生まれたときに割り当てられた性別と、自分が認識する性別が異なる人のことを「トランスジェンダー」と言います。トランスジェンダーの人へのヘルスケアやセクシュアルヘルスケアを行うことに特化した外来が「トランスジェンダー外来」です。「トランスジェンダー外来」で診察を担当する産婦人科医の池袋真先生に、診療内容などについてお話を伺いました。
女性医療クリニックLUNA 横浜元町/ネクストステージ 婦人科/トランスジェンダー外来担当
1988年茨城県つくば市生まれ。2015年 福岡大学医学部医学科卒業。産婦人科専門医。GID(性同一性障害)学会認定医。パーソナルヘルスクリニック ジェンダー外来、いだてんクリニック ジェンダー外来も兼任。「あらゆるセクシュアリティ・ジェンダーに平等な医療を」をモットーに、トランスジェンダーのヘルスケア・セクシュアルヘルスケア医療に特化した外来診療を行っている。
女性医療クリニックLUNA 横浜元町/ネクストステージ 婦人科/トランスジェンダーHP▶︎www.luna-clinic.jp/transgender/
トランスジェンダー外来を開設したのはなぜ?
増田:トランスジェンダー(詳しくは、Vol.72・Vol.73を参照)の人は、自分が認識している性(性自認)に沿った治療を希望して、クリニックを受診するのだと思いますが、クリニックではどのような診療を行っているのでしょうか?
池袋先生:トランスジェンダーで、医療的な治療を希望されている性別違和・性別不合の患者さんたちは、ホルモン療法や性別適合手術のために、トランスジェンダー外来を受診されます。
私が診察を務める「トランスジェンダー外来」では、ヘルスケアに関する診療と、ホルモン療法を行っています。性別適合手術は行っていません。手術を希望される人には、性別適合手術を行っている医療機関をご紹介しています。
「GID(性同一性障害)学会」の認定医(性別違和/性別不合の専門医資格)は、精神科、産婦人科、泌尿器科、形成外科などの医師が取得できますが、認定医の条件のハードルが高く、2023年現在で日本に約40名しかいません。私は2022年に取得しましたが、GID学会認定医に合格した医師の中では最年少でした。
※性同一性障害(GID)という医学的疾患名(精神疾患・障がい)は、1980年にDSM-3(精神疾患の診断・統計マニュアル第3版)で定められ使用されてきました。しかし現在、米国精神医学会(APA)発行のDSM-5、世界保健機関(WHO)発行のICD-11(国際疾病分類)でも、トランスジェンダーは病気・障がいとして扱われなくなりました。現在でもなお日本では、「GID(性同一性障害)学会」の名称が使用されていますが、世界の動向を鑑みて今後は名称変更の可能性もあります。
GID(性同一性障害)学会 認定医・施設
GID認定医:39名
診療科:精神科、産婦人科、泌尿器科、形成外科、小児科等
GID認定施設:8施設
GID学会ホームページより2023年4月現在
池袋先生:トランスジェンダー外来では、後ほど詳しく説明するホルモン療法のほか、ニキビ、風邪などの治療、健康診断、婦人科がん・乳がんなどのがん検診、性感染症検査、ワクチン接種、医療脱毛などのヘルスケアに関する診療も行っています。
実は、トランスジェンダーの人にとって、医療アクセスのハードルは非常に高く、日本においてもトランスジェンダーフレンドリーの病院がほとんどないため、普段から病院に行きづらいことが問題となっています。医師や看護師、医療事務などの医療スタッフがトランスジェンダーについて学ぶ機会はほとんどなく、「トランスジェンダー」という言葉を知らないスタッフも多くみられます。そのため、トランスジェンダーの患者さんが病院を受診すると、断られてしまうケースが多々あるのです。
病院を受診しづらい理由はこんなにある!
池袋先生:男性ホルモン療法中のトランス男性が、肌荒れ(ニキビ)を理由に近所の皮膚科へ行ったそうです。
患者さんが「自分はトランスジェンダー男性で男性ホルモンの注射をしています。ニキビができて困っています。診察希望があります。薬が欲しいです」と言ったところ、医師に「トランスジェンダー? そんな患者さんに会ったことがない。よくわからないです。男性ホルモンをやめたら肌もよくなるでしょう。ホルモンをやめないとよくならないよ。薬を注射しているところで診てもらってください」と言われ、診療を受けられなかった人もいました。
ある人は、「風邪で体調が悪いので診てほしいのですが…」と内科へ行ったそうです。
病院受付のスタッフに「この保険証はあなたのものではないですね。名前が男性名です。ご本人の身分証明書を出してください」と言われ、患者さんは「私はトランスジェンダー女性で、今、女性ホルモン投与中なのですが....戸籍上の名前・性別変更はしていないのです。これは私の身分証明書です」と答えると、「トランスジェンダーってなんですか? ご本人の身分証明書をお願いいたします」と受付スタッフからお話があり、病院を受診できなかった人もいました。
健康診断やがん検診も、学校・企業によっては男女で検査日程・時間が異なり、受けづらい人がいます。ホルモン療法中で、血液検査の結果を男女どちらの正常値で判断すべきかわからない...と悩む人もいます。大腸内視鏡検査や性感染症検査も、一般の病院では受けづらい人も多いのです。
【医療アクセスの高すぎるハードルがたくさんある】
・保険証
・本人確認書類
・問診票
・名前の呼ばれ方
・診察や検査方法
・入院の部屋
【医療機関受診へのためらいについて】
2019年に日本で実施された、LGBT 当事者約 1 万名を対象に実施した「LGBT 当事者の意識調査」では、トランス女性(MTF)の51.2%、トランス男性(FTM)の38.8%が、「体調不良でも医療機関に行くことを我慢した経験がある」と回答しており、医療機関受診のハードルの高さが見える結果となりました。
*MTF: Male to Female(出生時に割り当てられた性別が男性、性自認が女性)
*FTM: Female to Male (出生時に割り当てられた性別が女性、性自認が男性)
引用文献:ライフネット生命保険株式会社「第2回LGBT当事者の意識調査~世の中の変化と、当事者の生きづらさ~宝塚大学看護学部日高教授への委託調査」より
https://www.lifenet-seimei.co.jp/shared/pdf/20208-31-news.pdf
池袋先生:このように、トランスジェンダーの人が普段から病院を受診しにくい、できない理由はこんなにあります。
増田:池袋先生のお話を聞いて、ハッとしました。普段私たちがかかっている病院では、トランスジェンダーへの理解も、配慮もあまりないように感じます。私はトランスジェンダーの方が、風邪やケガ、ちょっとした体調不良で医療機関を受診できにくいなんて、想像もできず、気づきませんでした。本当に申し訳ない気持ちです。先生がトランスジェンダー外来を開設した理由と、その重要性がとてもよくわかりました。
池袋先生:トランスジェンダーの人が妊活の相談をしたくても、受診できる医療機関がほとんどありません。しかし、どんなジェンダー・セクシュアリティの人も、妊活に関する説明を聞いたり、妊活前の必要な検査を受ける権利があると思います。
当院は不妊クリニックではないので不妊治療は行っていませんが、妊活に関する説明とともに、婦人科の診察、AMH(抗ミュラー管ホルモン検査)やホルモンの血液検査、精液検査、性感染症検査などを行なっています。みんな喜んでくれます。
また、日本ではトランスジェンダーフレンドリーの医療機関がほとんどないので、全国どこの地域に住んでいても、医療アクセスができるように、オンライン診療で治療相談、学校・就職の相談、妊活相談なども行っています。
【池袋先生のクリニックで行なっているトランスジェンダー外来 診療内容のまとめ】
池袋先生:トランス男性には、男性ホルモン療法、トランス女性には、女性ホルモン療法を行います。ホルモン療法を行うことで、自認する性へと身体の変化が起こります。望む変化がある一方で、副作用もあるので、「ホルモン療法をすると、どのような変化が起こるか」ということに十分な時間をかけて、説明しています。副作用などをきちんと理解してもらい、同意を得て行うことが一番重要なことだと思っています。
海外からホルモン製剤を輸入し、個人の判断でホルモン療法を行っている人もいますが、副作用のリスクもありますので、必ず医師に相談し安全にホルモン療法を行ってほしいと思っています。
【ホルモン療法の作用・副作用について】
COLEMAN, Eli, et al. Standards of care for the health of transgender and gender diverse people, version 8. International Journal of Transgender Health, 2022, 23.sup1: S1-S259.
性的違和の子どもにはどう接する?
増田:岡山大学病院ジェンダークリニック受診者の56.6%が小学校入学以前、89.7%が中学生までに、性別違和感を持っていたというデータがありました*1。池袋先生のクリニックには、未成年の人も受診することがあるのですか?
*1 中塚幹也.性同一性障害と思春期.小児保健研究2016;75(2):154-160.
池袋先生:小学生の患者さんが保護者とともに受診されるケースもあります。小学校高学年の頃から二次性徴が始まり、体の変化に恐怖を感じる子が少なくありません。さらに小学生~高校生が受診する主な内容としては、「学校生活がつらい、学校に行きたくない」「生理を止めたい」「自分が思う性の制服を着たい」「更衣室に悩んでいる」「ホルモン療法をしたい」などさまざまです。
制服や授業、トイレなどの学校問題は、精神科の先生と連携し、学校にご対応いただけるよう依頼文を書くこともあります。性別違和がある子どもたちの不登校問題は深刻なのです。
増田:性別違和がある子どもたちと接するとき、大人はどのようなかかわり方をすればよいのでしょうか? 保護者はどのような対応をすべきなのでしょうか。
池袋先生:もしある日、性別違和があるとカミングアウトを受けたとしても、決して怒らないでください。
お父さんやお母さんから、「何を言ってるの?」「私の育て方が悪かったの?」「変なこと言ってないで目を覚ましなさい」「学校に行きたくない、制服を着たくないなんてわがまま言わないで。そんなことは聞いたことがない」、などと言われた子どもに出会ったことがあります。
怒るのは危険です。子どもたちは、親から反対された思いが残ります。誰にも頼れないと思い、一人でホルモン療法を始めてしまった子どもにも出会ったことがあります。なかには、自分の体を自認する性に近づけたいため、インターネットでこっそりホルモン剤を購入する子どももいるのです。自己判断でホルモン療法を開始することで、合併症や大量服薬につながることもあります。
子どもからカミングアウトを受けたとき、戸惑う気持ちもあるかと思います。しかし、信頼しているからこそ、勇気を振り絞ってお話したのだと思います。もし、性別の悩みを打ち明けられたら、「困ったときはいつでも力になるからね。話してくれてありがとう」とまず伝え、話をゆっくり聞いていただけたらいいな、と思います。
友人や職場の仲間からカミングアウトを受けたときは?
増田:私たちが友人、職場の仲間からカミングアウトを受けたときは、どうしたらいいのでしょうか?
池袋先生:まず、カミングアウトを受けたときは、きちんと相手の話を聞いてください。そして、「話してくれてありがとう」と伝えてください。あなたが大切な人だからこそ、話したのだと思うのです。そして、もし相手に困りごとがあるようであれば、"ともに"考えてみてください。見た目だけで、ジェンダーやセクシュアリティを決めつけないでください。見た目だけでは、その人のジェンダーやセクシュアリティはわかりません。
それから最も大切なことは、決してアウティングはしないこと。アウティングとは、本人の性のあり方を同意なく第三者に暴露してしまうことです。
話を聞いた後、もし可能であればカミングアウトの内容を誰にどこまで話しているのかを確認してください。誰にどこまで話しているのかを本人に確認せずに、第三者に話してしまうことは"アウティング"になってしまいます。
非当事者で多様な性のあり方に理解があり、応援したい・支援したいと思う人のことを「アライ(Ally)」と言います。今回はトランスジェンダーの方のことを主にお話しましたが、皆さんのまわりにもきっとLGBTQ+の人たちがいます。どこに住んでいても、どんな年代でも、どんなジェンダー・セクシュアリティの人でも、医療アクセスがしやすくなることを願って、私は日々トランスジェンダー外来で診療を行っています。
増田:素晴らしいお話をありがとうございました。すべての人が医療にアクセスできるよう、メディアでも引き続き、情報発信を行なっていきたいと思います。
取材・文/増田美加 イラスト/大内郁美 企画・編集/木村美紀(yoi)