尿もれでいちばん多いのは、くしゃみや咳でもれる「腹圧性尿失禁」。尿もれ経験者の約7割がこの腹圧性尿失禁というデータもあります*。セルフケア方法はもちろんですが、それだけでは改善しないときにクリニックでできる治療法について、引きつづき、女性泌尿器科医の二宮典子先生に伺いました。
*ロリエHP読者20代~40代女性17,908人への調査(2017年、花王)
妊娠、分娩経験のある人が大多数
増田:重い荷物を持ち上げたときや、咳やくしゃみ、排便時のいきみなど、お腹に力が入るともれる、という声をたくさん聞きます。これが「腹圧性尿失禁」なのですね。どのような原因で起こるのでしょうか?
二宮先生:腹圧性尿失禁は、尿もれの中で最も多くて、骨盤底筋群を含む骨盤底の筋肉や靭帯が緩むために起こります。特徴的な症状が、くしゃみや重いものを持つときに腹圧がかかるともれる、というものです。
妊娠や分娩経験、肥満、便秘や過度のスポーツなどで腹圧をかけることが原因です。圧倒的に多いのは、妊娠、分娩経験がある方です。ほかにも、急激に体重が増えた方、便秘なども原因になります。男性も加齢によって尿失禁は起こりますが、くしゃみや咳でもれる人はほとんどいません。
妊娠中、大きくなっていく子宮を支えるのは骨盤底筋や靭帯です。また、出産に備えて妊娠中は、靭帯や股関節、仙骨、恥骨などの関節やその結合部分が緩んできます。そして、分娩時には、赤ちゃんの大きな頭が産道を通過することで骨盤底筋も靭帯もかなりのダメージを受けます。出産で傷ついた筋肉や靭帯は、完全に元通りにはならず、女性ホルモンが減少する更年期に再び緩み、尿道口の締まりが腹圧に負けてしまうのです。
腹圧性尿失禁の重症の方は、尿意がないのに、ダーッともれます。重症の方は、尿という液体を骨盤底筋や尿道の引き締めのトレーニングだけで止めるのには、限界があります。
安静時
尿道は、恥骨尿道靭帯と腟ハンモック(膀胱と尿道を支えている面)に支えられていて、このバランスを骨盤底筋群がとっています。
腹圧がかかったとき(正常時)
腹圧がかかると、瞬間的に骨盤底筋群の筋肉グループが収縮して、尿道が曲がり、さらに閉まるので、尿もれは起きません。
腹圧性尿失禁(異常時)
腹圧がかかったときの尿もれでは、恥骨尿道靭帯や骨盤底筋群が緩んで、尿道が曲がらず、下に下がってしまいます。そのため、上からの圧に負けてもれてしまいます。
クリニック受診でできること
増田:腹圧性尿失禁には、骨盤底筋トレーニングや膀胱訓練はあまり効果がないのでしょうか?
二宮先生:軽症の方なら、前回紹介した「骨盤底筋トレーニング」や「膀胱訓練」は、十分効果があります。1日に摂取する水分量や食事などについても、前回紹介した過活動膀胱のケアと同様で大丈夫ですので、ぜひ行なってみてください。
増田:骨盤底筋トレーニングなどのセルフケアを行なっても尿もれが改善しない方は、どの程度の尿もれが起きたらクリニックを受診すべきでしょうか? 受診するなら、女性泌尿器科でしょうか?
二宮先生:週1回以上もれて、日常生活に支障を感じるようなら早めに受診してください。くしゃみや咳でもれる方は、筋肉トレーニングだけではなんともならないこともあります。
また、頻尿の中には、膀胱のがん、結石、慢性膀胱炎などの可能性も含まれています。一度は病院で検査して、重大な病気ではないかを診てもらうことも大事です。日常生活で気をつけることやお薬で、かなり改善する方も少なくありません。
女性泌尿器科医はだいぶ増えていて、泌尿器科学会入会者(2013年)の5.4%(447人/8207人)、19人に一人が女性医師になりました。でも、もし通いやすいところに女性泌尿器科医が見つからなければ、婦人科医でも診てくれますので、受診してみましょう。
増田:クリニックではどのような検査をしますか? 受診時に何を持っていくといいでしょうか?
二宮先生:まずは問診をして、腹部の診察をします。場合によっては外陰部(尿道や腟)の診察をします。尿検査、超音波検査(エコー)、血液検査をすることもあります。
それから、起床から翌朝までの排尿時刻や排尿量などを記録したもの(排尿日誌)を3日間でもつけてきてくれると治療に役立ちます。いつから、何にどう困っているか、治療でどうなりたいかなどの希望もまとめてください。お薬手帳も忘れずに。
大阪のクリニックにいらっしゃる二宮先生に、リモートで取材させていただきました。
尿もれの治療は進んでいます
増田:治療はお薬で可能でしょうか? ほかにもいろいろな治療法があるのでしょうか?
二宮先生: 昔は、恥ずかしいからと我慢している女性も少なくありませんでした。でも、今はたくさんの治療法があります。一人一人の症状に合わせて、相談しながら適した治療法を選び、複数の治療を組み合わせることもできるようになりました。まさにオーダーメイドの治療です。クリニックで骨盤底筋トレーニングの仕方を教わることもできますし、薬の種類も豊富です。
お薬は、切迫性尿失禁の場合は、軽症から中等度の方なら、β3(ベータスリー)刺激薬がファーストチョイスです。効果がない場合には、抗コリン剤があります。以前の抗コリン剤は、便秘、口がかわくなどの副作用がありましたが、今はだいぶ少なくなりました。貼り薬も出ています。残念ながら、中等症から重症な腹圧性尿失禁に対する有効な飲み薬はほとんどありません。ですが、新薬も開発されてきています。腹圧性尿失禁も過活動膀胱も、症状に合わせて漢方薬を併用することもあります。
お薬の種類は豊富ですし、合わなければ変えることもできます。また、ずっと飲みつづけなくても、寒い冬の季節だけとか、悪化する季節だけに飲んでもいいと思います。よくなったら1回やめてみようということもできます。尿をためられるようになって、それにより膀胱が伸びるようになれば、薬がいらなくなる方もいます。
ただし腹圧性尿失禁が重症になってしまうと、お薬だけで改善するのは難しい方も少なくありません。
増田:お薬以外にも治療法がありますか?
二宮先生:ほかにも注射や磁気、高周波、超音波治療など、さまざまな治療法があります。健康保険が使える治療も少なくありません。重症の方は、最終的には手術という方法もありますが、その前にできる治療はたくさんあります。できれば、症状がひどくなる前に受診することで、改善もしやすくなります。下記にまとめましたので、参考にしてみてください。
【お薬だけじゃない、尿もれ・頻尿の治療法】
●ボトックス注射
薬の治療で改善しない過活動膀胱、切迫性尿失禁に対する保険適用の治療。顔のボトックス治療と同じ成分を尿道から内視鏡を挿入し、膀胱壁に注射します。
●仙骨神経刺激療法
薬で改善しない過活動膀胱、切迫性尿失禁への保険適用の治療。臀部から針金状の電極を差し込み、臀部の皮下にも心臓のペースメーカーのような電気刺激装置を埋め込み、膀胱を刺激します。
●磁気刺激治療
週2回、約30分治療用の椅子に座ることで磁力によって骨盤底の筋肉や神経を刺激します。腹圧性尿失禁や切迫性尿失禁に対して、いずれも保険適用で効果が高い治療です。
●CO2レーザー
フラクショナル炭酸ガスレーザー治療は、顔に行う美容医療と同じCO2レーザーを外陰部と腟に照射する自由診療の治療。尿もれへの効果は限定的ですが、腟萎縮、乾燥、性交痛などに有効です。
●エレビウムヤグレーザー
腟と尿道にレーザーを当てます。尿失禁への自由診療の治療で、重症化する前に行うと効果が高く、1回で効く人も。重症の方は月1回、合計3回でかなりよくなります。
●高周波治療
フェムゾーンの粘膜に高周波を当て、乾燥、かゆみ、緩みなどの症状を改善します(自由診療)。腟粘膜がしっかりすることで、尿を我慢できるようにする、尿もれの軽い人向け。
●ハイフ(高密度焦点式超音波治療法)
ハンドピースを腟内に挿入し、超音波を粘膜下から筋層まで、深さを変化させながら照射して、コラーゲンの再生を促す治療(自由診療)。腟に弾力が生まれ、たるみを改善。軽い尿もれにも。
●手術(腹圧性尿失禁のみ)
腹圧性尿失禁への尿道スリング手術(TVT、TOT手術)は約85~90%で尿失禁が改善します。腟の前壁を小さく切開。網目状のテープを置いて尿道を支える手術です(保険診療)。
増田:これだけさまざまな治療法があるなら、悩んでいる方はぜひ試してみたほうがいいですね。
二宮先生:これまでは、フェムゾーンケアは後回しで、恥ずかしいからと隠しておくことが常識のようになっていました。今は医療的にも、フェムゾーンケアの大切さは重要と認識されています。薬の副作用も少なくなり、そのほか治療法の選択の幅も広がりました。一人一人に合う治療方法が見つかりますので、勇気を出して泌尿器科に足を踏み入れてみてください。放っておいても治りません。早く治して快適な毎日を送ってください。
増田:3回にわたって、頻尿・尿もれのセルフケアからクリニックでの治療法まで、すぐに役立つ情報を教えてくださってありがとうございました。私も過活動膀胱を治すべく、ケアを継続していこうと思います!
取材・文/増田美加 イラスト/帆玉衣絵 内藤しなこ 撮影/伊藤奈穂実 企画・編集/木村美紀(yoi)