクも高めます。太りすぎないように気をつけることはとても大切です。適正体重を維持し、睡眠時間を確保しましょう。
肥満の指標としてよく使われるBMI[Body Mass Index:体重(kg)÷〔身長(m)×身長(m)〕]では、25未満が普通、25以上を肥満としていますとしています。BMIが25以上になったら、要注意ですね。
運動によって乳がん発症リスクは低下する?
増田:運動をすると乳がんになりにくい、ということはありますか?
片岡先生:はい。特に閉経後の女性は、定期的に運動を行うことによって乳がん発症リスクが低くなることは“ほぼ確実”とされています。日頃から軽い運動をする習慣を持つことは大切です。
運動は、女性ホルモンやエネルギーバランスによい影響を与えます。女性ホルモンは乳がんの発症と密接に関係しますので、日常生活における運動量と乳がん発症リスクとの関連についても数多く研究されてきています。その結果、定期的な運動を行なっている人は、運動量の少ない人に比べて乳がんを発症するリスクが低いことがわかっています。
増田:どのような運動をするのがいいのでしょうか?
片岡先生:定期的な軽い運動がいいといわれています。例えば、少し汗ばむぐらいのウォーキングや軽いジョギングなどの有酸素運動を、毎日10~20分程度するのが目安です。閉経前の女性や男性も肥満や生活習慣病の予防にもなりますので、定期的な軽い運動をお勧めします。激しい運動をしたからといって乳がんの発症リスクが下がるわけではありませんので、軽い運動で十分です。
ストレスや性格で乳がんにかかる?
増田:乳がん経験者の中には、ストレス状態が長く続きメンタルが低下したことで、免疫力が落ちて乳がんになったのではないかと考える人も少なくありません。ストレスや性格は、乳がんと関係するのでしょうか?
片岡先生:ストレスとがんについての研究はいろいろ行われていますが、今のところ確かな結果は出ていません。
アルコールや煙草はリスクになる?
増田:アルコールや煙草は、当然、乳がんのリスクを高めますよね?
片岡先生:アルコールの摂取によって乳がん発症リスクが高くなることは“ほぼ確実”とされています。しかし、1日に1杯程度のアルコール飲料の摂取(日本酒なら1合、ビールなら中ジョッキ1杯、ワインならワイングラス2杯)はリスク因子にならないという報告もあります。飲む量が増えるほど、乳がんのリスクが高まるとされています。でも、お酒を飲むのは楽しいですよね。飲むときは、楽しい仲間と、ほどよい量を飲んでいただけたらと思います。
しかし、喫煙はダメです。肺がんや多くの生活習慣病の原因になり、喫煙で乳がん発症リスクが高くなることは、ほぼ確実です。また受動喫煙も、乳がんのリスクを高める可能性があります。健康維持のためにも禁煙を! そして、ほかの人の煙草の煙もできるだけ避けることをお勧めします。
増田:アルコールは適量を楽しむなら〇。でも、煙草は絶対NGですね。まだまだ聞きたい素朴な質問がありますので、次回も引き続きよろしくお願いいたします。
取材・文/増田美加 イラスト/帆玉衣絵 内藤しなこ 撮影/伊藤奈穂実 企画・編集/木村美紀(yoi)