いつも疲れている、だるくて疲れがとれない、すぐ風邪をひく…と悩む人はとても多く、漢方の専門医の堀場裕子先生の外来でも、患者さんが最も多く訴える悩みだと言います。疲れにくい体にするには、どうしたらいいのでしょうか? 漢方医学の視点で養生法や治療法を伺いました。
慶應義塾大学医学部漢方医学センター 助教
日本東洋医学会専門医・指導医、日本産科婦人科学会専門医、日本漢方生薬ソムリエ、女性ヘルスケアアドバイザー、漢方家庭医。産婦人科医として働いているときから、更年期障害や月経困難症・月経不順などで漢方薬を処方し、自分自身でも漢方薬を飲んでおり、漢方薬の効果を日々実感。多くの患者と接するなかで、西洋薬とは異なる効き方をする漢方の魅力を感じ、困りごと、悩みごとを漢方で改善するための発信や診察を行なっている。
すぐ疲れる、だるい、風邪をひきやすい…は漢方で治す!
増田:仕事で忙しい日が続いたあとや休日の旅行やスポーツなどを楽しんだあとにも、疲れる、だるいといった倦怠感が残ることがあります。
ほとんどの場合は、十分な睡眠や休息、消化のいい食事などで栄養補給すれば、解消できますが、なかには疲れがとれない、倦怠感が抜けない、やる気が起きない、と感じるときがあります。体力が落ちていると、すぐ風邪をひきそうで不安です。こんなとき、どうしたらいいのでしょうか? 何かいい対策はありますか?
堀場先生:外来でも疲れる、だるい、倦怠感がとれないと訴えて受診される方は非常に多いです。疲労が蓄積していると感じたり、普段から疲れがなかなか取れないと感じたときは、用心したほうがいいですね。
この段階では、病院に行って検査をしても西洋医学的には「異常なし」と言われるかもしれませんが、漢方医学(東洋医学)の視点で考えると、それは病気と診断される前の「未病」の段階かもしれません。
病気ではなくても未病の段階で、早めの対処をしておけば、風邪をひかずに済んだり、疲れを長引かせずに済みます。
女性の疲れの種類は?
増田:女性が感じる疲れには、どのような原因が多いのでしょうか? またどうして、女性は疲れやすいのでしょうか?
堀場先生:疲れいない現代人はいないと思えるほど、男女ともに疲れを訴える人は多いです。女性は仕事だけでなく、家事、育児、親の介護など、抱えるものが多い方が増えています。そんな現状では、疲れやすいのは当たり前かもしれません。
毎月の女性ホルモンの変動や、更年期の急激な女性ホルモンの分泌の低下も、女性が疲れやすい要因になります。また、女性に多い、貧血や甲状腺の病気、膠原病などで疲れやすさを感じることもありますので、症状が長引く場合には、病院を受診してください。
【疲れの種類】
① 元気がない、やる気や気力が出ないなど「気(き)」が足りない疲れ
② 「脾(ひ)」(胃腸)が弱って、食べ物が消化できないことによる疲れ
③ ストレス、寝不足、栄養不足による疲れ
などが疲れの種類として考えられます。
①の「気」が足りないことによる疲れですが、漢方では、私たちが活動するパワーの源を「気」と言います。やる気、気力、元気、勇気の「気」です。「気」は、生命活動に欠かせないエネルギーのことを指します。
この「気」は、眠っている間につくられます。「気」が不足していると、朝起きられない、朝からだるい、何をするにもやる気が出ない、すぐに疲れてしまうなど、日常生活にも影響が出ます。
②の「脾」は、胃腸のことを意味していて、消化吸収した栄養をエネルギーに変える働きがあります。食べ物を胃腸で消化する際にも「気」を使うので、「脾」の働きが弱いと、「気」を消耗してしまうのです。食後に倦怠感や眠気が現れる人は、「脾」の働きが鈍っている可能性があります。
③のストレスや寝不足、栄養不足による疲れは、「気」にも「脾」にも影響します。逆に、睡眠などの休養や健康的な栄養のある食事から治すことができる疲れでもあります。
自分に合った養生法の見つけ方
増田:これらの疲れは、どうやって改善すればいいのでしょうか?
堀場先生:まず、ご自分が疲れやすい原因がどこにあるのかを考えてみましょう。
【思い当たる原因はありませんか?】
・生活習慣の乱れ(食べすぎ、飲みすぎ)
・睡眠不足
・過剰なストレス
・運動不足
これらの中に、疲れの原因として思い当たるものがありますか? あれば、まずそこから改善することを考えましょう。
疲れは、放置したままでいると、脳が体を休ませようとするため、集中力や思考力が低下し、パフォーマンスが落ちてきます。QOLの低下はもちろん、無気力になったり、免疫機能が低下して、風邪やインフルエンザなどの病気にかかりやすくしてしまうこともあります。
増田:疲れにくい、風邪をひきにくい体にする方法はありますか?
堀場先生:普段からの養生が大切です。何も特別なことではなくて、自分に合った生活リズムを整えて、それを継続することが何よりの養生になります。
規則正しい生活リズム、適度な睡眠や休息を意識して、栄養バランスのよい食事をとり、適度な運動も大切です。できることからでいいので、自分がやりやすいことから始めてみてください。
【自分に合った養生(セルフケア)をしましょう】
・生活リズム(寝る時間、食べる時間など)を整える
・運動する
・夜遅くまで食べない、飲まない
・寝る60~90分前にお風呂の湯船につかる
・寝る2時間前からはスマホやタブレットを見ない
疲れの種類別、効果的な漢方薬の役立て方
増田:養生(セルフケア)ではどうにもならない疲れに、漢方薬をどのように役立てればいいでしょうか? どういう疲れに、どんな漢方薬がいいのか、その選び方を教えてください。
堀場先生:西洋医学では改善できない、未病段階の疲れ、だるさ、倦怠感などを改善するのは、漢方薬の得意分野です。漢方薬は、不調や体質に合ったものを使うことで効果も感じやすくなります。適切な漢方薬を使って、早めに不調を解消してください。
前述した疲れの種類によって、漢方薬を紹介します。
①元気がない、やる気や気力が出ないなど「気」が足りない疲れには、
「補中益気湯(ほちゅうえっきとう)」
元気がなく、内臓の働きが弱りがちで、疲れやすい人に処方することが多い漢方薬。胃腸(中)を補い、「気」を増やすという意味から「補中益気湯」という名前がつけられました。弱っていた消化吸収「脾」の働きを整え、「気」を補います。
「人参養栄湯(にんじんようえいとう)」
普段から虚弱な人や、加齢や病後などで食欲や元気がない人に、体力や気力を補給する漢方薬。「気」だけでなく、体の栄養となる「血」を補い、栄養不良を改善します。病後の体力低下や疲労倦怠、食欲不振、寝汗、手足の冷え、貧血などの治療に用いられます。
「香蘇散(こうそさん)」
胃腸が弱く、気分がすぐれず、憂うつ、メンタルに疲れがあるときに処方する漢方薬。また、胃腸虚弱な人の軽い風邪にも処方します。生薬として含まれているシソは、香りが高く、気をめぐらせる作用があり元気をくれます。胃腸機能を高め、うつうつした気分を発散させる漢方薬です。
②「脾」(胃腸)が弱って、食べ物が消化できないことによる疲れには、
「大柴胡湯(だいさいことう)」
がっしりした体格で、ストレスを抱えて、便秘気味、肥満気味の人や、高血圧や肥満をともなう肩こりや頭痛のある人に適した漢方薬です。漢方医学の「肝」は、自律神経や血液循環を調整する役割。ストレスで「肝」に不調が起こると、過食や便秘気味、頭痛や肩こりなどの症状が生じます。「肝」の働きを正常化させることで、肥満症や肥満に伴う頭痛や便秘を改善する漢方薬。
「柴胡加竜骨牡蠣湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)」
精神的に不安定で、なかなか眠れない人向けの漢方薬。「血」を巡らす作用があり、更年期症状のホットフラッシュ、ほてり、動悸、イライラなどに効果的です。「気」を巡らせ、体にこもった熱を冷まして、心を落ち着かせ、脳の興奮からくる不眠を改善する漢方薬。
③ストレス、寝不足、栄養不足による疲れには、
「加味逍遙散(かみしょうようさん)」
女性特有のさまざまな症状や、心身の不調改善に役立ちます。ちょっとしたことでイライラする、精神不安、のぼせて顔がほてる、肩こり、疲れなどに効きます。冷え症、虚弱体質、月経不順、月経困難、更年期障害、不眠症などに処方する漢方薬です。
「抑肝散(よくかんさん)」
ストレスなどで気がたかぶる、怒りやすい、イライラが強いなどの人の、疲労倦怠感や眠りをよくします。不眠症、歯ぎしり、更年期障害、月経・妊娠・出産・産後・更年期など女性のホルモンの変動にともなって現れる不安やイライラなどの症状に処方される漢方薬。
漢方薬にも副作用はある?
増田:漢方薬は西洋薬に比べて副作用がないといわれていますが、どうなのでしょうか? 自分に合わない漢方薬もあるのでしょうか?
堀場先生:漢方薬は、一般的に穏やかな効き目のものが多いことから副作用が少ないといわれています。しかし、漢方薬もお薬です。どんな薬でも、薬効があるのと同時に、副作用もあります。少ないですが、なかには肝機能の数値を上げたり、間質性肺炎を起こしたり、下痢や吐き気などを起こすこともあります。医師処方の場合でも、長く飲み続けるときには、半年に1回程度、定期的に採血でチェックすることも大切です。
また、ドラッグストアなどで購入する市販の漢方薬の場合は、心配なら、いきなり全量を飲まずに、最初は3分の1から始めて、大丈夫なら2分の1にと段階的に増やしていくなどでもいいでしょう。
増田:自分に合った漢方薬を上手に役立てれば、疲れにくく、風邪を引きにくい体を維持できることがわかりました。体の不調やトラブルに未病のうちに対処して、元気に健康でいたいですね。
取材・文/増田美加 イラスト/大内郁美 企画・編集/木村美紀(yoi)