不妊治療を行なったことがある(または予定している)人の中で、「仕事と両立している(または両立を考えている)」という人の割合は、約53%。一方で、「仕事と両立ができなかった(または両立できないと考えている)」人は約35%もいました*1。両立を困難にしている要因は何なのでしょうか? 今回も引き続き、東京大学医学部附属病院で不妊治療に携わる廣田泰先生に伺います。
*1 厚生労働省平成29年度「不妊治療と仕事の両立に係る諸問題についての総合的調査研究事業 調査結果報告書」
仕事と不妊治療の両立を支援する動きが
増田:不妊治療と仕事の両立ができない理由として挙げられたのは、「精神面で負担が大きい」「通院回数が多い」「体調、体力面で負担が大きい」が上位3つでした*1。働きながら不妊治療を行うのはやはり難しいのでしょうか?
廣田先生:厚生労働省は、不妊治療の保険適用と合わせて、仕事と不妊治療の両立をかなえるための支援策を打ち出しました。今は、社会全体の労働生産性を落とさないようにするためにも、仕事と不妊治療の両立は重要だと考えられています。企業を含め社会全体として、不妊治療を行うカップルをサポートすることが求められているのです。
企業に関しては、不妊治療をしている人にどのようなサポートが必要なのかを調査して、その結果を反映した不妊治療支援を行う中小企業に助成金を支給するといった取り組みもあります。実際に、3割の企業が、不妊治療中の人のための支援制度を実施していると答えています*1。
厚労省が作成した『不妊治療と仕事との両立サポートハンドブック』も配布され、「不妊治療と仕事との両立のために|厚生労働省 」から自由にダウンロードできるようになっています。こちらには、職場での配慮や管理職の対応のポイント、不妊治療を受ける当事者への情報提供なども記されています。数はまだまだ多くはありませんが、一部の会社では、不妊治療中の人に対して、休暇のとり方の相談に乗ったり、フレックスタイム制やテレワーク制を導入するといったサポートも行われているようです。
廣田先生:また、『不妊治療連絡カード』というものもあります。これは、不妊治療をする人が企業に対して不妊治療中であることを伝えたり、企業の不妊治療支援制度を使うために提出することを目的に、厚労省が作成したものです。私たち医師が、不妊治療の時期や配慮が必要な点などをカードに書いて、当事者を通して企業側に渡すことで、社内制度の利用や相談、配慮がスムーズに進むようにというねらいです。
増田:保険適用をきっかけに、少しずついい方向に進んでいるんですね。
廣田先生:今は企業側もいろいろ模索しているのだと思います。さまざまな支援策を取り入れながら、問題点があれば改善し、さらに使いやすい制度にしていかなければなりません。時間はかかるかもしれませんが、不妊治療を行うカップルにとって仕事と不妊治療を両立しやすい社会に近づいていければ、と期待しています。
「治療の難しい不妊症」のためのガイドブック
増田:今回、東京大学医学部産婦人科の先生方が作られた『治療の難しい不妊症のためのガイドブック』も、不妊治療を行うカップルにとっては大切な支援になりますね。「治療の難しい不妊症」というのは、どんな人が当てはまるのでしょうか?
廣田先生:不妊になりやすい病気である「子宮内膜症」「子宮筋腫」「子宮腺筋症」などのある方が対象になっています。また、繰り返し体外受精を行なっても着床しないような「着床障害」の方も対象です。
増田:治療の難しい不妊症の人は、どのくらいの割合でいるのですか?
廣田先生:例えば、一般的な若い方の場合、1回の胚移植(受精卵を子宮内に戻す)で40~50%の方が妊娠します。しかし、一定の割合で、胚移植を繰り返してもうまくいかない(妊娠しない)方がいます。正確なデータがなく、私の見たところ1~2割くらいではないかと思いますが、その方たちは治療の難しい不妊症(難治性不妊症)といえます。
しかし一方で、子宮内膜症や子宮筋腫があっても妊娠できる方もいます。今は、子宮内膜症の手術をせずに、体外受精を選択する方も増えています。『治療の難しい不妊症のためのガイドブック』には、いろんな選択肢が増えて複雑になった不妊治療についての基本的なことが書かれていますので、産婦人科を受診して相談するときの参考に役立てていただければと思います。
リモートでインタビューに答えてくださった廣田先生。『治療の難しい不妊症のためのガイドブック』は東京大学医学部産婦人科の先生たちの尽力により作成されました。
治療が難しい不妊症の方へのサポートも
増田:治療の難しい不妊症の方への治療法はあるのでしょうか?
廣田先生:難治性不妊症の方でも、治療してうまくいくこともあります。今まで何回も胚移植を行なって妊娠しなかった人が、妊娠できたケースもあります。難治性だからといって、あきらめる必要はありません。
しかしこのような方々は、精神的にも経済的にもたいへん負担が大きいと思います。先が見えず、どこまで治療を続けるべきか迷われることもあるでしょう。このガイドブックは、「現状として治療の難しい不妊症とはこういうもので、今の医学ではここまでは、こういう治療がある」といったことや、「どこまで続けるのか、どこからは難しいのか」の基準が、一般の方にもある程度わかるように書かれています。現状を正確にお伝えすることで、少しでも治療の見通しがついたり、状況の理解の助けになればと思って作りました。
増田:廣田先生のいる東京大学医学部附属病院の不妊治療では、こういった治療の難しい不妊症の方々を多く診ていらっしゃるのですね?
廣田先生:はい。不妊治療を1年以上してきても妊娠しない方、不妊症の原因となる病気(子宮内膜症、子宮筋腫、子宮腺筋症)がある方を対象に治療することが多いですね。そのため、患者さんは30代後半から40代前半の方が中心です。手術を行える施設ですので、子宮内膜症、子宮筋腫、子宮腺筋症の手術治療と、不妊治療を並行して行えるのが特徴です。
ここでは、一般不妊治療(タイミング療法、人工授精)から生殖補助医療(体外受精、顕微授精)まで行えます。不妊外来、不育症外来、体外受精外来、子宮内膜症外来、子宮腺筋症外来、着床外来などがあり、それぞれのチームが連携して治療をしていきます。
増田:不妊治療が保険適用になったことで、治療の難しい不妊治療への取り組みが今後さらに進むことを期待したいですね。
廣田先生:今回の保険適用は、単に費用の負担を減らすだけでなく、社会の注目が集まり、不妊治療についてみんなが考え、環境整備をしていく動きを促すというメリットもあると思います。患者さんが置かれている環境を改善したり、情報提供を活発化させようとする動きが、今後、加速していくのではと思います。
増田:ありがとうございました。次回は、不妊治療の最終回。心のケアの問題を廣田先生に伺います。
【治療の難しい不妊症のためのガイドブック】
https://www.gynecology-htu.jp/refractory/
【東京大学医学部附属病院 女性診療科・産科/女性外科】
https://www.gynecology-htu.jp/
東京大学大学院医学系研究科産婦人科学講座 准教授
産婦人科医。医学博士。東京大学医学部医学科卒業。東京大学大学院医学系研究科修了。ヴァンダービルト大学研究員、シンシナティ小児病院研究員留学。東京大学医学部附属病院女性診療科・産科講師ほかを経て、2020年より現職。日本産科婦人科学会 専門医・指導医。日本生殖医学会幹事長、生殖医療専門医・指導医。日本内分泌学会内分泌代謝科専門医・指導医。『治療の難しい不妊症のためのガイドブック』の執筆・編集に携わる。
取材・文/増田美加 イラスト/itabamoe 撮影/伊藤奈穂実 企画・編集/浅香淳子(yoi)