トランスジェンダーとは、生まれたときに割り当てられた性別と性自認(ジェンダーアイデンティティ)が異なる人のことを指します。では、これまで日本でよく使われていた「性同一性障害」や、最近耳にする「性別違和・性別不合」といった言葉とはどう違うのでしょうか? 産婦人科医として「トランスジェンダー外来」を担当する池袋真先生にお話を伺いました。
女性医療クリニックLUNA 横浜元町/ネクストステージ 婦人科/トランスジェンダー外来担当
1988年茨城県つくば市生まれ。2015年 福岡大学医学部医学科卒業。産婦人科専門医。GID(性同一性障害)学会認定医。パーソナルヘルスクリニック ジェンダー外来、いだてんクリニック ジェンダー外来も兼任。「あらゆるセクシュアリティ・ジェンダーに平等な医療を」をモットーに、トランスジェンダーのヘルスケア・セクシュアルヘルスケア医療に特化した外来診療を行っている。
女性医療クリニックLUNA 横浜元町/ネクストステージ 婦人科/トランスジェンダーHP▶︎www.luna-clinic.jp/transgender/
「トランスジェンダー」と「性別違和・性別不合」はどう違うの?
増田:「LGBT」のTであるトランスジェンダーとは、生まれたときに割り当てられた性別と性自認が異なる人のことだと、前回、池袋真先生に詳しく教えていただきました。性同一性障害や性別違和・性別不合という言葉も耳にするのですが、トランスジェンダーとどのように違うのでしょうか?
池袋先生:日本では、性別違和がある人を性同一性障害(Gender Identity Disorder:GID)という病名で呼んできました。しかし、トランスジェンダーであることは病気や障がいとして扱われなくなり、世界的にGIDという言葉は使用されなくなりました*1。現在ではGIDに変わり、トランスジェンダーの人が性別違和に対する医療的サポートを受けるための名前として、性別違和(Gender Dysphoria)、あるいは性別不合(Gender Incongruence)が使用されるようになっています。
トランスジェンダーは、“病気”という概念はなくなりましたが、治療を望む人がいます。一方で、身体的な治療を望まない人もいます。トランスジェンダーはより広義の概念で、その中に「性別違和・性別不合(性同一性障害)」が包括されると考えられています。
*1 性同一性障害(GID)という医学的疾患名(精神疾患・障害)は、1980年にDSM-3(精神疾患の診断・統計マニュアル第3版)で決められ使用されてきました。しかし現在、米国精神医学会(APA)発行のDSM-5、世界保健機関(WHO)発行のICD-11(国際疾病分類)でも、トランスジェンダーは病気・障害として扱われなくなり、世界的にGIDという言葉は使用されなくなっています。
【言葉について】
●トランスジェンダー
⇒生まれたときに割り当てられた性別と性自認が異なる人のこと
●性別違和・性別不合(性同一性障害)
⇒トランスジェンダーの中でも、性別違和を医学的に取り扱うときに使用する名称
(池袋 真先生の取材より)
トランスジェンダーや性別違和・性別不合っていつごろ気がつくの?
増田:トランスジェンダーの人は、何歳くらいから性別違和を感じ始めるのでしょうか?
池袋先生:これまで日本のドラマや映画でもトランスジェンダーや性別不合/性別違和のことを描いています。10代でトランスジェンダーに気づいているストーリーもあり、古いところで言えば、『3年B組金八先生』(2001年)ですね。 最近では『彼らが本気で編むときは、』(2017年)などがあります。
性別の違和感を自覚した時期について行った調査研究(下記の表参照)では、トランスジェンダー男性もトランスジェンダー女性も、小学校入学以前であることが最も多く、小学校高学年までで半数を超えます。
【性別の違和感を自覚した時期】
中塚幹也.性同一性障害と思春期.小児保健研究 2016;75(2):154-160. 一部改変
池袋先生:海外では、国によっては5歳くらいからジェンダー、セクシュアリティの性教育を行っています。
トランスジェンダーの子どもたちの多くが小学生時代に性別の違和感をもっているのですから、子どもたちの発言を馬鹿にしたり、簡単に見過ごしたりしないでほしいです。社会的偏見や無理解が子どもたちを苦しい目に合わせることも少なくありません。「不登校を経験したことがあるトランスジェンダーの人」29%、「自殺念慮を抱いたことがあるトランスジェンダーの人」58.6%という調査結果もあります*2。
*2 中塚幹也(2010) 「学校保健における性同一性障害 学校と医療の連携」『日本医事新報』4521:60-64
トランスジェンダーは「なる」もの?
増田:自分がトランスジェンダーだと気づく、認識する原因は、現在では、どのように考えられているのでしょうか?
池袋先生: 性別違和が生じる原因はわかっていません。自我が芽生えたとき、「生まれたときに割り当てられた性(法律上の性)と何か違う。 割り当てられた性では生きていけない」という性別違和を幼少期に気づく人もいれば、生まれたときに割り当てられた性を受け入れた後に、大人になってから気がつく人もいます。自分が「トランスジェンダーである」という認識にたどり着くまでに時間がかかる人もいます。
いずれにしても、どこかのタイミングで、はっきりと「自分はトランスジェンダーだ」と理解する(認める)ようになり、これを「トランスジェンダーに『なる』」と表現する人もいます。
性別違和・性別不合の人はどのくらいいるの?
増田:性別違和・性別不合の人は、果たしてどれくらいいるのでしょうか?
池袋先生:諸説あり、確かな人数はわからないのですが、トランスジェンダーは日本人口の0.47~0.64%*3 という調査があり、戸籍上で性別を変更した人は2022年末までに1万1000人を超えています。
戸籍上の性別の変更を希望する人は、条件(下記参照)を満たすために医療機関を受診して治療を行います。 日本では、戸籍上の性別を変更するために、医療的治療(ホルモン療法や性別適合手術)をすることが必要とされているからです。
*3 電通 LGBTQ+調査2020より
https://www.dentsu.co.jp/news/release/2021/0408-010364.html
博報堂DYグループ 株式会社LGBT総合研究所より
【戸籍上の性別を変更するための条件】
1. 18歳以上であること
2. 現に婚姻をしていないこと
3.現に未成年の子がいないこと
4. 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること
5.他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること
引用元:『性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン(第 4 版改)』日本精神神経学会 性同一性障害に関する委員会 (2023年11月1日現在)
【2022年末までに戸籍上の性別の取扱いを変更した人の数】
引用元:gid.jp 2022年版 | 性同一性障害特例法による性別の取扱いの変更数調査(2022年版)
池袋先生:しかし、国によっては、性別変更のために性別適合手術が必要ない国もあるため、日本においても手術の要件をどうすべきか議論になっています。
最近では、生殖機能をなくす手術が、性別変更の事実上の必要条件となっている現在の「性同一性障害特例法」の規定が憲法違反かどうかを争った審判で、2023年10月、最高裁が「規定は違憲で無効」とするという、画期的な司法判断が示されたことがニュースになりました*4。
増田:病院を受診する人は、性別変更だけを望んで来院するわけではないということは想像できます。トランスジェンダーの人が病院を受診する理由は、さまざまあるでしょう。次回は、池袋先生が行っている「トランスジェンダー外来」では、どのような検査や治療が行われているのか、日本ではまだ数が少ない「トランスジェンダー外来」を開設した理由についても伺います。
*4 性別の取扱いの変更申立て却下審判に対する抗告棄却決定に対する特別抗告事件
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=92446
取材・文/増田美加 イラスト/大内郁美 企画・編集/木村美紀(yoi)