ニオイに敏感になっている現代社会。ニオイへの配慮は、エチケットでもあると思われているため、ワキガや汗のニオイに悩んでいる人も少なくありません。そもそもワキガや汗のニオイはどういうメカニズムで発生するのでしょうか? 原因や対処法を汗治療の専門家、藤本智子先生に取材しました。
池袋西口ふくろう皮膚科クリニック院長
浜松医科大学医学部医学科卒業。東京医科歯科大学皮膚科入局。東京医科歯科大学皮膚科医員・助教、多摩南部地域病院皮膚科医長、東京都立大塚病院皮膚科医長を経て2017年より現職。医学博士。日本皮膚科学会認定専門医。東京医科歯科大学皮膚科臨床講師、日本発汗学会理事ほか。池袋西口ふくろう皮膚科クリニック院長。
ワキガとわき汗のニオイとは違うもの?
増田:汗のニオイとワキガとは、違うものなのでしょうか? わき汗が多い多汗症の人に、ワキガが多いということはあるのでしょうか?
藤本先生:汗のニオイとワキガとは、違うニオイです。ワキガは独特なニオイがあり、よく「スパイスのような鼻にツンとくるニオイ」「硫黄のようなニオイ」などにたとえられます。
わき汗が多いからといって、必ずしもワキガとは限りません。けれども、わき汗が皮膚表面で皮脂などと混ざると菌が繁殖しやすくなり、汗の成分などが分解されてニオイが発生する可能性があります。
増田:ワキガは、どのようなメカニズムで発生するのでしょうか?
藤本先生:汗腺には、エクリン汗腺とアポクリン汗腺の2種類があり、エクリン汗腺が体全体の表皮にあるのに対して、アポクリン汗腺はわきや乳首、デリケートゾーンといった特定部位の毛包内だけに存在します。
ワキガは、アポクリン汗腺から分泌される汗から発生します。アポクリン汗腺からの汗にはタンパク質や脂質などの有機酸が含まれていて、それがわきの常在菌によって分解されることで、独特のニオイが発生するのです。
【ワキガはアポクリン汗腺から分泌される汗から発生する】
ワキガの原因は?
増田:ワキガは、どのような原因で発症するのでしょう?
藤本先生:遺伝性もあり、両親のうちどちらかがワキガだと発症する可能性が高くなります。また、性ホルモンが活発な若い年代は、アポクリン汗腺の働きが活発になります。女性は、月経や妊娠、出産の際に、一時的にワキガのニオイが強くなることがあります。女性ホルモンによる体の変化は、アポクリン汗腺にも影響を及ぼすのです。そのため、女性ホルモンの分泌量が減る更年期以降は、ワキガは軽くなる傾向があります。
ワキガの可能性があるのは、耳垢が湿っていて、かつ耳毛が多く生えている人です。外耳道には、エクリン汗腺が存在しないため、耳垢に湿り気があるのは、アポクリン汗腺から分泌された汗による可能性が高いのです。外耳道にアポクリン汗腺がある場合は、わきの下にもアポクリン汗腺が多いことがほとんど。また、アポクリン汗腺は毛包の中にあるため、外耳道に毛が多い可能性があります。
また、洋服のわきの下に色がつく場合は、ワキガの可能性があります。ワキガでない人のわき汗の色は、エクリン汗腺から分泌されるので透明です。ワキガの人のわきには、アポクリン汗腺が多くあり、アポクリン汗腺からの汗は、タンパク質や脂質、糖質、鉄分、アンモニアなどの物質を含んでいるので、洋服が黄ばみます。
食生活の乱れ(肉類などの高脂肪食&高カロリー)や過度の飲酒や喫煙などの生活習慣も関係しています。動物性タンパク質を多く摂取することで、アポクリン汗腺から分泌されるタンパク質の量が増える可能性があります。腸内細菌は動物性タンパク質の悪玉菌を増やすため、腸内細菌の悪化でニオイの悪化につながる可能性も考えられます。
それから、ワキガかどうか自分で判断がつかない人は、家族などまわりの人にわきのニオイを指摘してもらうといいと思います。自分で臭うと思っていても、そうでない可能性もあるからです。「自分はワキガだ」と思って病院を受診しても、ニオイに敏感になりすぎている自臭症(自己臭恐怖症)である場合もあります。
セルフケアでできる、ワキガの基本的対処法は?
増田:日本人でワキガに悩む人は、どのくらいいるのでしょうか?
藤本先生:ワキガに悩むほどアポクリン汗腺が多い日本人(東アジア人)は15~20%程度と言われています。黒人、白人は、90~100%と言われていて、比べると圧倒的に少ないのです。欧米人は、ワキガは当たり前のことなので治療する人は少なく、悩むのは東アジア人が圧倒的に多くなっています。また、アポクリン汗腺の数は、毛量と関係があり、ワキガの重症の人は、わきの毛量が多い場合が多いです。
増田:ワキガが少ない社会だから、逆に自分のニオイが気になってしまうのですね。対処法はありますか?
藤本先生:セルフケアで、ある程度ニオイ対策はできます。ワキガの基本的対処法を紹介します。
【ワキガのセルフケア】
●食生活の改善
前述したように肉、乳製品、バターなどの高カロリー、高脂肪食はワキガを悪くする原因になります。タンパク質は大豆製品や魚を中心にとりましょう。
●飲酒や喫煙を控える
アルコールやニコチンは、汗腺を刺激する作用があり、アポクリン汗腺の働きが活発になります。体臭がきつくなる原因にもなります。
●ストレスをためない
ストレスは交感神経が優位に働き、精神性発汗が起こります。ストレスはニオイを抑えるうえで大敵です。ストレスをためないように心がけましょう。
●運動習慣をつける
運動でこまめに汗をかくと、細菌繁殖に関係する老廃物の排出を促し、ニオイの軽減につながります。適度な運動は、ストレス発散のためにも大切です。
●こまめにわき汗を拭く
ニオイの原因となる汗をまめに拭くことで、ワキガのニオイを抑えられます。
●制汗剤や殺菌剤を使う
汗の分泌を抑える制汗剤、細菌繁殖を抑える殺菌剤を塗るのも効果的です。市販の制汗剤を選ぶときは、ワキ汗制汗成分「塩化アルミニウム水和物」(クロルヒドロキシアルミニウム=ACH)の成分が入っているものがいいでしょう。軟膏やスプレー、ローション、パウダーなど使いやすいものを選んでください。また、アク抜きや煮崩れ防止など料理で使われる食品添加物のミョウバン。「硫酸アルミニウムカリウム」と呼ばれる物質ですが、ミョウバン水を手作りして、化粧水のようにわきの下につければ、消臭・殺菌・制汗の効果が期待できます。
●わき毛を処理する
わき毛は、細菌の繁殖が活発になります。ニオイが気になるなら脱毛処理をおすすめします。
病院での治療法は?
増田:セルフケアを行なっても気になるワキガは、病院でどのように治療できますか?
藤本先生:さらに気になる場合は、皮膚科を受診してください。皮膚科でのニオイ検査は現在、機器ではなくヒトの嗅覚による重症度の診断評価を行なっています。
また、ワキガが気になる人は、わき汗(原発性腋窩多汗症)を治療することで、汗による衣服のニオイや体臭が気になるのを防げる可能性もあります(→Vol.66)。更年期世代の方で、ホットフラッシュ(多汗、ほてり)でニオイが気になっている場合は、更年期障害の治療として婦人科で女性ホルモン補充療法(HRT)を行うのもいいでしょう。
皮膚科でのワキガ治療は、アポクリン汗腺や皮脂腺を除去する手術、レーザー治療などがあり、ワキガと診断されれば、保険が適用されます。また、実際は臭わないのに、臭っていると思い込んでしまう方もいます。考え方のクセを変える認知行動療法が有効な場合もあります。ぜひ悩んでいたら、皮膚科で相談してみてください。
増田:ニオイは、自分では客観的評価ができにくいと思います。そのためにも、皮膚科で診断してもらうのもいいですね。もしかしたら、自分だけの思い込みということもあるかもしれません。セルフケアも参考になりました。汗をかく季節、自分が快適に過ごすためにも、適度に対策をしていきたいです。3回にわたって、汗とニオイの対策をありがとうございました。
取材・文/増田美加 イラスト/帆玉衣絵 内藤しなこ 撮影/伊藤奈穂実 企画・編集/木村美紀(yoi)Photos by Pikusisi-Studio,Mike Kemp/Getty Images