たくさん汗をかく、いわゆる「汗っかき」の体質は、病気とはいえません。 しかし、暑いわけでもないのに、日常生活に支障が出るほどの汗をかくとなると「多汗症」かもしれません。わき汗だけでなく、頭部(顔面)、手のひら、足のうらなどの汗に悩んでいたら、どんな治療ができるのでしょうか? 前回のわき汗治療に引き続き、多汗症の診療ガイドライン策定*1にもかかわった汗治療の専門家、藤本智子先生に取材しました。
*1『原発性局所多汗症診療ガイドライン 2023年改訂版』(日本皮膚科学会ガイドライン)
池袋西口ふくろう皮膚科クリニック院長
浜松医科大学医学部医学科卒業。東京医科歯科大学皮膚科入局。東京医科歯科大学皮膚科医員・助教、多摩南部地域病院皮膚科医長、東京都立大塚病院皮膚科医長を経て2017年より現職。医学博士。日本皮膚科学会認定専門医。東京医科歯科大学皮膚科臨床講師、日本発汗学会理事ほか。池袋西口ふくろう皮膚科クリニック院長。
多汗症はわき汗だけじゃない! 手のひらや頭にも
増田:生活に支障が出るほどの汗をかく「多汗症」は、わき汗(→Vol.66)だけでなく、頭部(顔面)や手のひらなど、いろいろな部位にわたるのでしょうか?
藤本先生:「多汗症」には、全身に多量の汗をかく「全身性多汗症」と、手のひらや足のうら頭部(顔面)、わきの下なども、局所的に多量の汗をかく「局所性多汗症」とがあります。
原因はそれぞれで異なり、何らかの病気によって引き起こされる多汗を、「続発性(ぞくはつせい)多汗症」といいます。続発性全身性多汗症の場合は、甲状腺機能亢進症や糖尿病などやお薬の副作用が原因のこともあります。続発性局所性多汗症は、末梢神経の損傷などが原因としてあげられます。
一方、全身性多汗症、局所性多汗症ともに、原因が不明の場合があります。これを「原発性(げんぱつせい)多汗症」といい、20代~40代といった比較的若い世代の方が発症しやすいと言われています。原発性局所多汗症は、手のひら、足のうら、わきの下、頭部(顔面)などに左右対称に汗が出ます。ストレスなど、精神的なことが原因で起こると考えられていますが、詳しいことはまだ解明されていません。
【原因がない「原発性多汗症」と原因がある「続発性多汗症」】
特に原因がない「原発性」と、病気やお薬が原因の「続発性」に分けられます。汗が出る部位は、全身(全身性)の方もいれば、体の一部分(局所性)の方もいます。
増田:原発性局所多汗症は、体のどの部位に汗をかくことが多いのですか?
藤本先生:原発性局所多汗症は、部位によって、発症している患者さんの割合が異なります。わきの下がいちばん多く、次に手のひらです。私たちが行った調査研究で、5歳~64歳の日本人を対象にしたものがあります。原発性局所多汗症で手のひらの多汗症を発症している患者さんは、約493万人。割合にすると日本人の5.3%と考えられています。男性の割合は6.3%、女性は4.1%です*2。
*2 Fujimoto T, et al.: J Dermatol 2013; 40(11): 886-90.
【原発性局所多汗症の患者の割合(日本)】
日本人に多い、原因のない局所の多汗症は、わき汗、その次が手汗です。
増田:前回はわき汗(→Vol.66)について詳しく伺いましたが、わき汗の次に多い、手のひらの原発性局所多汗症かどうかは、どのように判断すればよいでしょうか?
藤本先生:セルフチェックできるものがありますので、わき汗のチェックリストと共通していますが、紹介しますね。
【手のひらの多汗症チェックリスト】*3
あてはまる項目をチェックしてください。
□手汗について思い当たる原因がない(病気や、服用しているお薬など)
□手汗が6カ月以上続いている
+
□最初に手の多汗症状が出たのが25歳以下
□左右の手のひらに汗をかく
□睡眠中は発汗が止まっている
□1週間に1回以上、手の多汗症状がみられる
□家族に同じ症状の方がいる
□手汗のために日常生活に支障をきたしている
最初の2項目にチェックがつき、さらにその下の6項目のうち、2項目以上当てはまる場合は「原発性手(しゅ)掌(しょう)多汗症」かもしれません。
*3 藤本智子 ほか『公益社団法人日本皮膚科学会誌 2023』133(2): 157-88. より改変
原因不明で、特定の場所になぜ汗をかくの?
増田:原発性局所多汗症は、原因不明とのことですが、なぜ手のひらや頭部(顔面)、足のうら、わきの下と限られたところだけに汗をかくのでしょうか?
藤本先生:汗には、上がった体温を下げる大事な働きがあります。汗をかいて、汗の水分が皮膚で蒸発するときに、まわりから熱を吸い取って(気化熱)、皮膚の温度が下がります。汗は体温を下げ、体が熱くなりすぎるのを防いでいるのです。
また、緊張やストレスで汗をかくこともありますね。「今日の試合は“手に汗握る”展開だった」と表現されるように、ハラハラ、ドキドキなど精神的な興奮やストレスで汗をかく機能も人間にはあるのです。精神的にかく汗は、ヒトもサルのように木の上で生活していた進化の過程の名残りともいわれており、獲物をとったり、敵から逃げるときに、手や足が滑らないためだったという説もあります。頭部に汗をかくのは、最も大事な脳を冷やして守ろうとしているのかもしれません。多汗症の原因に、精神的な面やメンタルの影響は作用していると考えられています。
汗は、汗腺から分泌されます。汗腺には、エクリン汗腺、アポクリン汗腺、アポエクリン汗腺の3つがあります。このうち、エクリン汗腺は、手のひら、わきの下、足のうらをはじめ、全身に広く分布しています。エクリン汗腺からは、体温調節やストレスなどの精神的な刺激で汗が出てきます。汗をかくときは、脳の視床下部から汗を出す指令が交感神経に伝えられます。そして、交感神経から発汗物質であるアセチルコリンが分泌され、エクリン汗腺にある受容体に結合し、エクリン汗腺から汗が出ます。局所多汗症は、この指令系統が過剰になっている状態です。
手のひら、足のうら、頭部(顔面)、わきの下の多汗症の治療法は?
増田:手のひら、足のうら、頭部(顔面)、わきの下の原発性局所多汗症は、皮膚科でどのように治療するのでしょうか?
藤本先生:治療には、塗り薬、注射薬、飲み薬などがあります。それぞれについて紹介します。
抗コリン外用薬
手のひらの多汗症である「手掌多汗症」とわきの下の「腋窩多汗症」の治療薬で、保険適用の塗り薬です。皮膚吸収で、皮膚の下にある交感神経から出される発汗物質のアセチルコリンをブロックすることで過剰な発汗を抑えます。手掌多汗症には、ローションタイプの外用薬があります。副作用としては、塗布部位の皮膚の炎症や湿疹、口の渇きなどがおこる場合があります。
塩化アルミニウム外用薬
多汗症の部位に塗るお薬です。現在、保険適用で使えるお薬はなく、自費(自由診療)になります。皮膚表面にある汗の出口を塞ぐことで発汗を抑える機序です。重症度が高い場合は、重症度が高い場合は、寝る前に薬を塗ったあとに手袋などで覆い密封する方法もあります。おもな副作用としては、塗布部位の皮膚の炎症やかゆみなどがあります。
ボツリヌス毒素局注療法
多汗症の部位に、ボトックス®️を注射する治療です。多汗症の部位に複数カ所、注射します。重症のわき汗(原発性腋窩多汗症)には、保険適用されています。手のひら、足のうらや頭部などに行う場合は、自費(自由診療)になります。ボツリヌス菌が作るボツリヌス毒素が神経細胞内で作用し、発汗物質のアセチルコリンが神経の外に出られないようにします。おもな副作用として、注射部位の腫れや痛み、投与部位の一過性の筋力低下などがあります。
抗コリン経口薬
飲んで多汗症に作用するお薬です。特にボトックスや次に紹介するイオントフォレーシスが行えない頭部(顔面)の多汗症には、使ってみる価値はあります。副作用は少ないですが、おもな副作用としては、口の渇きや便秘、目のかすみなどがあります。
イオントフォレーシス
手のひらや足のうらの多汗症で使われます。手や足を、水をためた容器に浸し、10~20mAの電流を約10~15分間流す治療です。水中で発生させた水素イオンが汗の出口を小さくすることで発汗を抑えます。手のひらや足のうらの多汗症では保険適用されています。これを8~12回ほど行うと、多汗症の改善に効果が期待できるとされています。すべての医療機関で行える治療ではないため、治療については医療機関で、確認が必要です。
交感神経遮断術
主に重度の手の多汗症に適応される治療です(頭部顔面・足底は勧められません)。ここまでの治療で効果が実感できない、重症の局所多汗症の方の治療です(保険適用)。交感神経の働きによる多汗症を抑えるために、交感神経を切除、もしくは焼くなどする治療法です。かつては大がかりな手術が必要でしたが、最近では腋の下を数ミリ切り、そこからカメラを入れて手術することが可能になりました。だいたい10分ほどで完了する場合がほとんどです。手術後に体の他の部分から発汗をしてしまう、代償性発汗が術後合併する場合があり、十分説明を受けたうえで行うことが勧められます。
藤本先生:このように多汗症の部位と、その方の重症度によって、選択できる治療法があります。ぜひ困っているようでしたら、皮膚科で相談してみてください。手のひらやわきの下の多汗症で軽症の方なら、保険適用の抗コリン外用薬から使ってみるといいと思います。
増田:ありがとうございます。部位ごとに治療法が選べるのがいいですね。保険が使える塗り薬からなら試しやすいです。次回は、汗のニオイとわきがについて、引き続き、藤本先生にお話を伺います。
参考資料/『原発性局所多汗症診療ガイドライン 2023 年改訂版』日本皮膚科学会
取材・文/増田美加 イラスト/帆玉衣絵 内藤しなこ 撮影/伊藤奈穂実 企画・編集/木村美紀(yoi)Photos by coffeekai/Getty Images