ドライアイには種類があるのを知っていますか? ドライアイの中で最も多いのは、涙の脂不足が原因のタイプです。最近の研究で、「マイボーム腺機能不全(MGD)」という病気とドライアイの関連性が明らかになり、ドライアイ改善につながる新たな治療法が注目されています。MGDとドライアイに詳しい眼科医、天野史郎先生にお話を聞きました。
お茶の水・井上眼科クリニック院長
1986年東京大学医学部卒業。ハーバード大学研究員、東京大学眼科教授、井上眼科病院副院長を経て2021年より現職。日本眼科学会専門医。日本角膜学会理事。ドライアイ研究会世話人。『MGD 診療ガイドライン』(2023年)責任編集者。
涙の脂分が不足するタイプのドライアイとは?
増田:ドライアイに悩む女性は増えていて、目薬やセルフケアだけではなんともならないと困っている人も少なくありません。前回、ドライアイは大きく3つのタイプに分けられ、「水分不足(涙液減少)型」「脂不足(蒸発亢進)型」「ムチン不足(水濡れ性低下)型」があるとのことでした。(⇒vol.64)この中で最も多いのは、どのタイプなのでしょうか?
天野先生:最近の調査では、脂が足りないタイプ(脂分不足型)のドライアイがドライアイ全体の86%以上であることがわかっています*1。ドライアイの大多数がこのタイプなのです。
この涙の脂不足が引き起こすタイプのドライアイは、「マイボーム腺機能不全(MGD=Meibomian Gland Dysfunction)」という病気と関連しています。
*1 DEWS II report, Ocular Surface, 2017 Lemp, et al.Cornea. 2012 May;31(5):472-8.
増田:マイボーム腺とは、まぶたにあって、よく洗ったほうがいいという話は聞きますが、どんな働きをする場所なのですか?
天野先生:まぶたにあるマイボーム腺は、脂を分泌する場所です。上下のまつ毛のすぐ内側にマイボーム腺の開口部があり、そこから脂が分泌されます。本来、マイボーム腺から分泌される脂は、涙の表面を覆うことで涙の蒸発を抑え、涙を安定させる働きをもっています。マイボーム腺機能不全という病気は、さまざまな原因によって、その働きが大きく低下した状態です。マイボーム腺の機能が低下してしまうと、涙の脂が不足して涙が不安定になり、ドライアイが発症してしまうのです。
増田:さまざまな原因には、どのようなものがあるのでしょうか?
天野先生:マイボーム腺機能不全を起こす原因としては、加齢が最も大きく関係していますが、ほかには喫煙、コンタクトレンズの装用、緑内障点眼薬の使用、糖尿病、脂質代謝異常、高血圧などが挙げられます。
【マイボーム腺って何?】
涙の成分のほとんどは水分です。その水分が蒸発しないよう、表面に薄く脂の層がのっています。その脂を分泌しているのが、上下まぶたの中にあるマイボーム腺。マイボーム腺の開口部は、上下のまつ毛のすぐ内側にあります。まばたきをするたびに、涙腺から水分が、マイボーム腺からは脂が出ています。
マイボーム腺機能不全の症状は?
増田:マイボーム腺機能不全の症状は、ドライアイと同じなのですか?
天野先生:ドライアイの症状との違いはほとんどありません。目が乾く、目がゴロゴロする、目に異物感がある、まぶたが熱い、目が痛い、目が疲れる、目が不快、涙が出るなどが多い症状です。
ドライアイの治療は、人工涙液やヒアルロン酸製剤などで目を潤す点眼薬と、ムチンなどを体内から分泌させる点眼薬などが主流でした。点眼だけでは効果が得られない場合は、涙を留める治療法として、涙点プラグで涙の排出口を塞いでしまう方法がとられています。けれども、ドライアイが改善できないという患者さんの声はたくさんありました。
これまで、マイボーム腺は上下まぶたの中にあるため、簡単に観察ができませんでした。しかし、医学の進歩によって新しい検査機器が開発され、マイボーム腺の状態を調べられるようになりました。脂不足タイプのドライアイについていろいろなことがわかってきて、マイボーム腺機能不全という病気が注目されるようになったのです。
目薬以外の新たな治療法とは?
増田:そんな流れがあって、天野先生が責任編集者となった『マイボーム腺機能不全診療ガイドライン2023年』もできたのですね。クリニックでできる、目薬以外の治療法とはどのようなものですか?
天野先生:まず、ガイドラインで推奨されている治療法を紹介します。まず自宅でできるセルフケアとして、まぶたを温める温庵法、まぶたの縁をきれいにする眼瞼清拭を行っていただきます。お薬の治療としては、アジスロマイシン点眼、ステロイド点眼、抗菌薬内服があります。
クリニックで行う治療には、マイボーム腺に詰まっている古い脂を絞り出すように圧出する方法、機器でまぶたに熱と圧力を与える治療法リピフロー(LipiFlow)、そしてIPL(Intense Pulsed Light)と呼ばれる治療法があります。
IPL は、下まぶたに強い光を当てマイボーム腺の詰まり、炎症を改善して、涙の脂不足を解消します。目薬では改善しにくいドライアイにも効果が期待されています。
【IPL治療の流れ】
ダウンタイム(施術後の制限)は基本的にありませんが、施術後から2週間は紫外線対策が必要です。
輪ゴムではじかれたような軽い痛みがある程度で、副作用はほとんどありません。短期間、皮膚が赤みを帯びやすくなりますが、ほとんどの場合2~3時間で元に戻ります。施術後、シミが濃くなる場合があります。また、照射によって隠れていた肝斑がはっきりしてくる場合もあります。
3~4週間おきに4回以上行うことで改善効果が期待されています。重症度によりますが、約80%の患者さんにドライアイ症状が改善したことが報告されています。費用は自由診療のため、施設によって異なりますが、お茶の水・井上眼科クリニックの場合は両眼1回5,500円(税込)です。
IPLの機器で目の下を照射して、マイボーム腺機能不全の治療をします。照射するのは下まぶたの中にあるマイボーム腺のみとなりますが、目の周りには沢山の血管が走っており、下への照射をすることで血流改善と周辺部分の温度が上昇することで、上まぶたの中のマイボーム腺にも効果が及びます。
【IPL照射の機器】
IPLという光を当ててマイボーム腺の詰まりを改善します。
増田:すべてのドライアイの人に効果があるわけではないのですね?
天野先生:はい。脂分が不足している「脂不足(蒸発亢進)型」のドライアイ(マイボーム腺機能不全)には効果的ですが、水分が不足している「水分不足(涙液減少)型」のドライアイには効果がありません。眼科で医師が診察をして、マイボーム腺機能不全かどうかを調べて判断させていただきます。
増田:ドライアイのうち、脂不足タイプの86%以上がマイボーム腺機能不全と関連しているので、眼科で検査してみる価値はありますね。そして、マイボーム腺機能不全なら、IPL治療により約80%の方が効果を感じるということですから、ドライアイに悩んでいる人は、一度、眼科を受診して治療を検討するのもいいですね。
●マイボーム腺機能不全のIPL治療をしている全国の医療機関はこちらから探せます
【LIME研究会】https://www.lime.jp/public/mgd.html
温めること&まぶたの縁をきれいに洗うことは大事
増田:セルフケアでできることや気をつけることはありますか?
天野先生:マイボーム腺機能不全は、マイボーム腺がなんらかの原因で詰まってしまい、機能が低下することで起こります。そのためセルフケアでは、毎日、目を温めることは効果があるとされています。
また、マイボーム腺のあるまぶたの縁をきれいに洗うことも大事です。ドライアイがつらい方は、マイボーム腺の詰まりにつながるようなまぶたの内側へのアイメイクは控えたほうがいいでしょう。マイボーム腺が詰まっている可能性があります。
禁煙、生活習慣病対策などのほか、防腐剤入りの点眼薬を頻繁に使うことなども注意しましょう。オメガ3脂肪酸のサプリメントは、ガイドラインでもある程度有効とされています。
増田:3回にわたって女性に多い眼精疲労、ドライアイ、マイボーム腺機能不全について詳しく教えていただき、ありがとうございました。さまざまな治療法ができているので、つらい目のトラブルに悩んでいたら、眼科を受診することは大切だと改めて思いました。
参考文献/『マイボーム腺機能不全診療ガイドライン』2023年
取材・文/増田美加 イラスト/帆玉衣絵 内藤しなこ 撮影/伊藤奈穂実 企画・編集/木村美紀(yoi)Photos by MirageC,Ezra Bailey/Getty Images